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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
九章 堕天の王都(上)
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シルベスター校長との優しい密約

 午前の授業が終わってすぐに俺はシルベスター校長先生の部屋へと向かった。

 不安そうなエリカが教室を出るときまでついてきて、校長先生から何を言われても私が決めたことですのでゼンは気にしないでくださいと念を押される。

結局、何が原因かを彼女の口から聞けなかったが行けばわかるだろう。ここまで念を押されるということは校長先生から何らかの言葉がでるということだ。

 俺は近付く春の陽気が零れる廊下を歩きながらのんびりと向かう。正午の日は高く、斜光に照らされ廊下に伸びる影も短い。その縁をなぞるように歩きながら窓ガラスを静かに叩く風の音が心地よかった。外は風があってまだ毛皮はあったほうがいいけど室内では分厚い冬ローブだけで事足りる。

 学園に入学してからずいぶんたったように感じるがまだ半年も経っていない。ここでの生活は濃密すぎて消化できていない感じがする。それを思い返すとリーンフェルト領は時間が止まったようだ。

 記憶がある限りでいえば、俺は同年代よりも二倍以上の経験がある。

 人の二倍以上。人生経験が豊富という話しではない。明らかに異常なこと。

 それでも俺はまだ何も知らない。

 仲違いをした友達とどう話していけばいいのか、なんて未だに経験がないのだ。

 確かに、ロラスにかける言葉は何通りも思いつく。今日の朝にあった嬉しいことを話せば彼の心理をくみ取り、もっとも適切な言葉を言える。

 でも不意に思い浮かぶのは、それが俺の言葉かどうか(・・・・・・・・)だ。

 きっと彼と会ったとき、本当の俺はただの沈黙になってしまうかもしれない。けれど同時に俺の頭には彼の表情や学園生活で観察した彼の癖から、彼の心理を読み取って、言葉を選んでしまう。

 心理操作や本の知識、訓練によって身につけた技術で上手くやり過ごす。

 それが本当に彼と話したことになるのだろうか?

 簡単に言ってしまえば、俺は真正面から友人とぶつかったことがない。

 俺はその機会をすべて経験したことがない。

 人の二倍の経験をしても友人と真正面から話したことさえない俺。いくら軍や貴族達の中で上手くやり過ごす方法が思いついてもそんな大事なことさえしたことない俺だ。

 そしてこれから話す人はこの国の魔法使いの頂点に立ってこの国の未来を担う者を育てる責任者。貴族を問わず友人の多い知識人。

 そんな人がエリカのことをただ放置していたなんてことがあるわけないじゃないか。

 孫娘のエリカの為に当主から隠居して学園で研究と学園運営。学園もエリカのためなのかもしれない。

 それだけエリカのことを考えている人が、動けない状況だから放置ってのはまず、ありえない。

 考え込むと俺は自分の愚かさに頭が痛くなる。足が重くなって、廊下が地の果てまで続いてほしいと思った。

 それでも歩けばたどり着く。どんなに遠い場所でも目指して一歩ずつあるけばたどり着いてしまうんだ。

 重くのしかかるような圧迫感の扉までくると俺は一つ息をつく。

 いつも通りノックをして、部屋に招かれると慌てて出てきたシルベスター校長先生に手を握られた。

「ゼン君。本当にありがとう。これは校長ではなくシルベスター家の隠居としての言葉じゃ」

 朗らかな微笑みを絶やさない校長が真剣な瞳で俺を見ていた。微笑みのせいであまり分からないが、校長が本当は背が高く、腰も背筋も曲がっていないがっしりとした体で鍛えていることが見て取れる。魔物の巣窟と呼ばれる黒い霧の森を調査するだけの実力、あるいは大賢者としての貫禄。射貫かれるような真摯な眼差しでそれが露わになっていた。

