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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
二章 辺境都市オークザラム 人それぞれの物語
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オークザラム② 公演の開幕

「一体全体どうやったら特等席の券が手に入るんだよ?あれは金貨五枚だぞ?それも即完売の。俺だって手に入らないもんだぞ」

トルエスさんは酒をちびちびと飲みつつ納得いかない顔をして言う。

あれから俺たちは黄金の麦亭に戻り、トルエスさんと合流して夕食に出かけた。夕食は宿よりもオークザラムの生活がわかるような平民の飲み屋だ。天井につるされた燭台と各テーブルにはろうそくが灯してあり、店内は明るい。この明るさだけでも都市に来たのだと思い知らされる。リーンフェルトの村では飲み屋ですら日没後の明かりを節約するために薄暗いのだ。オークザラムでも有名なお店らしく、店内は広くお立ち台もあって今は楽団が陽気な音楽を鳴らして、客の楽しむ声とともに騒然としている。リーンフェルト領の飲み屋では20人が入れば一杯になってしまう規模しかないが、オークザラムでは100人でも入れてしまう。

俺は魚を揚げた郷土料理を食べつつその賑わいを楽しんでいた。トルエスさんは俺が出会った女性のことをしきりに気にしている。アルガスは俺の横で静かに食べながらそのトルエスさんの話を聞いていた。

「と言われましても・・・もらったんだから楽しめばいいじゃないですか。あ、折角買っていただいた券が無駄になっちゃいますか?」

「いや、券自体は会場付近で買えなかったやつに吹っかければ十分元は取れるがな」

トルエスさんは酒を飲んでいるが、この後の公演のために酒量はだいぶ抑え気味だ。小さな水差しに入った酒を手酌で入れつつそう答えている。

あの女性のことは何もわからない。トルエスさんは優待券を気軽に渡したことから一座の中でも上の人間に違いないといっているようだが、俺はあまり気にしていない。どうせこの後行けばわかることだろうし、いきなり私の物になれと言われても理由すらわからないのだから気にしてもしょうがないと思っている。

「まあいい、行けばわかるだろう。アルガス、すまないが、俺とゼンは特等席にいくがお前は買った券が普通席の分しかない」

「大丈夫ですよ。あの一座の公演が見えるのですから普通席でも嬉しいです」

「その代わり浮いた金で今夜は楽しもう。ゼンはまだ先だが、アルガスは成人したんだから公演のあとにいいところに連れて行ってやるぞ」

話の切り替えが早いのはトルエスさんのいいところだが、変なところのスイッチが入ったようだ。ニヤニヤとした笑い顔をアルガスに向けている。そのトルエスさんの言葉にアルガスは顔を赤らめる。

「わ、私はそういうところには・・・」

「遠慮するなよ。軍に入るんだろ?そういうことも勉強しとかないと上官に気に入られないぞ」

少し焦るアルガスに対して大人げない言い方でトルエスさんはそうのたまった。アルガスが逃げられないように軍の話を持ち出して。

そういった大人の施設にオークザラムは非常に寛容である。国教とするカソリエス教会は基本姿勢として罪としているが、裁くかどうかは各王国あるいは各領主の自治権にゆだねられている。ヘムルート辺境伯は完全な軍閥故にそういった事柄に対して規制は非常に緩く、戦時下や指揮系統に影響が及ばない限りは重い課税を与えて許可している。ただし、いったんその場で犯罪を犯せば重い罰が待っていることがこの都市の治安維持に役に立っている。よっぽどのことがない限りは死罪は確実。そう言った施設はないと犯罪率が上がり、それを裁く機関が機能していないと治安が悪くなる。そこは辺境伯の采配で上手く操作しているようだ。

ちなみにこういったことを教えてくれたのはトルエスさんである。

リーンフェルト領の運営ではまだまだ先の話だが、知っておいて損はないと言うことでここに来る前に教えてくれた。おそらく、自分が遊びに行くためにそう言った施設の有用性を主張したのだろう。

なんとも姑息である。

「トルエスさん、行くのは止めませんがアルガスが行きたいと言わない限りはダメですからね」

俺はアルガスが困っているので一応助け船のために発言しておいた。

でも、結局行くのだろう。そういったことに興味がない男はいない。俺ですら禅・ラインフォルトの時には経験がある。あの隆源爺さんに大人の世界を知る方がいいと言うことで連れて行ってもらったことがあり、そこで自分の才能の一端を確認した覚えがある。

