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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
二章 辺境都市オークザラム 人それぞれの物語
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オークザラム⑦ アルガスの誓い

ガタゴトと揺れながら箱馬車はオークザラムの城へと走る。

俺とトルエスさん、リアさんはヘルムート伯が準備してくれた箱馬車に乗っている。4人乗りで前の御者台には壮年の御者とフットマンと呼ばれる補助用の助手が乗っていた。前後に座席があり乗客が向かい合わせに乗るタイプの箱馬車で黒く塗装された革の幌が前後から馬車を包み込み外から見えないようになっている。馬車の外観は観覧車の乗りかごを狭くしたものに車輪をつけたような形をしており、中央部に乗り降りする扉が備えられて、扉は外から中がのぞけない様に赤いカーテンがかかっている。扉には二組の戦斧が交差し、その下に雄牛が前足を大きく上げたヘルムート伯の紋章が描かれていた。この紋章があるこの箱馬車はこのオークザラムで一番序列が高い馬車だ。道を走っていくとほかの馬車は途端に走るのをやめて端に寄り、道を空ける。

つまり、この馬車に乗り込むということはそれだけ賓客として迎えられている証拠。宿の外にいた野次馬も俺たちがこの馬車に乗り込む所をみている。そして、リアさんと俺の腕を組んで馬車に乗り込むところも。

もはやただの少年だとは思ってくれないだろう。

「どうしたの?ゼン」

俺が自分の目立ち様に頭を悩ましていると隣のリアさんが声をかけてきた。

馬車内はとても狭い。真正面のトルエスさんとはひざ小僧が触れそうなほどである。とはいってもリアさんが俺の腕に抱きついて寄りかかるほど幅は狭くない。リアさんの体の温もりと薔薇の香水の匂いでクラクラしそうになる。

「いえ・・・リアさん、もう少し穏やかに迎えに来てほしかったなと。最初に会ったときのローブはどうしたんですか?」

俺はなるべく角が立たないように注意しながら少し文句を滲ませた。

それを聞いてリアさんは少し体を引き、あきれた様な顔をする。

「何もわかってないのね、ゼン。愛しい人に一番綺麗な格好で会いたいという女心を。そんなんじゃ駄目よ」

「いえ・・・それはいいのですが・・・あまり目立ちたくはないんですけど・・・」

「どうせ貴方は目立つわよ。私が保証する。だから今のうちに慣れておくことね」

リアさんは自信ありげににっこりと俺に微笑んだ。

俺は思わずその顔にそれもそうかと思ってしまいそうになる気持ちを押さえ込んだ。完全に彼女のペースにハマっている。

「済んでしまったことは諦めますが、次からはもうちょっと目立たないようにお願いしますよ」

「努力はするわ。でも、恋には演出が大事なのよ、ゼン。貴方が喜ぶなら私は最も効果的な演出で会いに行くわね」

どうにも俺にはリアさんを止める方法が思いつかない。彼女はとりたい行動をとり、したいようにする。そして、その行動の衝動は常に俺と会いたいがためなのだ。それを止めろなんていえるわけがない。男の性として。

だからここは大人であり、恋の指南役としてトルエスさんに訴えかけるような目線を送ることにした。

その視線に気がついたトルエスさんは口を開く。

「リーシャ嬢は了承得てるが、アルガスは連れて行くのか?」

完全に見てない振りだ。まあ、話題を変えてくれたのは嬉しいけど。

アルガスとリーシャは箱馬車ではなく馬に乗ってついて来ている。賓客として迎えられたのは俺とトルエスさんとリアさんだ。彼らは従者という立場でついて来ているに過ぎない。馬車はないが、美しい白馬を一頭用意してもらっていて二人で乗ってきている。

「ええ、アルガスはここの軍に入隊しますからね。司令官でもあるヘルムート伯と顔合わせしておいて損はないでしょう」

「あー、あのヘルムート伯にそういう狡いことはなぁ・・・」

「そこは任せてください。ちょっと考えがあります。交渉時のカードとして使わせてもらいます。それにアルガスにとって一番いい方法なんです」

「ほう。お前さんがそう言うってことは信頼するが、あまり無茶なことはしてくれるなよ」

俺言葉にトルエスさんは少し顔をしかめた。

まあ、グラック襲撃の際に一番迷惑をかけたのがトルエスさんだ。彼がそう言うのもわかる気がする。

「大丈夫ですよ。ヘルムート伯の気性を考慮した上です」

俺がトルエスさんにそう言うと隣のリアさんが少し驚いた顔で俺の顔をマジマジと見ている。

「ゼンってそういう顔もするのね。ふふ、本当に面白いわ」

俺はいったいどういう顔をしているのだろうか?