 校長先生との前回の会話を思い出しながら俺が聞きたいことは何かを考える。

 この人がなぜエリカのことを放っておいたのか。

 どうして彼は何もしなかったのか。

 それをはっきりとさせたかった。

「いえ、俺は自分ができることをやるだけやったに過ぎません。ただ、一つ聞かせてください」

 俺はじっと校長の目を見て、間を置く。

 俺の手を離した校長は、静かに見つめ返して頷いた

「エリカを助けなかったのはワザとなんですか?」

 その言葉に彼は小さくうめくように息を飲んだ。

「どうしてそう思うのじゃ?」

「入院中に考えたんですが、シルベスター校長は彼女を守るために、あえて何もしなかったんじゃないかと思ったんです」

「・・・・・・それは結果論に過ぎぬ。ワシはエリカのことを知って放っておいたことには変わらぬのじゃ」

「そうかもしれません。ですがもし、校長先生が手を出していたら・・・・・・」

 これはもしもの話しだ。

 エリカのことを気にかけて、シルベスター校長がすべて解決あるいは彼女をどこかに保護したとしていたら、彼女は本当に助かったのだろうか?

 彼女の居場所はあったのだろうか?

 結果論に過ぎないかもしれないけど、校長先生は俺に、いやあの教室のメンバーに賭けていたんじゃないか。

 そんな風に俺は感じている。

 俺が黙って彼の言葉を待っていると、シルベスター校長は静かに息をつき、ソファに俺を招いた。

「ヴェラーのことは予想外じゃったが・・・君の言うように今回のことは賭けでもあった。ワシにはエリカを守れても、本当の意味であの子を守ることはできぬ」

「それなら・・・・・・私もあのときの言葉を取り消させてください。何も知らずに勝手言ってしまって」

 校長は首を横に振って否定する。

「いや、謝らずともよいのじゃ。それは真にエリカのことを思ってくれておったという証拠。ワシも大賢者ともてはやされおるが本当はただの老いぼれじゃ。何かを守る、自分の孫でも守ることは実に難しい。人は一人で生きているわけじゃないからのう」

 校長はすこし自虐的に力なく笑った。

―――守ることは難しい。

 たとえ、自分が最適の手段をとっていたと思っていてもその人達を守ることは難しい。人は一人で生きていないし、生きるという考え方もそれぞれ違う。彼らにも守ろうとしているものがある、名誉だったり、開拓した土地だったりと。それらすべてをまとめて守ろうなんて人の身には過ぎた夢だ。俺が守ろうとしているリーンフェルトだってそうだ。

 むしろ、守ろうだなんてことがおこがましいのかもしれない。それはただの俺のエゴ、ただの自己満足。

 俺はシルベスター校長の目をみて頷き、なんだか愚痴のように素直に口から言葉が漏れた。

「はい。私にもよくわかります。とても難しいものだって。だから、私は校長がとった行動がすごいって思います。守るために、守らない。それはとても辛い選択だったんじゃなかいって」

 俺もシルベスター校長と同じように力なく笑うと、彼は俺の言葉に目を見開いて驚いていた。

「ゼン君、前々から大人びていると思っていたのじゃが・・・・・・その考えはいったどこからくるのじゃ? とても生徒とは思えぬ」

 ちょっと思ったことを言い過ぎたかな・・・。

 苦笑しながら俺はお茶を濁す。

「私にも守りたいと思うものがありますから。それをずっと考えているので、もしかしたら生き急いでいるのかもしれません。知り合いには可愛くないと言われますが」

 守るというはおこがましい。だから俺は守りたい、という言葉を使って彼にそう返していた。

「ふむ・・・。たしかに、領地を守るのが貴族の勤めじゃな。ワシらのように領地ではなく家名を守る法衣貴族とはまた悩みも違っておるかもしれぬ。ならば、こういうのはゼン君に重荷を背負わすようで申し訳ないのじゃが・・・」

