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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
一章 リーンフェルト領主嫡男ゼン
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転生?

10/7 加筆修正しました

まどろみの中から意識が浮上する。

熱を出して何日も寝ていたような気だるさ。思考が低速で動きつつ、寝ぼけた頭で体をもぞりと動かす。

本当にだるい。

寝ていた間に熱を出したのか?

呆っとする頭で寝る前のことを考える。平穏な日常、変わったことと言えば奇妙な映画を見たぐらい。

まだ春とはいっても寒い夜もある。寝相が悪いことはなかったが、布団を蹴落としていれば風邪を引いても自業自得だ。


(??)


熱のせいか意識と体がまだ一致しない。軽い全身麻痺の後遺症が残っているような感覚。

自分の体が自分のものと違うような不思議な心地だった。


上を見ると見知らぬ天井だった。


俺が知っているのは日本ならどこにでもあるような白い壁紙の天井のはずが、そこには木目が見える木の天井。見慣れた照明は見当たらない。

まだ寝ぼけているのかと、不安になりながら上半身を起こす。

起こした先で見た光景に衝撃を受けつつ深呼吸する。焦ったときは必ず深呼吸するようにしている。

これが俺のスイッチだ。

いったん思考を白紙に戻す。

ふぅぅぅぅぅっと深く長い吐気、心身をリラックスさせる呼吸法。


うん、呼吸は正常。


今度ははっきりとした意識でもう一度周りを見るために首を左右にゆっくり動かす。

窓があった。だが、それはよく知っている窓ガラスはなく、木製の扉のような窓が半開きで温かな日差しが入りこんでいる。そこから見える景色は、日本の街ではなくどこかの広いヨーロッパの庭園のような庭。窓の逆側には木の椅子があり、その上には平べったい土製の水盆が置かれ、その縁には濡れた布が折りたたんでおかれていた。


熱でも出していたのかな。


俺はそんな感想を抱いていた。決して現実逃避ではない。現実かどうかもわからないが。

たしかに俺の身体は体温が高く、薄らと汗をかいている。


そのとき、俺は思考の中で溢れだすような情報を思い出していた。

思い出すというよりも情報を継ぎ足されるといった方がしっくりくる。


俺を愕然とさせた。

自分が、ゼン・リーンフェルト5歳であること。ここがルーン王国の最東端の辺境で国境に隣したリーンフェルト領地であり、自らに両親がいて、生まれてから思い出される5年間の記憶があること。様々な思い出、習慣、言葉を把握する。

そして、ゼン・リーンフェルトと禅・ラインフォルトは2つの記憶をもった人間であること。日本にいた記憶があること。

今、昨晩から熱を出して、母上を心配させて眠りについたと。


俺は混乱していた。

禅・ラインフォルトでありゼン・リーンフェルトでもある俺は一体何者かと。

禅の記憶と経験からゼンの意識はすでに別物。考え方は禅だ。

しかし、存在としてはゼン。

自分は誰なのか?ゼンと名乗ることが正しい。しかし、もう昔のように過ごすことはできない。

ゼンとしての存在を優先させるようとしても禅としての過去も捨て去ることはできない。

この世界に最初から住んでいた俺は、今の状況では自分の存在が一番疑問が残ってしまう。

異物として侵入した禅の記憶によって俺は混乱する。


また深呼吸をする。

今はどうすることもできない。考えるのをやめよう。


俺は今度こそ現実逃避をする。

時間が必要だ。


落ち着くために、呆っと窓の外の景色を眺めた。時間の感覚はあまりないが、数十分か一時間ぐらいすると階段を上る足音がして、その人物は俺の部屋をノックした。


「ゼン様、起きていらっしゃったのですね。奥様をお呼びしてまいります。何か、お持ちしましょうか?」


部屋に入ってきた人物は俺が予想した通り、エンリエッタだった。エンリエッタは我が屋敷のただ一人いるメイドだ。30手前の落ち着いた女性で、ブラウンの髪を後ろでまとめて黒くて野暮ったい地味なメイド服を着込み、切れ長の鋭い瞳を向ける。美人なのにどこか人を寄せ付けない雰囲気があった。だが。彼女は俺に本や礼儀作法をしっかり優しく教えてくれる。5歳のゼンが好意を寄せる一人だった。―――禅の記憶がある今は安心できる女性という印象だ。


「エンリ・・・。ありがとう、できればパイスの入った水がいいな」

俺はゼンの記憶から彼が好んでいたパイスという果物、日本の蜜柑のような果物の果汁入りジュースをほしいと答える。

これまでの生活をなぞるような言葉に、俺はどこか空空しさや演技をしているような気がする。

「かしこまりました。少々お待ちください」

恭しく答えるとエンリエッタは、俺を残して部屋を辞した。



俺はゆっくりと切り替えることにした。

ゼンと禅の二人の記憶をもった全くの別人。


そうしないとゼンとして泣き出したい、禅としてわめき散らしたい。

苦しくて感情が爆発しそうになる。暴れてしまう。

なぜこんなことに、なぜこんなわけのわからない状況に。

不安が襲う。

考えがまとまらない。

俺はどうやって生きていけばいい?

