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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
九章 堕天の王都(上)
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夜の帳の向こう側

 広い室内には芳しい香が立ちこめ、鮮やかな赤い色の洋燈が間接照明のように灯されていた。この部屋自体に妖艶な女の匂いと気配が染みこんだような場所。この色街でもトップレベルの高級娼館。

 芸術的な装飾の膝付きのソファには金糸の刺繍のクッションが敷かれて、横臥しながら会話を楽しめるようになっている。低いテーブルには見事なまでの料理。子羊のロース、香草を入り込んだソーセージ、香辛料がたっぷり効いた豚肉のソテー、白いパンには専用のオリーブとバターが添えられている。そのどれもが銀の皿や杯に飾り付けられ、目でも楽しめた。迎えあわせで座っている部下に目を向けなければ。

「またレクターが何かしたんでしょ?」

「アリーシ、俺は真面目な軍人だぜ。任務だよ任務」

 琥珀色の酒が注がれた切り子細工の硝子の杯を右手に、左手には体のラインが透けるドレスを身に纏った美女の腰に手を回してレクターが笑う。

「君、そそる顔ね。何か食べる?」

 俺の隣のいたこれまた見事な美女がしなだれながら耳元でくすぐるように言った。

 椅子はテーブルを囲むように三脚。そのすべてに高級娼婦が付くすさまじい待遇。

 俺の横に座っている娼婦は涼しげな目つきがちょっと好みだ。正直、今の俺でもここで遊ぼうと思えば遊べるぐらいには体も成長している。今はそんな気が一切起きないけど。

 ここは一見さんお断り、貴族の屋敷も真っ青な高級娼館。なかでも『金郎蜘蛛フリソ・ネフィヴァーダ』の主娼館の一室だ。こんな小汚い格好をした三人組で来ても、レクターの顔を見た支配人がすかさずこの部屋と料理を手配してくれた。

 レクターは一体何者なんだろ? 部下なのに謎すぎる。

「で、レクターはたまたま調査しているときに、俺たちが襲われているのを見て挨拶しに来たと?」

 俺は馴染みの娼婦と戯れているレクターに話を向けた。オリエルは俺に任せるとでもいったように付いた娼婦と視線を交わしながらリューベルンを聞かせている。相手もかなりまんざでもなさそうだ。一応はレクターを警戒しているので良しとしよう。

「そうだぜ。ずいぶんと動きの良い子供がいるからもしかして、と思ってね。それにしても隊長殿はいい護衛をつけているようで。そんな奴は軍でも聞いたことねぇぜ」

 レクターはグラスをオリエルに向けて、女性を見つめていたオリエルもレクターに目をちらりと向けた。

 オリエルのことは黙っているから、今回の件も水に流せってことか。カール公の了承を得ているといってもオリエルは無登録の祝福持ち、影者だ。もし、密告でもされたらカール公はあっさりと見捨てるかもしれない。