リアさんは可憐な乙女のように笑い身を寄せてくる。

「・・・頼むからそういうことは俺のいないところでしてくれ」

トルエスさんは呆れ気味にため息をついて言う。



三十分ぐらいで馬車は城門をこえたようだ。

緩やかな坂道から一旦停止して、重々しい門が開く音がする。

そのまま呼び止められずに馬車が進み止る。御者台からフットマンが降りてきて、馬車の扉を開けた。

そこは大きな居館が建っていた。馬車が止まったのは城の内庭らしいが、地面は平坦な砂地で館の前だけに花壇が拵えてあり、白い花が咲いている。

館は民家10軒ほどはある幅に大理石で出来た数段の階段があり大きな木造の扉、その上はテラスになっている。壁は白い石造りで目立つ部分には大理石、大き目の窓には凹凸が少し目立つ窓ガラスがはめ込んである。この世界でここまで大きなガラスを見るのは初めてだ。ただ、館からは豪華というわけではなく威厳張りつつも質素な印象を受けた。

玄関の前では騎士を数人従えたご夫婦が立っている。

その御仁は、如何にも軍人らしく厳しい瞳と鍛えこまれた肉体。白髪の短髪に白い顎鬚、そして蒼玉の瞳を上には大きな傷がある。トルエスさんの一回りほど大きな体には膝丈まである縁に金の花の刺繍がほどこされた青い色の長いジャケットを前開きにして、中には白のジレ、青い膝丈のキュロットに革靴。茶会を意識して正装のようだが、その肉厚の体には少々似合わない。ジレのボタンがはちきれそうである。

反対にご婦人は華やか過ぎず落ち着いた印象を受ける。綺麗な水色のドレス、上半身は男性の服に施された刺繍の花おそろいの柄が散りばめられ、袖には清楚な白いレース、紺色のスカートの部分はがふわりと足元を隠している。その露出は控えめで男性よりもはるかに着こなしていた。

アルガスとリーシャも俺たちに追いつき、集まるとトルエスさんが動いた。俺たちはトルエスさんを先頭にして男性のほうに向かっていく。

その人はこちらが来るのを待っていたか、それを確認すると穏やかに笑って口を開いた。

「痩せぽっちトルエス!お主また痩せたのではないか?」

「お久しぶりですヘルムート卿。見習い兵時代のあだ名はやめてくださいよ」

二人は気安く冗談交じりに笑いあう。

「何を言うか、ワシにとってはまだまだお主は見習い兵だ。ハハハハ」

ヘルムート伯は大仰に笑うと、近づいたトルエスさんと握手をすると彼の肩を叩いて喜び合う。それだけで細いトルエスさんは吹っ飛びそうだ。

「痛いですって・・・今は軍人ではなく、リーンフェルト領の代官ですからね」

「まだワシに口ごたえするということは、性根は腐っとらんな!軍門に戻るときはいつでも言え、ワシの側でこき使ってやるからな」

「もう二度と戻りませんから。さあ、トルイ卿の嫡男ゼン様を紹介させてください」

「そうだった!うむ、紹介してくれ」

トルエスさんはヘルムート伯の言葉が終わると、俺のほうを向き目線で側に来るように言う。

俺はアルガス達から離れ、ヘルムート伯の目の前まで行く。

穏やかな笑みだがヘルムート伯の瞳はギラギラと光り、こちらを見定めている。

こういったことは隆源爺さんのときに嫌というほど立ち会ったな。懐かしい。

「お初にお目にかかり、光栄ですヘルムート卿。私はトルイ・リーンフェルトの長男、ゼン・リーンフェルトと申します」

俺は挨拶をしつつ深く頭を下げる。

「我が領地によこうこそおいでくださいましたゼン・リーンフェルト卿。先日の襲撃の話は父君とトルエス殿から聞いております。被害のあった領民にお悔やみ申し上げます」

ヘルムート伯は丁寧に言葉を言う。

なるほど、これで俺の立場は明確になった。何故かはわからないが、ヘルムート伯は俺を貴族として、領主として扱うつもりだ。成人にもなっておらず、父上から爵位を継承していないのにだ。

「ひとつお伺いしてもよろしいですかな?」

ヘルムート伯は続けて訊ねてきた。その瞳にはまだ俺を見定めようとする色が燻っていた。むしろ、赤く燃えている。

「はい、お答えできることならなんなりと」

「この度の茶会に招待していない者がいるようですが」

ヘルムート伯は鋭くアルガスのほうを見る。

ルーン王国のお茶会。それは女性が主体となり催す社交の場。非常に小さな社交の場だけあって、招待客も厳選する。仲のよいご婦人同士、あるいは派閥の奥方の集まり、あるいは別の知的好奇心を満たす女性のための社交界である。今回は、ヘルムート伯夫人が招待状を出したがその場にはヘルムート伯も同席しておりほかの招待客はリアさんとリーシャのみ。つまりこの茶会は社交の場ではなく密談に近い。そこに招待客じゃないものをつれていることに対してヘルムート伯は言外に苦情を言っているのだ。これは明確なマナー違反だと。

