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神殿での謁見

10/6修正しました

2016/04/20修正しました

 落下する夢を見た。

 蒼い海面から暗闇が支配する深海へと墜ちていく夢。水圧や息苦しさは感じられずにただゆっくりと海底へと落下する。透き通るような翠玉(エメラルド)から碧玉(サファイア)へ。そして次第に濃淡が濃くなり藍色から暗黒になっていく。

 耳が痛くなるほどの静寂。その静寂は深海の水圧のように俺を締め付けていた。果てのない深海の静寂と暗闇の中で、自分の存在だけが命綱だった。そこがどこで、自分が落下ているのか止まっているのか、それとも浮上しているも分からず、ただ暗闇で浮遊している感覚。磨り硝子の向こうに自分のあらゆる五感を押し込めたような気分。

 数分か数時間か。時間の感覚もなくなり茫洋と暗闇を見つめていると仄かな光が真下に光る。

 それが眩しくて夢の中で目を閉じる。それでも突如現れた光のまぶしさに目蓋が赤く染まり目が痛い。

 気がつくと俺は道の上に立っていた。

 暗闇の中を切り裂いたみたいに真っ直ぐと伸びる土の道が白亜の建物につながっている。その建物は古代ギリシャを思わせる荘厳な神殿。道はその正面玄関まで伸びていた。

 俺はゆっくりとその道を辿り神殿へと歩いて行く。

 道は不思議だった。昼間のように明るく、空を見上げると青空と夕暮れのあかね色、日没直後の藍色、そして新月の夜のように星散りばめた夜空が混ざらない絵の具のように流れている。そして道の両端から世界は存在しなかった。

 どうしてかは分からないが、道と神殿以外は世界から存在していないと俺は理解していた。触れても空間自体がないから黒い壁に遮られている。

 俺は眠る直前に着ていたパジャマのまま神殿の石階段を上る。つるりとしていていて、ひやりとした石の冷たさが素足に心地よい。石階段を上ると俺は神殿の扉の前に立つ。

 神殿の正面玄関は、巨大な大理石の八本の柱とそれに支えられた屋根でできていた。低い二等辺三角形の屋根には見たことがないような三人の女神が浮き彫りで彫刻されている。美しい女神達は大理石で立体的に彫られ、その上から金泊を張られており、吸い込まれるような相貌と精密な身体は例えようもない神聖さを帯びていた。

 ガゴン、と巨大な、それこそ俺の身長の三倍ぐらいありそうな石の扉が、俺を招くように開かれる。

 俺は無言でそれを見つめて、誘われるまま神殿へと入った。

 神殿は二重の柱で囲われ、ぱっくりと開いた口の奥は白い大理石の部屋になっている。中は薄暗く、一番最奥だけが天窓から差し込む光でスポットライトを浴びたように輝いていた。

 俺がゆっくりと進むと、部屋の中の背の高い燭台に火が点り、俺の道を指し示すように次々と燃え、奥まで続く。燃え上がる炎で部屋の天井や屋根を支える台座に描かれた神々の影が揺らめいた。

「ようこそ我が神殿へ、禅・ラインフォルト」

 突然、奥から力強い声が神殿に木霊する。

 その声が聞こえた瞬間、俺の身体に電流が走った。その声は、まるで生まれたときから万人を従えさてきた王の威厳と気品を帯びている。

 冷や水を浴びせられたように警戒心が目覚める。夢の中でさえも俺は冷静に状況を把握しようとその人物に目を細めて注視する。

 重心を落とそうとするが―――。

 動けない。

 身体が金縛りにあったように硬直していた。意識を越えて、身体がその人物を畏れるように震えている。

「我が謁見である。・・・なるほど作法を知らぬとみえるな。ならば教えよう。謁見する人間は、王座の下で()()がよい」

 強大な威圧感が重くのしかかったり俺は驚愕する。俺の身体が勝手に歩き出し、その人物が座る王座の壇上の下で頭を垂れて跪いたのだ。

 俺が頭を垂れるのを確認したのか声の主は、うむと頷き、言葉を俺の頭上から下ろす。。

「面を上げることを許す」

 その言葉と共にふっと身体が軽くなり。俺は最大限の警戒心で顔をゆっくりと上げた。

 視界全体に意識を拡散させて。空間に染み渡らせる。

 『観の目』。

 普段人間は、視界の中心に意識を集中させて見るが、『観の目』では視界全体を見る。立ち合いの時に刀だけを見るのではなく、刀を持つ相手とその太刀筋を見るのだ。瞳は動かさず、両脇を見るのが肝要。

