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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
二章 辺境都市オークザラム 人それぞれの物語
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オークザラム⑨ 気疲れの茶会

「あ、ゼンじゃない!ちょうど貴方のことを夫人とお話してたところよ」

可憐な笑顔で女神が俺を迎えてくれた。

彼女のこの笑顔を見たら先ほどの沈痛な気分など吹っ飛んでいく。

長く感じたがヘルムート伯との話は30分ほどで済み、俺達は彼の案内で一階にある食堂に行った。

食堂は質素なヘルムート辺境伯の館のイメージを覆すほどに豪華だった。リーンフェルトの屋敷の3倍はあろうかという空間。黒檀のように黒い大きな食卓は脚の先にまで豪奢な彫刻がほどこされて、それと同じ素材で出来た椅子は装飾が隅々にまで行き渡り、背もたれは羽毛が詰まった青い革張り。壁には金糸も使用されて縁が金色に光る青い花柄の壁紙、主神トールデンを描いた巨大な絵画や風景画、大きな大理石の暖炉、窓も贅沢に硝子をふんだんに使って室内を明るく照らしている。食卓の上には白くきめの細かな麻のテーブルクロス、その縁には細かなレースが施されている。そのクロスの上には細部まで装飾した銀のカテラリー、見たこともないようなお菓子が乗っている白磁器の食器、色とりどりの果物が入った銀の器、そしていい香りで湯気を立てているお茶の茶器。

まごう事なき上流貴族の食堂だ。壁には品のいい女性給仕が三名、静かに立っている。

リアさんは暖炉の反対側の席の真ん中に座っているリザベラ夫人の右側、リーシャは左側に座っている。リーシャは緊張した面持ちだが、他の二人はにこやかな顔で話をしていたようだ。

「貴方、もうお話はすんだの?」

リザベラ夫人が着席したままヘルムート伯に微笑んでたずねる。その笑顔だけでも完璧な貴人だと改めて感心した。

我が家ではこのような笑顔はない。母上なら無邪気に、エンリエッタなら無表情に出迎えるからだ。

ヘルムート伯はリザベラ夫人の問いかけに「うむ」と短く返事をして、女性給仕が引いた椅子に座り、俺たちとトルエスさんは彼が指示した席順で彼女達が引いてくれた椅子へと着席する。俺がヘルムート伯の右で、トルエスさんが左だ。

俺の座る席は上座。つまり、俺はこの茶会の最高の客人として迎え入れてもらったことを証明している。

品を保ったまま女性給仕たち忙しく、俺達の目の前にお菓子とお茶を注ぐ。お菓子はミルフィーユのように薄いパイ生地に果実のジャムとカスタードのようなものが段上に重ねた一品。この世界で甘いものなんて果実以外にほとんど口にしていない。砂糖が貴重なためだ。香木茶も鮮やかなマスカットのような芳醇な香りをさせて、揺らめいている。

「ゼン何かあったの?疲れた顔をしているわよ?」

俺の表情を見ていたリアさんが声を掛けてきてくれた。ただし、ヘルムート伯の手前でそういった発言されると少々困るのだが。

「いえ、ヘルムート卿に支援をいただけそうなのでほっとしていたところですよ」

「そうだな。実に有意義な話だった」

八ッハッハと闊達に笑いながらヘルムート伯は言う。

この人は狸だ。リーンフェルトの支援交渉という実にいい隠れ蓑を作ってハスクブル公爵家との婚姻話を持ちかけている。もし、他の貴族がいたとしてもこのタイミングではお金の無心に来たとしか思わないだろう。実際そうなのだが、それも全て仕組まれたと考えると侮れない。

よき支援者ではあるが、敵に回すと厳しい相手だ。

ヘルムート伯は笑った後に穏やかな顔をして話をリザベラ夫人にふる。

「して、リザベラ。何の話をしていたのだ?」

リザベラ夫人はリアさんと一瞬顔を見合わせて、口元をほころばせる。

「ゼン・リーンフェルト卿が授かった『女神の抱擁』ですわ。さきほどの従者のことと言い、トルイ卿は本当によいご子息をもちましたわね」

「おお、『女神の抱擁』のことだな!ワシも昨晩、知り合いに話を聞いたときは驚いた。このワシですら授かっとらんからなぁ。リア嬢、まだまだワシも若いぞ、試してみるか?」

