騎士ゼルの語り
「第三次防衛戦① 残響する鬨の声」
ゼン演説シーンでのゼルの視点です。
私は今、天上の神が使わした軍神の子を見ている。
万天弓神アルケーストとの祝福を授かったゼルの人生、つまり私の人生には語ることはそこまで多くはない。
王都マキシラーテル下町の大工の息子として生まれ、貧しくも平凡な子供だった私は、あるとき万天弓神アルケースト様から祝福を授かる。
その祝福で私の人生は大きく変わる。
平民が突然武神に祝福をさずかるのは珍しい。
王都でも年に数回にしかすぎない。
祝福は12歳のときに授かったのですぐさま王立ラライラ学校の騎士課に入学。
ほとんどの生徒が貴族様という中での生活は大変に辛かった。
平民出の生徒が少なく、貴族様ばかりの学校は私にとって肩身が狭かった。
だが、私は希望にあふれていた。
万天弓神アルケースト様の名に恥じぬように生きようとおもったからだ。
私は座学の教科や演習に励み卒業。
私の成績は中の下。
祝福持ちの能力はその権能への理解と魔法の理解および魔力量に依存する。
魔法については血筋が関わってくるので私の魔法の資質は高くない。
むしろ他の貴族様と一歩も二歩も下がってしまう。
私は弓神の名に恥じないように弓の鍛錬に明け暮れた。
その道こそ私のすべてだからだ。
平民である私が騎士になる唯一の道。
弓だけは他の人間には負けない。
私はラライラ学校を卒業すると軍に入った。
それはほぼ強制。一部の精神を病んでいたり、極端に体が弱いといった理由がないと拒否はできない。
軍でまず特殊部隊の訓練兵として入隊した。権能の力で斥候として優秀だと判断されたからだ。
特殊部隊の斥候になるための訓練が始まる。
これに関してはまさに地獄のように厳しい訓練だった。
祝福持ちで構成された部隊は、なるべく死なないように管理されたが怪我は絶えない。
3年ほどその訓練の日々だった。
私は訓練課程を終えると結婚した。
国から指定された結婚相手が妻となった。
これには何の文句もない。派手さはないが、心根の優しい妻で安心した。
家庭を持ち、子をなすとすぐさま私は実戦投入される。
子に恵まれるまでは実戦してはならないという国の方針だ。
私は戦地を駆け巡った。
特殊部隊の斥候として常に最前線で森や平原、山を馬で走り、権能によって敵部隊を発見、観察する。
超長距離まで狙い射ることができる私は軍に重宝された。
仲間達と共に戦ったあの日々は今でさえも目蓋を閉じれば鮮明に思い出すことができる。
それほど苛烈な戦いだった。
戦いに疲れて、帰るといつも優しく妻が出迎えてくれる。
彼女は身ごもり、私の子を産んだ。
息子ゼラークス。私の宝だった。
任務で数ヶ月以上家を空ける私は息子の成長を見守ることのできない。
それでも帰るたびに大きくなっていくゼラークスの姿は私に生きる力を与えてくれた。
戦場では常に死が隣り合わせ、友の死、敵の死、そして私の死。
だが、私は恐れなかった。
私には神がついている。万天弓神アルケースト様によって何度も私は助けられた。
唯一、我が身を悔いるのは、血なまぐさくなる手で息子を抱きしめることぐらい。
それでも私は神と愛おしい子、優しい妻がいる。
恵まれた人生だった。
軍に何年勤めたときだろうか。
ゼラークスは私を父とするのを誇りだと言い、自分も騎士になることを夢見た。
そのとき私は恐怖する。
騎士である私にとってそれは恥ずべきことだが、私はゼラークスを失いたくはない。
息子の思い、騎士としてのあり方、私はその合間で息子にかける言葉を思いつかなかった。
そうして、息子は軍に入隊する。
彼に祝福は授からなかった。
年月は流れて、私が41歳、ゼラークスが20歳の冬のある日。
私は息子が戦地で死んだことを知る。
私は涙を流して悔いた。
なぜ息子を軍人にしたのかと。
貴族でもない私には息子を軍人にする義務はない。
ましてや祝福の授からなかった息子を軍人にするなど。
神がついていない者を戦地に向かわせて無事なはずがないと何故気づかなかった。
それから私の日々は空虚だった。
軍でも士官まではいかないが、平民で上がれる最高の地位まではいったが、それに何の意味も見いだせない。
戦地から帰っても息子ゼラークスの笑顔が見れられない。
彼が生きてさえいれば、家には新しい命、私の孫がいたはずなのに。
数年間は私はあきらめたように軍に従事するが、老いた体もあり部隊で働くことも辛くなった。
私は軍の領地警備隊への転属を希望する。
その頃には老いた能力の低下もあって軍はそれを承認して、私は警備隊へ転属した。
転属先はリーンフェルト領、ただ任地に来た時分はまだトルイ様もいらっしゃらない。
領主不在の開拓村だけの土地。
私はこの土地を妻と私の終の住処にしようと思った。
辺境で王都の騒がしさもなく、厳しくない任務をこなしながら妻と二人で息子の冥福を祈り暮らそうと。
そして私はゼン・リーンフェルト様と出会った。
お屋敷では何度かゼン様と会ったことがある。
しかし、そのときはゼン様はまだご自分では歩くこともできずにアイリ様に抱かれていた。
数年後に久しぶりに見るゼン様は立派なお子だった。
