オークザラム① 武器屋ゾルガ
オークザラムの市場は賑わっていた。
麦の収穫が終わり、市場には麦を売る商人達が市場に溢れて様々に声をかけている。王都からの商人もこの時期にはそれを目当てにしたものも多い。麦売りの声の合間には屋台の売り子が陽気に歌いながら串焼きを勧めてくる。
オークザラムの市場は大手門からすぐのところにある。都市の広場よりも小さいが大きめの民家が20軒は入るほどの広場に商人達は木の棒を立てて布で天上を作った簡易のテントの下に台車で野菜、穀物や土産物などを売っている。テントが多くて、通れるのは二人分しかない。屋台を物色している人がいると肩をすり当てて行き交うしかない。色とりどりの食べ物や木で作られた像など、バザーのようだ。
オークザラムでは自由市場が許可されている。戦時では最前線の都市になってしまうオークザラムでは都市の人口の減少を回避するために自由市場や税の軽減などの政策を行っており、比較的住人が住みやすく配慮されている。ルーン王国からもヘルムート伯には自治権をかなり与えている。これも国王軍が常時数千人も待機しているためにその食料や娯楽と言った施設を維持する必要があるからだ。都市の人口が減れば兵士達にとっては住みにくく、不満が出てしまう。最悪、兵達が反乱を起こせば、こんな辺境の地ではそれを抑えるために王都からの兵の派遣による費用といったことを考えれば最良の方策だと思う。
そのためこのオークザラムは東の果ての都市にしては人口が多く、また増加している。税が少ないために高品質な麦を安く買え、兵士達の娯楽のために飲み屋や娼館が繁盛する。住んでいるもの達はここが最前線であることを忘れて暮らしている。ここがこの100年以上もトランザニアの軍の攻撃を受けていないということも大きな要素でもある。
午後の日差しの中で俺はアルガスと共に市場に来て楽しんでいる。トルエスさんは物資の確保のためにギルドの商館に行って話し合いの準備を進めているようだ。ヘルムート伯の茶会が終われば支援物資の購入などで俺と一緒にいろいろと回らないといけない。
今回のオークザラムは観光ではなく、ヘルムート伯との茶会と支援物資の確保という二つのためにきている。支援物資の話はトルエスさんだけでもよかったのだが、父上の息子である俺がいれば有利に話が進めることができるとのことで同席することになっている。
日本のバザーと変わらぬ人の多さと熱気が楽しい。牛のような家畜の串焼きを堪能し終わった後で母上達のお土産用の貝殻の飾りや櫛を眺めていた。兵士が多いために故郷の家族に贈り物をする場合があるのでこういった屋台も数多くある。
「ゼン様、大変恐縮なのですが・・・もしよろしければアンとベルグのお土産を買うので渡していただけませんか?」
アルガスは俺と同じように女性用の土産を売っている屋台で物色しながら少し申し訳なさそうに声をかけてくる。
「もちろんいいよ」
俺はそのアルガスの様子に微笑みながら答える。彼が持つ首飾りがアンのために買うものだと思うと自然に笑みがこぼれてしまう。しばらく会えなくなる家族に買うのだ。俺が渡す役になるというなら嬉しい。
「アンにはどちらがいいと思いますか?首飾りよりも絵本のほうがよろしいのでしょうか?」
「アルガスにもらえばどっちでも嬉しいと思うけど・・・じゃあこうしよう。俺が首飾りを買うからアルガスは絵本がいいんじゃないかな」
「そんな、ゼン様に買っていただくなんて・・・」
「気にしないで。アルガスを国王軍に送り込むのは俺なんだからルクラ一家にはこれぐらいしないと」
その俺の言葉を聞いたアルガスは品物を選んでいた手を止めて、俺をじっと見る。そこには自分のすることが俺に迷惑をかけているという不安がにじみ出て、何を言ったらいいかがわからず言葉に迷っている。