 いい牽制してくるな。これも含めてあの場で実力を計ろうとしたのかもしれない。ふざけていてもポイントを的確に付いてくる。これで信用がおけたら有能な部下なんだが。

「オリエルは俺の友達で、任務を完遂するための貴重な協力者。成果をあげるためだ。必要な協力者の邪魔をするようであれば俺は許さない」

「そういう事情はよーくわかってるぜ。なら俺にも俺なりのやり方がある。それをちょいと許してくれたら嬉しいんだがね」

「なるほど。それは俺を納得させるだけの報告書を上げたら何も言わない。ただ、ここの経費は一切落ちないようにシェーリィさんに伝えておく」

 俺の言葉にレクターはがくりと肩を落とす。

 そりゃそうだこんな場所の経費をずばずば落としていたら俺の信用問題になる。

「先に言われちまったか・・・きっぷの良さを見せる場所だぜ、隊長殿」

 ここまで好き勝手にされておごらせるなんて俺が許さない。

 なるべく威圧感のある微笑みでその顔に言い返してやる。

「きっぷのいい部下を持てて嬉しいよ、レクター」

 俺はそのままオリエルに顔を向けて、

「オリエル、今日はありがとう。ウチの問題児がお詫びにいくらでも楽しんでいっていいみたいだ」

「そいつはいいねぇぃ。心置きなく楽しみませていただくねぃ」

 じゃらんとリューベルンをかき鳴らしたオリエルは、陽気な音楽を奏で出す。

「ぐっ・・・まあ、しゃーないか。おぅ、みんないくらでも飲んでいってくれ!」

 女性達の嬌声が上がり、破れかぶれ気味にレクターはそう言うとグッとグラスを空にした。

 うん、まあこれでやり返しはとりあえずいいか。

 お腹減ったし。


 ◆◆


 レクター・レザニエス陸軍特務中尉。

 レザニエス男爵家嫡子。ラライラ学院祝福課卒業。その後、陸軍士官採用試験に合格。

 遍歴。陸軍特務隊中尉就任。

 人柄と能力。命令不履行、任務態度の不真面目さ、個人的問題で隊の不和を引き起こすなど問題点が多々見えるが、柔軟性、情報処理、情報収集の点で抜きんでた才能を見せる。

 祝福。戦闘能力に特化した祝福者。詳細は機密。

 特にレクターは、ラライラ学院を卒業とあるが、実際に学院に通学したのは一年だけ。飛び級システムがあるラライラ学院では、非常に難関な試験を受けて合格すると三年生のインターンだけで学校を卒業することができる。祝福課である場合、試験は実技が中心で、筆記試験は他の課よりも優しいとはいえ、膨大な範囲の知識が必要のため普通は合格できない。

 彼の情報のほとんどが軍にいたときの反省文や始末書といった類いのもので、成人するまでの来歴はほぼなかった。

 唯一彼を辿る方法は、レザニエス男爵家ということ。貴族名鑑にも載っており王国直轄領で古くからある家系だが目立った噂は聞かない。当主も地味な宮廷の中級文官。

 

 情報としてはこれがぐらいしかない。そのどれもが彼の家系を平凡なもの、とるにたらない、いち男爵家。

 しかし気になるのは彼の身のこなしだ。襲撃してきたときあれは完全に―――暗殺者の動きだった。暗殺者、特殊工作員、間諜、なんでもいいがアレは軍隊の動きではなく特殊な訓練を受けているに違いない。わざわざ姿を見せずに背後から襲えば、俺の護衛をしていたオリエルと俺は危なかったかもしれない。

―――ここいらは俺の庭だ、か。

 警備隊から逃げるとき、レクターが漏らした言葉が気になる。あそこは闇夜の帳(スディ・ギュラ)の縄張りで暗殺者組織だと噂されている。彼がその人間ならばあの身のこなしも、あの場にいたこともうなずける。

 ならば、彼は軍部に入り込んだ犯罪組織の間諜ということに―――。

 ああ、なるほどそういうことか。逆か。

 実にこの王都と国は面白い。それならすべての辻褄があう。

 カール公が何故彼を俺の下につけたのか、そしてなぜ彼があのようなふざけた示威行為をしたのか。

「オリエル、あのレクターのことどう思う?」

 俺は学園まで送ってくれている隣のオリエルにそう聞いた。高級娼館で豪遊できたのでオリエルも機嫌を直している。

 ポロンポロンと月明かりの下でリューベルンを奏でていたオリエルが上を見上げつつほろりと言う。川の風が冷たい。

「そうだねぃ。アレは癖が強いねぃ。何か腹にため込んだものがありそうだが、ご主人なら上手くやっていけるんでないかぃ?」

 ちょっと驚く。アレと上手くやっていけるなんて頭にもなかった。

 肩をすくめつつ、

「無理だよ。レクターも、この国だって一筋縄ではいかなさそうだ」

「よく言うねぃ。俺っちを引き込んだご主人がその縄の尻尾をつかんでないはずがないねぃ」

「・・・なんでわかった?」

 オリエルの顔をのぞき込むと、彼は面白そうに笑っていた。

「そりゃ、ご主人が悪い顔で笑ったからさ」

 そうか。そんな悪い顔をしていたか。

 思ったことが表情にでないように注意しているんだけど最近はあまり気にしてなかったな。

「で、何が分かったのかねぃ?」

「んー。推測だけど、たぶんこの国は貧困街の犯罪組織とべったりくっついているよ。んで、あのレクターのレザニエス男爵家は暗殺組織『闇夜の帳(スディ・ギュラ)』の頭目だ。そのことをわざわざ俺に気づかせて、あのレクターは自分を使えってさ。面白いなぁ、レクターもこの国も」

 面白い。俺はレクターを信用しそうになる。

 やり方は強引だが、きっと自分から身分を言うことはできないから気付ってことか。ご丁寧に祝福を見せてまで自分の素性を俺に知らせたのだ。なかなかいい部下なのかもしれない。付け加えるなら、それに気づかない者は俺の上司である資格はない、と。うーんやっぱし問題児かな。まず従軍することに向いてないぞ。

 オリエルは俺の様子を見ながら、

「世の中には悪い大人が一杯だねぃ」

 のんびりとリューベルンを奏でて言った。

 悪い大人はいっぱいだ。でも、悪い大人もいないと世の中は回らない。清濁併せて飲み込んで、俺がどうするかだ。

「ま、一杯いる悪い大人と上手くやってける方法を考えるよ」

 俺は軽口を叩いてオリエルと道を歩いて行く。

 月は綺麗に浮かんで、星空が瞬いている。

 夜の帳が王都を包んでいた。

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