禅の記憶が一言で言ってくれる。自己同一性の拡散と。

こんな拡散の仕方なんて俺だけだろう。多重人格じゃなく二つの記憶が同時に混在している。

混乱だ。


俺がパニックに陥りそうになっているとまた扉が開かれた。

「ゼン、熱も引いたわね。よかった。心配したのよ」

心からよかったとひまわりのような笑みを浮かべる超絶美人とエンリエッタがそこに立っていた。超絶美人は俺のそばまで駆け寄ってくると俺を抱擁した。

禅のときなら興奮のあまり、前のめりになりそうなほどの美人だが、ゼンだと自らの母上なので、ただ照れるばかりだ。


アイリ・リーンフェルト、輝くような金髪にスカイブルーの瞳、僅かに垂れた大きな瞳と驚くほど整った顔立ち。超大な胸の膨らみが俺の顔を圧迫する。本当に照れるからやめてほしい。


「母上、苦しいです」

「ふふ、照れているのね。お父さんも来週には帰ってくるからゼンの元気な姿を見せてあげてね」

母上は上機嫌でニコニコしながら俺を離し、今度は頭を撫でる。

なんというか、禅のときは両親が他界していたのでこの感覚に馴染めない。ゼンの記憶があるので不思議ではないが、やはり違和感だ。

だが、その母上を見て俺は混乱する頭が覚めていく。

安心感。

それが端的に表す俺の感情。

俺はゼンの記憶からいつもしているように振る舞う。

母上を不安がらせたくない。


「父上が帰ってくるのですか?」

「ええ、早駆けの伝令がきたのよ。お父さんったらわざわざ自分の部下に使いを寄こすなんてダメな人よね」

クスクスと母上はそう言いながらとても嬉しそうだ。母上に超絶惚れこんでいる父上なら貴重な早駆けができる伝令を帰宅のためにつかうこともあり得るだろう。


トルイ・リーンフェルト男爵、父上にしてリーンフェルト領地の領主であり、ルーン王国東方面軍第一部隊長『剛剣』のトルイと言えば平民からその実力のみで男爵位までもぎ取った成功者とも呼べる。平民からの人気は高く、次期東方面軍司令官の最有力候補と噂されている。そして、貴族であれば一夫多妻制のこの世界においてアイリのみを妻とし、王都での生活を止めて任務地に近い自領での生活をする変わり者と呼ばれていた。


「父上との約束で帰ってきたら剣術を教えてもらいます」

前回の任務に行くときに、父上は剣術を教えるといっていたことを思い出し、なんとなく言うと、とたんに母上の表情が曇った。

「大丈夫かしら?ゼンが怪我したら・・・あの人手加減をしらないから・・・」

おろおろと不安そうに母上が言う。


俺の記憶からも父上が手加減という言葉をスッポリと忘れた人間であることが思い出される。

追っかけっこだと言って、全力で走りだした父上の背中。4歳の頃のゼンにあのスピードに追い付くなど不可能だ。


「奥様、ドルット神父の手配をしておきますね」

エンリエッタは鋭い目つきをしながら冷静にそう言った。


ドルット神父は紛れもないこの領地唯一の回復魔法の使い手だ。骨折ぐらいなら1日つきっきりで回復魔法をかけてもらい治すことができるが・・・。それにしても自分の息子の骨を折るほどのことをしないと思うが。


「そうね。あと、下級なら回復魔法薬もウチの在庫にあったはずね?」

「ええ、300本の下級回復魔法薬、120本の中級回復魔法薬と85巻きの治癒用湿布薬がございます」

母上の問いにエンリエッタは淀みなく答える。


それはリーンフェルト領地にある全ての回復薬の数ということだ。辺境の寂れた領地とはいえ、国境の激戦区で存在する高価な薬を俺が怪我をすれば、彼女たちは何の躊躇もなく使う気でいた。冷静なエンリエッタはリーンフェルト領地には珍しいほど優秀なメイドだが、子を生せない身体のため、俺のことを自分の子供のように見ている節がある。母上の行動を止める気は全くない。


「母上、エンリ・・・流石に父上のそこまでは・・・」

エンリエッタと会話していた母上は俺に視線を戻し、なんとも言い難い表情をしていた。

「ええ、一応私もあの人のことを信じているのよ・・・一応ね。でもあの人だから・・・」

それは信じてないということでは・・・と言いかけた言葉を飲み込んだ。

母上は完全に信じてない。

この子は私が守る!という決意が見える顔で俺をまた抱きしめた。胸が顔に当たる。

「安心してちょうだい。私とエンリちゃんが守りますからね」

「ご安心ください、ゼン様」

二人の決意した顔を見ると、何故だか父上が可哀そうに思えた。


禅としてこの世界に来た俺はこの初めて感じる家族というものに、感謝と嬉しさが溢れた。

ゼンの記憶もあり、すんなりと家族だと思えることが大きいとは思うが、父や母と呼べる存在に心から安心している。


母上達を不安がらせないようにしよう。


今俺が考えるすべてだった。

この世界、今ここで俺のことを心配してくれる人たちに不安を与えない。

それができる唯一のこと。

禅とゼン、名前が全く同じこの違和感も、この世界に存在するモノも、そして自分はいったい誰なのかも。

心の底には演技みたいだと感じる自分がいるが、この温かさを感じる為に俺も母上を抱きしめる。


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