ヘルムート卿は大仰にいやらしい笑みを浮かべてリアさんに笑いかける。

なぜか俺がかなりイラっとくる。

リアさんはヘルムート卿のその笑みを真正面から受けても全く意に返さずに妖艶に微笑んだ。

「あら、もう遅いわよ。私はゼンしかいらないわ」

流石リアさんだ。相手がヘルムート辺境伯、上流貴族だとしてもお世辞もない。彼女には関係ないようだ。

そして男性人一同はそのリアさんの微笑みにクラッときてしまう。なんたってあのヘルムート伯が少し羨ましそうな顔をしているのだ。

よし、いい気分になった。

「ゼンよ・・・羨ましいな・・・」

「貴方・・・といっても同姓の私ですらそう思ってしまうのですから仕方ないですわね」

小さくヘルムート伯は呟き、その呟きをたしなめるようにリザベラ夫人は注意するが最後には彼女も小さくため息をつく。

すごい・・・微笑だけで場を支配したぞ、リアさん。

「ま、まぁ。で、ゼンはリア嬢のお眼鏡にかかったというわけだな!ルーン王国中、いや大陸中が羨むぞ」

ヘルムート伯は気を取り直すように少し大きめの声で発言する。

「そうね、きっとゼンなら大陸中から注目を浴びるはずよ」

リアさんもヘルムート伯も俺を持ち上げすぎた。せっかくのお菓子が食べれないじゃないか。

トルエスさんは横で知らぬ存ぜぬを貫いているようで黙々とお菓子を食べている。でも何かを考えているようでその表情は先ほどから無表情に近い。こういった席では気を使って話題を出してくれるので彼の助けがないと非常に困るんだけど・・・。

「止めてください。そういう風に言われるのは慣れていないんですよ・・・」

「困った顔のゼンもいいわね。フフフ」

リアさんは嬉しそうに俺を見つめながら小さく笑う。

まるでこの場に二人だけしかいないような熱い視線だ。

ヘルムート辺境伯ご夫妻が非常に気まずそうな顔をし始めた。

俺は泣きそうになりながらリーシャに目を向けるが、彼女も気まずいのか先ほどからお茶のカップを見つめている。

「ゴホン。ゼン卿、グラック襲撃のお話をお聞かせいただいてもよろしいかしら?」

見かねた主催者であるリザベラ夫人が助け舟を出してくれた。

俺は慌てながらなるべく詳細に、説明口調で当時の状況を話すことにした。一秒でも長く話せば話題がそれだけ保つと信じて。




それから茶会ではグラックの襲撃やリアさんの巡業で見た異国のことを話題にして穏やかに進んだ。

本当に良かった。

三杯目のお茶が注がれたときヘルムート伯が思い出したように俺にたずねてくる。

「そういえば、ゼンは武器屋のゾルガに短剣製作の依頼をしていたな?」

「はい。アルガスに渡した剣の代わりのものを注文しましたが・・・駄目でしたか?」

「いや何、製作はいいのだが支払いはどうするのだ?」

そう、ゾルガのところで製作依頼を出してはいるが、お金がなくて今のところ稼いだら発注しようかと思っていたのだ。ただ、流石に祝福された鍛冶屋だけあって素材にこだわるようで高い。金貨八枚なんて今の財政状況では俺には支払えない。

「・・・大変情けない話ですが今の財政状況ではまだ支払えないので、領地のことが落ち着いたときに狩りでもして資金を集めようかと思っていたところです」

「ゼン様、金額はいくらほどで?」

茶会ではほとんど発言しなかったトルエスさんが俺に聞いてきた。

「金貨八枚です」

「あら、それぐらいなら私がゼンに贈るわよ」

軽い口調でリアさんが言ってくる。

金貨八枚・・・日本円だと八十万円をそんなに軽く・・・。

よく考えたらリアさんは大陸一の踊り子だ。禅の世界ではトップダンサーに匹敵する。そこから類推するに禅の世界基準だと数百億円を年間稼ぐとしても不思議ではないような気がする。

現金なことだが、俺は金額を想像して彼女からの寵愛の凄まじさに恐れおののきそうになる。

だが俺は貴族であり、誇りあるリーフェルト男爵領の嫡男である。女性に貢いでもらえると分かって目を光らせてはならない。非常に心が揺らぐけど。

「いえ、流石にそれは男の沽券にかかわります」

「何も分かってないのね、ゼン。貴方だからこそ甘えてもらうことが私としては嬉しいのよ?」

また甘い雰囲気を当たりに漂わせてリアさんは「貴方だからこそ」を強調しながら艶やかに微笑む。

「いや、ここはワシが贈ろう。ゾルガには話をつけておく」

そのリアさんを遮るようにヘルムート卿は告げた。

あまり彼に貸しを作りたくないが、断ることは・・・無理だな。贈り物というものは貴族にとって一つの政略の道具だ。誰が、誰に、何を贈ったか。それで物事が円滑に回る世界でもある。ヘルムート伯の申し出を断れば、友好にヒビをいれることになるのだ。

「ヘルムート卿、その御行為ありがたく受け取らせていただきます」

俺は心中でため息をつきつつも、さも感激したかのように言葉を言う。

ヘルムート伯はその言葉を嬉しそうに受け取ると。

「さあ、そろそろ楽しい茶会も終わりにしよう。リア嬢とリーシャ嬢、来ていただきありがとうございます。お二人は護衛兵に送らせます。ゼンとトルエスはリザベラから館の案内を。ワシは執務に戻らなければならない」

彼は茶会の終わりを告げた。

俺達は口々に感謝の意を述べて、席を立った。


なんとまぁ気疲れをした初めての茶会はこうして終わった。

今日と明日はヘルムート伯の館で宿泊をして、後は帰るだけだ。

早く帰りたいな・・・。




閑話休題ぽい内容ですね。

さらっと読み流していただければ・・・。

注目すべきところは、リア様の空気読まない唯我独尊さです。

珍しくトルエス喋らないし。ムードメイカーちゃんと仕事して!

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