俺の発言にアルガスは何故か俺の方を困ったような顔で見て口を開く。

「ゼン様、どこに行くのかわかるのですか?」

確かに、アルガスの言いたいことがわかった。六歳児である俺が大人の施設を何故知っているのか?ということだろう。

気まずい顔をしているアルガスを見つつ、俺はため息をしてトルエスさんに目を向ける。彼は酒の入った木のコップを持ち俺とアルガスから目を背けて飲み屋の楽団を見ていた。

「我が領地の有能な代官殿が親切に教えてくれたんですよ」

「トルエス様・・・」

俺とアルガスの非難の目線を背に受けてトルエスさんはこちらを振り向き笑いながら口を開く。

「ん?どうした?しかし、そろそろ時間だなぁ」

何が「しかし」なんだろうか。彼は聞かなかった振りをするのは王国一ではないかと本気で思った。





アフロ―ディア一座の公演はオークザラムの広場で行われる。

昼にも来た武器屋通りに面した広場は先ほどとは打って変わって、煌々とした松明が設置されて明るい。松明は人が四人ほど通れる幅を開けて大通りから広場の奥まで等間隔で続いている。松明が俺たち三人を誘うかのように揺れている。松明と松明の間にはたまに王国軍らしき兵士が立っており、警備は万全。オークザラム内の貴族も来るためにこういった警備は多すぎることはない。逸る気持ちを抑えつつゆっくりと奥に進んでいくと、天蓋のないサーカスのテントのような物がそこにあった。人の背よりも高い木の棒が円を描き立てられており、その間には色とりどりの布が棒と棒の間を隠している。テントの側には踊り子が衣装をはためかせて踊っているような姿の紋章を縫われた旗が静かに揺れている。入り口の両端には兵士ではなく踊り子の衣装を着た美しい女性が券を確認している。彼女たちの腰にはしっかりと剣が佩刀してある。券を持たずに無理矢理入ろうとした人間に文字通り剣を与えるのかもしれない。

入り口は一人の成人男性が頭を下げて入るほどの高さと幅しかない。入り口には垂れ幕が下がっており、中の様子は確認できないようになっていた。一回の公演に200人から300人だそうだ。周りには貴族のような格好をした者や上流商人が列を成して券を確認されて中に通されている。

俺たちもその列に加わり、中に進んでいく。

券を確認してもらっている最中に俺は二人の踊り子に目を向けて見るが反応はなかった。俺に声をかけた者ではないようだ。

中に入ると幻想的な空間が広がっていた。

今宵は新月。満天の星空のもとで様々な色が淡く輝いていた。ステンドグラスでできた間接照明が足下や空中に浮かんでいる。無数の色が鮮やかに輝き、一瞬にして日常を忘れてしまう。テントの内側にはワインレッドのような深い赤色の布が覆っており、鼻腔をくすぐるのは甘い花の香り。キツすぎない香がたかれており、まるで不思議の国に足を踏み入れたような気分になる。

空中に浮かんでいる間接照明は丸形や星形、月形のステンドグラスであり、立てかけた木の棒の上に細い棒が張り巡られてその間接照明を支えている。

俺たち三人は感嘆のため息を漏らしながら自分たちの席へと行く。アルガスは通常席へ、俺とトルエスさんは最前列の特別席へと。

特別席は本当に最前列にあった。俺とトルエスさんが通された席はその中でも真正面に舞台が見える特別な場所だった。

一体、俺に券をくれた女性はどんな人なのだろうか。

舞台は半円状で、人が10人以上いても問題ないほどの広さ。舞台の両袖にはワインレッドの垂れ幕が下りており舞台の裏側を見えないようになっている。その垂れ幕には金の刺繍で先ほどの旗に描かれた踊り子が縫われ、舞台の両脇にある松明に照らされて綺羅めいている。垂れ幕の前には4席ずつの木製の椅子が置いてあり、その地面には大型の楽器が設置されていた。木琴や太鼓、大型の弦楽器などがある。この世界の音楽についてはあまり知らないので置かれているものがどういったものかは判然としないが。

「一座の公演を見るのは二回目だけど、前回は王都の劇場だったからなぁ。こいった雰囲気もいいもんだな」

開演直前のために席までは人をかき分けて入っていき座ると席の隣のトルエスさんが感心したように話した。

会場内は大声で話す者はいない。この雰囲気に当てられて誰もがこの幻想的な空間を目と鼻で楽しんでいる。

「そうだったんですね。しかし・・・すごいですね。まだ始まってもいないですけど王都の劇場の公演もみてみたいです」

「あれもすごかったぞ・・・思い出すだけで鳥肌が立つよ。まあそれだけではなかったんだがね」

「何かあったんですか?」

「演劇自体は―――おっとそろそろ始まるようだ」

トルエスさんが話の途中で言葉を切ると、静かにざわめいていた声が消えた。俺はトルエスさんの方に向けていた目を彼が見ている方向に向けると垂れ幕の裾から美女が数人出てきた。