トルイ様より剣術の指南をしてほしいと頼まれたとき私は二つ返事で了承した。
私にとって自衛団や村の子供達に剣を教えることは楽しみ。
孫のような年齢の子供達に剣を教えるときだけは息子のことを考えない。
初めて稽古をつけるとき、ゼン様は嬉しそうな笑顔で私の前に立った。
私は最初の稽古では相手を打ち負かすことにしている。
打たれたときの痛み、それで剣を習うと言うことの辛さ、その痛みが真剣だったときの恐怖を体にしみこませるためにそうしている。
だが、初撃で私は驚愕する。
その太刀筋はトルイ様を除いてリーンフェルト領にいる誰よりも美しく、その実力は抜きんでている。
私は思わず権能を使い、身体強化してその一撃を防がなければならなかった。
ゼン様は防がれても顔色一つ変えずに次ぎの斬撃を放つ。
その剣はまか不思議だった。
速度もない、力もない、権能さえない。
にもかかわらず、私が本気を出さなければ防ぎきれない。
私の剣戟の隙間、私が防ぎにくい体勢になるとゼン様の剣がその場所にある。
おそらく、それは噂で聞いた剣神様の剣の秘伝、理合をゼン様は生まれながらにして体得してるのではないか。
この日の喜びは如何ほどだったか。
私は生きる目的を見いだした。
ゼン様に私のもてるすべての技術を伝えたい。
だが、喜びは暗雲たらしめる知らせによって砕かれる。
グラックの襲撃。
その知らせを聞いて私は即座に状況を知ろうとリーンフェルトのお屋敷に赴く。
そこにはゼン様がおられた。
そして、耳を疑うような言葉を聞く。
ゼン様がリーンフェルト領の代理領主として戦いに出ると。
馬鹿な!ゼン様はまだ六歳!
このような将来ある子供を死なせるようなことを!!
我が息子の二の舞にしてはなるものか!
我が生きる目的をたかが魔物のごときに奪われてなるものか!
私は激高していた。
息子が死んだあの日を、人生で最も悔いたあの日を思い出していた。
私はゼン様の考えを止めるように声を張り上げていた。
だが、肝心のゼン様はどこ吹く風、私が憤激しても泰然自若として座っている。
あまつさえ私が言葉を返しても理路整然とご自身の考えを言う。
私は混乱していた。
52年間、軍属になって34年、私は血の気の多い若い軍人達を恫喝し、命令に従わせてきた。
その私の恫喝に六歳であるゼン様は全く怯まない。
冷静に私の言葉を返し、そしてあの一言。
『ゼン・リーンフェルトは代理領主として前線で指揮をとり、避難の最後は殿を務めることでその責を負う』
そのときのゼン様はその瞳に強い意志を宿し、その場にいるどんな人間よりも気高く見えた。
いや、正直に言うとあのときは感動した。
命をかける、たかだか六歳の子供の言葉に普通なら笑うだろう。
20歳の見習い騎士達はこぞってその言葉を口にする。
どれも現実をしらない小僧め、で私は笑っていた。
だが、あのときその言葉を口にしたゼン様は、その存在自体が私の心をつかんで離さない。
気高く、誇りある仰ぐべき主。
私の騎士として生きた人生が報われた瞬間だった。
ゼン様が立つのなら私がその命を守ればいい。
私はもうゼン様が戦地で剣を握る光景を受け入れていた。
それからは忙しかったが、ゼン様と共にあることが私の喜びとなった。
そして、グラックの軍を迎え撃つ。
そのために集まった兵達を馬上より見下ろし、王者の風格を漂わせるゼン様の言葉を耳にする。
その響き渡る声に心の臓を掴みとらえられ、その言葉に脳髄が熱を持ち、その全身を使って叫び兵を鼓舞する姿に鳥肌が立つ。
もう誰も彼がただの六歳児などとは思わない。
そこにいるのはまさに物語の中で剣を掲げて、戦いに赴かんとする英雄のそれだ。
晴れ渡る蒼穹の下、兵達を従えて圧倒的不利な状況、敵を倒すために出陣する。
その神々しさのなんたることか!
我が人生でこのような高揚感はない。
我が人生でこのような幸福感はない。
幾度も死地に赴き、友を失い、この身に傷を負った。
だが、それもすべて、我が人生は、我が祝福はこの瞬間を目撃するために、そのお方の横に立つためにあったのだ。
戦地で命を散らした我が息子ゼラークスよ。
見ているか。
神の元に召されたお前を嘆き、胸が張り裂けんばかりにむせび泣いてしまった父は神が使わせたお方と共に戦っている。
もう情けない父だとは言わせまい。
この瞬間に我が身があること、その喜びを天国で聞かせよう。
悔しいだろうな。
お前は私を意識して、祝福を授けられなかった自分を悔いていたな。
騎士に憧れ、いつも誇りある戦場で戦いたいと願っていた。
なればこそ、このお方と共に立つことのできる私に悔しい思いをしているだろうな。
もう少し待ってくれ。
私の命がつきるまで、このお方の側で仕え、その英雄譚を見届けるその日まで。
そうしたら、天国で酒を酌み交わして話すとしよう。
もしかしたら、人の命を奪いすぎた私は地獄に行こうとも、天国の扉の側まではいく。
そのときは扉ごしに話そうではないか。
だから我が息子ゼラークスよ。
もう少し、天国から見守っていてほしい。
我が人生が終わるその瞬間まで。
ゼルは騎士です。
ルーン王国の騎士としてではなくゼンの騎士として今存在します