俺はなるべく穏やかに続ける。
「そういうことだからアルガスは何も気にせずしっかりと強くなって戻ってきてくれたらいいから」
「はい。このご恩はゼン様をお守りする盾としてお返しします」
アルガスはその場で深々と頭を下げて言葉にする。
「私は感動したよ!貴族様!」
俺たちの様子を興味深そうに聞いていた屋台の女商人が大仰に感心したように声を上げる。それに反応して周りにいた人たちも静かに騒ぐ。
「もしかして、剛剣様のご子息様ではないですか?」
恰幅のいいその女性は真面目な顔つきで聞いてくる。
今朝の騒ぎが思い出される。すでに背格好は広まっていても不思議でないし、今朝の革鎧から平服に替えてはいる。だがオークザラムということでエンリエッタも気合いが入った服装を選んでくれたお陰で服装からして平民ではない。仕立てがいい服なんて市場でもそこそこに目立っているために自分が貴族だと言っているようなものだ。服と背格好から俺が父上の息子とわかっても不思議ではない。
こんな人の多いところで囲まれるのはたまったもんじゃない。
「女将さん、俺は素敵な首飾りを見ているただの客の一人です。折角買おうと思ってるので静かに見たいのですが」
俺の言葉に女将さんは笑う。
「ハハハ!確かに!ほらほら、買わない者は他所へ行った、行った!商売の邪魔するなら叩き出すよ!」
女将さんはそう言いながら野次馬達を追い払う。それでも俺のことが気になる者は商品を眺めるふりをしてこちらのことを気にしている。
俺はそれを素知らぬ顔をしてまた商品を一つずつ眺めていく。アンのお土産はアルガスと一緒に相談しながら母上、エンリエッタ、アンのお土産を購入した。商品を受け取っている間に女将さんが声をかけてきた。
「お客さん、もし何かこの町で困ったことがあったら言ってください。私たちはあの方に守られているからこの町で安心して商売ができるんです」
父上は本当に愛されているんだな。人気があるだけではこんなことは言ってくれないだろう。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えてこの町で一番腕のいい武器職人を教えてほしい」
「贈呈用ですか?それとも実戦向きですか?」
「実戦向きで」
「それなら武器屋通りのゾルガを訪ねるといいですよ。この町で唯一の祝福された武器屋ですから。でも気難しく有名ですから武器がほしければ倅のラトックの武器屋がいいかもしれませんね」
辺境都市オークザラムで最も充実しているのが武器屋と防具屋。軍事都市だけあって、兵士のために武器の修繕や製作を行う工房がたくさんあり、昔の名残で直接貿易できないはずなのにトランザニアの良質な鉄が入手できるオークザラムでは武器と防具作りが盛んに行われている。祝福持ちの職人は王都でしか工房を持てないが、王国軍の規模から一人だけ派遣されているようだ。
「わかった。ありがとう」
俺は女将さんに礼を言ってから市場の続きを楽しむ。
『武器屋:ゾルガ』
その朽ちた看板を見て俺は不思議に思った。
武器屋通りはオークザラムの奥にある広場に面した場所にある。その広場の近くには王国軍の兵舎もあり、訓練で壊れた武器を修繕するには都合のいい場所だ。木造の立派な商家が立ち並ぶ場所で一軒だけ一階建てのこぢんまりとしたボロボロの武器屋がゾルガの武器屋になっている。周りの立派な武器屋に間にぽっかりと背の低い店が悪い意味でかなり目立つ。
王国所属の武器職人にしてはあまりにも店がボロい。
「店は間違いないですが・・・想像してたのと違いますね」
隣のアルガスが苦笑しながらやんわりと自分の心象を言ってくる。つまり想像していたのより見窄らしいと。