 目を向けた先の王座には少年が座っていた。

 天窓から差し込む光で燃え上がるように輝く金髪は、それ自体が王冠のような美しさで、透き通った海を圧し固めた碧玉(サファイア)の瞳が人の心までも透き通らせているようだった。しかし、その蒼さも深い深海の暗闇のごとき瞳孔が奈落の底を思わせる。

 歳は自分よりも下にもかかわらず、二つ折りにした厚織の白い衣装を、金に輝く車輪のレリーフが施された留め具で留め、純白と金の豪奢な服に身を包んでいる。その下に見え隠れする四肢は歴戦の戦士のように鍛え込まれており、逞しい筋肉は全て実戦で培われた力強さがあった。彼は、その逞しい腕を肘掛けにかけて顎をのせながら俺を睥睨している。

 僅かに年下の少年は、自分よりも遙かに実力があると、直感した。

 俺は跪きながらいつでも動けるように準備する。少年との距離はおよそ二メートル。周りに人の気配はなく、逃走経路は今来た道を戻るしかない。逃げる算段を頭の中でするも、逃げ切れるイメージが沸かなかった。

 ならば、次は会話による交渉。自分の名を知っていると言うことは、こちらの情報をある程度もっているということだ。こちらの情報を漏らさず、例え俺が逃げられないと思っていても逃走できることを臭わせて対等に交渉するしかない。

「ふむ。冷静にこちらを窺っているか。まずは第一段階は合格としよう」

 その少年は頬の端にさっと微笑みを浮かべてそう言った。

 もはや俺は、これを夢とは思えなくなっている。冷たくて堅い床の感覚、炎が揺らめき神殿に籠もる熱気、そしてその全ての感覚が目の前の少年が実在すると言っていた。

 俺はじっと少年を見ながら相手の威圧に飲み込まれないように聞く。今の状況で相手に飲み込まれないためにはこちらから聞くしかなかった。

「何者だ?」

 少年は顎を手から僅かに浮かせて、少し目を見開くと先ほどまでよりも深い微笑みを浮かべる。

「ほう。言葉は許していないが喋れるのか。まあよい、我が名はまだ明かせぬが・・・そうだな貴殿の世界の遊びに丁度面白い言葉があった。我のことは愚者(ジョーカー)とでも呼ぶがよい」

 自分の言葉が面白かったのか彼は肩を揺らしてクツクツと笑った。

 俺は訳の分からない状況と彼の反応に苛立ち、語気を強める。

愚者(ジョーカー)とは格好つけているのか? まあ、相応しい名だな。で、何が目的だ?」

「ハハハ! 臆さぬか。よい、答えよう。目的は我が願いと貴殿の願いの成就だ」

 俺はその答えに目を鋭くする。

「願いだと? この()()

 何を言っている?

 俺には願いなどない。俺の願いは既に手の届かない所に逝ってしまった。もう二度と掴むことさえできないそれは、忘却と冥界の川への向こう岸へと流れたのだ。

 愚者(ジョーカー)は俺が睨み付ける姿を観察し、表情を消した。

「今は貴殿の疑問に答える気はない。我が真意を知りたくば試練を越え、資格があれば答えよう。そのための力も授ける」

「どういうことだ?」

 俺は冷静を装いながら何かしようと企む彼に問いかけるしかなかった。

「・・・謁見はここまでだ。次に目覚めるとき貴殿はこの場でのことを忘れているだろう。今は()()。眠り力を蓄え、己が試練を乗り越えよ」

「―――」

 ぐらりと意識が傾く。急激な睡魔が襲い、意識が明滅した。身体を支えきれなくなって、床に手を突き、力を振り絞って愚者(ジョーカー)に目蓋を閉じそうな目を向ける。

 俺が苦しむ姿を見ても彼は表情を変えなかった。俺の姿を目に焼き付けるようにただ観察する。

 俺はそのまま横に倒れた。身体が地面に打ち付けられ、石の冷たい感触が頬を刺す。

 消えゆく意識の端にハッキリとその言葉だけが聞こえてくる。

「許せ。貴殿の道に我が祝福があらんことを。禅・ラインフォルトに我が名―――において、祝福を授ける」

 その言葉を最後に俺の意識が完全に飛んだ。

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