彼女たちは正装をした貴族のような格好をしている。長く黒いのジャケットに黒いジレと白いスカーフ、下には黒のキュレットに長革靴。乗馬に行く男の貴族の格好だ。だが、着ている人は女性。容姿や人種は様々だがなかなかいないような美女ばかり。浅黒い異国風や透き通るような白い肌のルーン王国風、野趣あるキツい相貌の美女など。どれをとっても粒ぞろい。この幻想的な空間でこの世界の貴族のような格好はある意味場違いなきがするが、俺が思ったのは不思議の国のアリスに登場する白ウサギだ。彼女たちは音で俺たちを不思議の国に誘うかのような。

彼女たちは慣れた仕草と堂々たる礼をして垂れ幕の前の席に座る。中にはヴァイオリンのような弦楽器やフルートのような笛をもった女性もいる。

その彼女たちの登場で会場内は静まりかえっていた。聞こえるのは息づかいの音と松明が燃える音、風が布を優しく叩く音。

そこに彼女たちは調律をするために楽器を鳴らし始めた。

そして、それが終わり一瞬の沈黙。

フルートのような笛が軽やかに沈黙を破り陽気な曲を吹き出す。

舞台の袖からその陽気な曲と共に一人の女性がスキップをしながら踊り出てきた。

その女性は道化師。長い金髪を後ろで一つくくりにして白い鳥の羽根飾りがついた嵩の高い朱色のシルクハットをかぶり、その顔は白粉で厚く化粧をほどしてある。目元や口元には鮮やかな朱色で色づけされてはいるが元々の端正な顔つきはごまかせない。ケバケバしい化粧なのに少し垂れ目がちな大きな瞳や丸くて肉厚の唇のためかどこか愛嬌のある顔つき。服装は膝までの金色の長いジャケット、中には黒と赤に染められたストライプ模様のチョッキを着込み、下は半分が黒、もう半分が赤のスカートの裾には金のレース。

道化師は舞台の真ん中に立つと微笑んで客に深々と頭を上げる。

その礼に拍手が上がり、楽しそうに道化師は口を開いた。

「みなみなさま!こよいこのとき、おあつまりいただきまして、ありがとうございます!」

その声は会場の客が思わず身を乗り出すようなほど華やかで高く、その話し方は普通の言葉なのにいかにも道化師ぽくたどたどしい。

女道化師は会場を見渡し、驚くような表情を浮かべて観客に問いかける。

「おや?なるほどなるほど。みなみなさま!ずいぶんまるまると太ってらっしゃいますね!?ごまかしてもだめですよ~。オークザラムの外に行けばいちもくりょうぜん!」

女道化師はくるくると回りながら体を使って滑稽に表現している。彼女が回るたびに俺の席には彼女が使う少しスモーキーな香水の香りが漂ってくる。

「そとにはかりとられた黄金の麦畑!みなみなさまの心も胃袋も、懐も黄金でふくらんでいるのが見えます!」

彼女は言葉が終わると、掌を口に当ててニシシと可愛らしい顔で笑う。

「ニシシシ!我が一座もみなみなさまからの黄金でほらこのとおり!」

彼女が大きく声を上げた途端に彼女の体がボンっと膨張する。丸々と太った婦人のような形になり、その服の裾や首元からは金貨があふれ出している。

観客はその手品に驚きの声を上げてそのきらめきを見る。

次の瞬間彼女の服からは大量の金貨がバラバラとこぼれだした。

「わ、わわわわ!」

大量の金貨を零しながら彼女は慌てふためき手足をばたつかせて舞台を右往左往する。すると、彼女の服の袖が舞台のわきにある松明に触れる。

服は勢いよく燃え上がる。その光景に観客は悲鳴を上げた。

そして、彼女が舞台の中心に来ると燃えている火が一気に金貨を巻き込んで一際大きく燃え上がる。

燃え上がった火のベールが消えるとそこには金貨が大量の小さなパンに変わっていた。

あまりのことに観客も俺も口を広げたままその光景を見るしかない。

女道化師は燃え上がったのにもかかわらず登場したときと全く変わらない姿で舞台の中心に立っていた。

「わ!あやうく団員たちのばんごはんが焦げちゃうところだった!」

彼女は再びばたばたと手足を動かした後にパンっと手を叩く。それを合図にパンが瞬く間に消えた。

「みなみなさま!このことはご内密に!さて、みなみなさまの期待で黄金も焦げつかないうちに我が一座の愛と美の狂瀾で溺れさせましょう!」

彼女が口上を終えて優雅に礼をすると会場は割れんばかりの拍手が鳴り響く。


アフロ―ディア一座の公演の幕が今上がる。




道化師の口上なんて難しすぎる。

えらく時間がかかりました。

団員などの服装は不思議の国のアリスをイメージしてます。

楽団員→白ウサギ

道化師→帽子屋

門番→トランプ(描写はないのですがユニホームとして踊り子の衣装と武器を持っている)

ちなみにアフロ―ディア一座は踊りだけではありません。王都などの立派な劇場があるところでは演劇も行います。

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