「そうだね。きっと年季が入ってるんだろ」
俺も苦笑しながら小さな窓しかないゾルガの店の扉を開く。
他の店は外からでも商品が見えるように大きな窓を拵えている。本来ならその窓に店の商品を並べたり、中がのぞけるようにして入りやすいように工夫するのだが、それも一切ない。光を入れる小さな窓と簡素な扉だけである。窓からは中が覗きにくく、あるのは商談用の机だけ。主人もいないみたいで開いているのかすらわからない。
意を決して中に入ると、そこは机とその横に装飾や刃のついてない大きさ違いの剣が置いてあるだけであった。入っても出迎える人はいないが店の奥からは人の気配がする。
机の上にあった呼び鈴を鳴らしてみて声をかけると奥からのそりのそりと人が入ってくる。
その人物は父上並に身長があり、太い体。大きな体に顔は四角く、鋭い眼光と太いもみ上げに大きな口。木綿の荒いシャツの上に革のベストを着て、ゆったりとした灰色のズボンをはいていた。髪は短髪で厳めしい顔つきでこちらを見てくる。
「貴族のガキがなんのようだ?ふんっ、多少は鍛えているようだが子供に売る武器はないぞ」
低く威嚇するような声で彼はそう言った。どことなく不機嫌なドルクを思い出す。
そういえばドルクも最初は不機嫌な顔で俺と一緒に狩りに出たっけ。
「そうですか。町一番の武器屋と聞いたのできたのですが。でしたら今後のためにも見るだけでもよろしいでしょうか?」
俺の言葉に彼は怪訝そうに目を細める。貴族のような子供が丁寧に対応したことが不思議なのか?
俺は彼の言葉を待たずに机の横にあった10種類の大きさ違いの中で最小のナイフから三番目の大きさの短剣を取って、構えてみる。
その剣は非常にバランスがいい。率直に言ってしまえば特徴というものを省いた剣である。大量生産される数打ちの剣のようだがそのバランスのよさは並ではない。剣の稽古をする上で実に理想的な剣だ。癖がつかず持ちやすい。俺の体から言うと少々柄が長い。
「ほぅ。ガキのくせに相当使えるな・・・ってその腰の剣はお前さんのか?」
最初感心したように声をかけてくる彼は俺の腰にあったゼルの剣をみて急に驚いた顔をする。リーンフェルトの紋章が入った短剣は今朝の一件があっために宿に預けてきた。見られて騒ぎになると嫌だからだ。
「これは・・俺に仕えていた騎士の剣です」
俺はゼルの剣に手を当てながらそう答える。
その言葉に彼は黙ったまま目を少し伏せて、再び俺を見つめて問いかける。
「間違いない。その剣は俺が友のために昔打った一本だ。ゼルは・・・逝ったのか?」
彼の言ったことに俺は驚いた。
彼が打った剣がゼルのものであるという偶然に。ただ、オークザラムはこの数十年トランザニアと小競り合いが続く土地である。ゼルがこの地に任務としてきていたとしても不思議ではない。
「はい。俺を守って逝きました」
「そうか・・・。ということはお前さんはトルイの息子か?」
「はい。ゼン・リーンフェルトといいます」
俺が問いに答えると彼は目を瞑る。沈黙が店を包みこんだ。それは黙祷を捧げるようにも見えた。
数分の沈黙を破ったのは彼だった。
「友が命をかけて守ったのなら俺も武器を作ることでお前さんを守ろう。ただし、お前さんのためではない。友のためだ」
「はい。それで十分です」
「で、その隣の辛気くさい坊主もか?」
彼はアルガスに目を向けて顎で彼のほうに話を向ける。アルガスはゼルの友だという彼に自責の念と後悔に苛まれた表情を向けていた。
「私がゼル殿を殺したようなものです・・・守れなかった・・・」
アルガスは憂いに満ちた瞳で彼に言葉を切りつつもそう言う。
「勘違いするな坊主。ゼルは兵士だ。お前よりもずっと立派な。ゼルを守るなんておこがましいにもほどがある」