馬車の中でトルエスさんが俺に注意してくれたこと。

ただし、同時に俺はヘルムート伯の興味を惹くカードにしようと思っている。

「アルガス」

俺は短くアルガスを呼び、俺の横に来させる。緊張した面持ちでアルガスは返事をしてすぐに俺の側にやってきた。

これから入隊する軍のトップ。それとの顔合わせだ。見習い兵では顔を遠くからしか拝めることは出来ないヘルムート伯がアルガスの前に毅然として立っている。まるで大木のようだ。アルガスが縮こまっているために余計に大きく見える。

「ヘルムート卿、この者はこのお茶会が終わり次第、私の護衛の任を解き閣下の軍に志願させるつもりです。今回連れて参ったのはその顔合わせのためでもあります」

「ほぅ。便宜を図れということですかな?」

ヘルムート伯の眉毛がピクリと動き、俺のほうを見て若干低い声でそう問う。これは少し苛立っているのかもしれない。

俺はそれに気づかないそぶりをしつつ、平然と言葉を重ねる。

「はい。ただし、アルガスはヘルムート卿と私の友誼の証です。父トルイと閣下の間には信頼がありますが、私との間にはまだ何もありません。ですので私からはアルガスが従軍し活躍することで、閣下からは彼に正しく鍛えられる環境を取引させていただきたく思います。彼の働きによって私を信頼していただければと」

「ほう。この若造が使い物にならなかったらどうするのだ?」

じろりと俺を睨みながら言葉を変えて威圧するようにヘルムート伯はたずねる。

「彼は襲撃の際その身を盾にして私を守ろうとした男です。信頼している私の騎士です。故にそのときは私がそれだけの男だと思っていただければよろしかと」

俺は状況に応じて決めていた台詞を言い切った。

もともと連れてくる気はなかったが、リアさんの審美眼の話もある。あと少しの輝きをヘルムート伯が指揮する軍のもとで鍛えればいい。

そんな打算で俺は自らの不安を消す。

ヘルムート伯は俺のその言葉を聴いた瞬間―――

「クハハハハハハ!!!面白い!面白いぞゼン!お主、部下に自らの名をかけると申すか。これほど愉快なことは久しぶりだ!よし、その証しかと受け取った。騎士ローディウス!!」

ヘルムート伯は豪快に笑いながら側にいた騎士の一人の名を大きな声で呼ぶ。

「はっ!」

呼ばれた騎士は鋭い声とともに答え、その場で敬礼をする。

騎士ローディウスは磨きぬかれた白銀の軽鎧に青いマント、ロングソードを腰に下げている。年は三十代で金髪を短くし、その顔つきは歴戦の兵士。そのマントにはヘルムート伯の紋章が縫われていた。見た目でただの騎士ではないことがわかる。体つきや隙なくヘルムート伯を守っている体勢からおそらくゼルよりも強いだろう。

「今このときよりこのアルガスを鍛えろ。いいか、一切の手加減はするな。手加減は我が家名を汚すと思え」

「了解しました」

「アルガス」

俺は騎士ローディウスがアルガスを連れて行く前に彼を呼ぶ。

俺はアルガスに渡さなければならないものがあった。

アルガスは突然の事態に付いていけないのだろう呆然としつつも俺の呼びかけにこたえる。

「・・・なんでしょう?ゼン様・・・」

「これを受け取ってほしい」

俺は腰に下げてあったリーンフェルトの紋章が刻まれた短剣をアルガスに差し出す。

その短剣にアルガスは目を見開いて、少し手を震わせて受け止める。

「これは・・ゼン様がトルイ様にもらった大事な短剣では・・?」

「いいんだ。我が名を背負わせるんだ。これぐらいしないと」

アルガスの瞳からハラハラと雫が落ちる。アルガスは歯を食いしばり俺のほうを向きながら右腕で短剣を大事そうに抱いてその場で跪いた。

それは騎士が誓約するための姿勢。

「このアルガス、身命を賭してゼン様の名を汚さぬ働きをしてみせます」

「うん、信頼している。任せたよ、アルガス」

アルガスは騎士ローディウスに連れられてその場を去っていく。

その場に居た誰もがその彼の後姿を黙って見送っていた。

これが最善だ。これでヘルムート伯はアルガスに便宜を図ってくれるだろう。アルガスは大変だろうが、最高の環境で自らを鍛えることが出来る。

「良い。実に良い。胸が熱くなる思いだ。決めたぞ。ゼンよ、ワシはお主を一人の男として迎えよう」

先ほどとは打って変わってヘルムート伯は清々しい笑みを浮かべている。

彼は続ける。

「まずはゼンとトルエスとは個人的に話がある。リア嬢とリーシャ嬢は我が妻リザベラがお相手いたしますので先に食堂の方へお願いできますかな」

各員は承諾の意を伝えると、館の中へ通される。


さて、ここからが本番だ。

ヘルムート伯がどんな話をするのか?

俺は先ほどの気持ちを入れ替えて気合を入れつつヘルムート伯に連れらて歩き始めた。



ゼンが武器屋で剣を作ったのはこのためでした。

さあこれからがんばれアルガス!たぶん死ぬほどつらいぞ!

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