 と間を置いて、校長はこちらを伺うような目で見つめてくる。

 あ、たぶんこれはエリカのことだな。

 交渉のテクニックを使わずにストレートに言ってくる分、何を言われるか分かったものではない。校長も結構、追い込まれているようだ。

 ちょっと姿勢を正しつつ促す。

「私にできることであれば」

「すまぬの。エリカのことじゃ。前回の一件があってからエリカが『職人課』から『武官課』に転課したいと言っておっての」

「え?」

 思わず驚きの声が上がってしまった。

 エリカが武官課・・・。あまりにも似合わなくてなんと言っていいかわからなくなる。

 彼女は作家の才能を認められて『職人課』だ。職人課は、芸術大国であるルーン王国らしく戯曲の脚本や小説などの専門分野がある。すでに童話作家として成功している彼女はほとんど自由に創作活動を許され、たまに専門分野外の授業を受けたりしていた。

 それが従軍を約束された『武官課』へと行くのは考えにくい。

 というか、彼女は剣を握れたっけ?

 はぁ、とため息をつく校長先生。

「ワシも止めておるのじゃが、頑として聞かなくての。あれだけ頑ななエリカはみたこともない。嬉しいやら困ったやらで悩んでおるのじゃ」

 それは・・・シルベスター校長からすると困ったことだ。

 たぶん、彼はエリカがしたい自己主張して言ったことは嬉しいが、それが軍属になるというのに困っている。それはそうだ。大事な孫娘が軍に入って戦にいくのを喜ぶ親がどこにいる。

 あ、これってエリザベスに悩むカール公と同じ気がする・・・。

 エリザベスの場合は戦闘に特化した祝福だから大丈夫としても、エリカの場合は―――。

 ん? エリカの権能は他人の夢を介して彼女の夢の住人『夢影(オスロ・スキリア)』を送れる。トンパーのような住人にもかなり種類がいて伝令や斥候、あの城壁の番人ライオロスがいるとなれば―――めちゃくちゃ強いのではないか?

 範囲も自分の魔法圏内に夢を見ている人がいればそこからさらに広がり、夜警にうってつけ。

 少しどころかかなり戦力になる。トリッキーだけど。

「その顔は気がついておるの。エリカは戦力になるのじゃ。」

 俺が真剣に彼女の使いどころを考えていると、校長先生が苦笑していた。

「すみません・・・」

「いや、いいのじゃよ。あの子の生い立ちもある。それ故に静かな場所で、と思っておったがゼン君の影響を受けたのかもしれぬ」

 なんだか俺がエリカを誑かしたような言い方だ・・・。

 シルベスター校長はかなり追い込まれて、あまりこちらを気遣う言葉が選べないようだ。まあ、ヴェラ―先生のことやエリカのこと、学園のことで彼も一杯いっぱいなのかもしれない。

 気にしないようにしよう。それよりもこのままだと話しが進まない。

 俺は話しを本筋に戻すため聞く。

「で、校長は私にどうしてほしいのですか?」

「そうじゃったな。もし、このままエリカが試験に合格して『武官課』に行くとしたらあの子をゼン君に任せたくてな。カール君にも話を通して、君と同じ部署に推薦しようかと思っておる」

 なるほど。

 あくまでも彼女の意見を尊重しつつ、なるべく危険がない場所へ、という訳か。特務部隊ならカール公直下で危険な、とは言い切れないが目の届く範囲における。

 そこがまあ妥協点なのかもしれない。校長先生が私情で生徒の転課希望を握りつぶすというのはあまりにも不公平だからな。それに『武官課』への転課は俺もすることだし。

 俺はそう納得して頷いた。

「わかりました。そういうことでしたら私も微力ながら協力します」

「助かる。代わりに、ワシもゼン君のこれからのことは協力しよう。うっかり禁忌に触れるような独り言を呟くかもしれぬから聞かなかったふりを頼むのじゃ」

 と、校長先生は悪戯っぽい微笑みでそういった。

 ふむ、これはかなり良いことを聞いた。

 ルーン王国の大賢者、ラライラ学園の知恵の番人でもあるシルベスター校長が味方になれば百人力だ。

 俺はニコリと爽やかな笑みを貼り付けて、

「なら、その独り言をたくさん聞かせてくださいね」

「お手柔らかに頼むぞ」

 シルベスター校長は苦笑しつつ頷いた。

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