彼はアルガスの言葉に憤然とした様子でたしなめる。おそらく彼なりの慰めの言葉だろう。
「わかった。とりあえず話を聞かせてくれ。ゼルの話と作る武器についてだ」
彼はアルガスをたしなめた後でそう言って机の方を顎でしゃくって、着席を勧めた。
俺とアルガスは二人で顔を見合わせて、長くなるだろう話のために勧められた椅子に座る。
ゼルについての話は一刻ほど、約二時間ばかりかかった。
その後に店にあった剣を振って俺の剣の癖と身長に見合った短剣を作ってもらえるようになった。アルガスは盾を作るためにゾルガと話し合いをしている。彼は噂に違わぬ武器職人だった。たった一度剣の型を見るだけで俺の癖を看破し、剣の肉厚や幅などを決める。剣を振っている最中に本当にそれでいいのかと念をおされたのでもしかしたら流派が違うこともバレているかもしれない。それでいいと答えると彼は何も言わずに黙ってうなずいただけなので他の人にいうことはないのだと思う。
俺はアルガスが話している間は暇なのでゾルガの店から出て広場の近くの武器屋通りを散歩している。すでに時刻は夕方に差し迫ろうとしていた。アフロ―ディア一座の公演までまだ時間はあるが、夕食を考えるとあまり時間はない。
武器屋通りには兵士らしき者達やオークザラムに来る商人を護衛してきた傭兵達が多い。ここまで奥まった場所にある武器屋街には武器を買う以外の者はあまり近づいてこないみたいだ。
店先に飾られている斧槍や装飾のほどこされた美しいレイピアを眺めているとふと、大手門からつながっている街道から一人の人物が見える。その人物は男か女かもわからない。薄緑色のローブと目深にかぶったフードで美しい鼻先と艶やかな唇しか見えない。体の形からして女性に思われるが。
その人物は人の流れをすり抜けながらまっすぐにこちらに向かってくる。目線がわからないので俺を見ているのかわからないが、周りを見渡すと近くには誰もいない。
傾く日差しがその人物に影を落とし、近づいきつつあるのに顔がはっきりしない。シャランシャランと微かに細い金属が楽器のように音を小さく鳴らす。その音は高鳴る鼓動のように近づくたびに耳元でささやく。俺はただじっとそのローブの人物を眺めるだけだった。一歩一歩を刻む足音と金属の調べ。俺とその人物だけがこの場にいるように他の音が気にならなくなり、世界から切り取られる。
―――シャラン
その涼やかな音がはっきりと耳元で聞こえる。その人が手を出して俺の頬に触れる。その距離になるまで俺は茫然としていた。腰にあった剣にも手を出せずに。
その人物の心を奪われるようなほど整った口元がゆっくりと微笑みの形になり、口が開く。
「見つけた。あなた、私の物になりなさい」
その口からこぼれた声は甘やかな蜂蜜の音色。脳髄がその甘美な甘さでとろけてしまいそうなほどに艶やか。
その言葉の意味がわかるまでに彼女は続ける。
「お名前はなんて言うの?」
「ゼン・・・」
俺は脳の痺れを振り払うように言葉を絞り出す。
「そう・・・ゼン。ああ、時間がないわ。お話はゆっくりと後でしましょう。私たちの公演が今日あるから是非来て。保護者のかたもお呼びしてね」
彼女は微笑みの唇を少し噛むと少し苛立たしげに言った。そうして、彼女は懐から紙の切れ端を俺に渡すと何もなかったようにまた微笑んで広場の方へと歩いて行く。
俺は狐につままれたような心持ちでしばしその紙を握りながら彼女の後ろ姿を眺めていた。
「なんだったんだろ・・・?」
その手に持った紙は、
『アフロ―ディア一座オークザラム公演会 10025年 収穫季 第3夜 最前列特等席券』
アフロ―ディア一座の特等席のチケットだった。
遅くなって済みません。
次回はアフロ―ディア一座の公演がはじまります!たぶん!