第二次防衛線 決戦前日ナートス村
ナートス村に着いた時には日が落ちて、月が上がっていた。
月夜で街道が見えていたのが幸いだった。夜は馬を走らせるのは少々難しく神経をつかう。馬は既に疲れきっていた。
俺達出陣組は体の疲れはないものの精神的に少し疲れていた。
ナートス村ではトルエスさんや村の人たちが出迎えてくれた。
避難した人たちは茣蓙の上に休むのに俺だけが屋根のある場所は心苦しいと最初は辞退したが、村長以下全員が強く勧めるのでありがたく宿というか村長の家にお邪魔する。
トルエスさんはグラックの情報を斥候部隊から聞いており、群れではなく軍隊ということを把握していた。
彼はリーンフェルトに赴任する前に周囲の魔物を調べており、グラックパリオンについても文献から存在を知っている。特にグラックパリオンは攻撃的で積極的に人を襲い、火属性の魔法を使えるようだ。食料というよりも人里を襲うのが目的なのかもしれない。
道中の仕掛けのことや作戦を継続することを少し話しあい今日の任務は終了。
村長の家から出て、炊き出しをしている場所まで足を運ぶ。
村人からは比較的好意的に思われているのか色々な人に話しかれられた。
しかし、村を焼いたということが俺の心に凝りのように溜まっているからか、純粋に笑顔を向けられない。
考えていた以上に堪えていた。
だからかもしれないが、近くにアルガスがいたので彼の方へと行く。
彼はたき火に当たりながら盾を磨いていた。木製の鉄で補強された大楯は少しかがんだけで俺一人が入りそうなほどの大きさだ。成人したばかりのアルガスには少々大きすぎるような気がした。
彼はこちらに気づくと、磨いていた手を止めて不思議そうにしている。
「ゼン様、顔色が優れませんが大丈夫ですか?」
酷い顔をしていたのだろうか?
アルガスはらこちらを窺ってそう言った。
「そんな顔してるかな?」
アルガスは比較的気易く話せるので思わず不安な感情がでてしまったかもしれない。
今この場で不安な顔をするのがあまりよくないとわかっている。
俺のその表情を見て、アルガスはいつもよりも優しく話し出した。それは自信をなくした主を慰める家臣のように。
常に戦いと死が間近にあるこの世界では15歳でも禅の世界での成人と同じぐらいの年をしているのかもしれない。
「はい。今日の村のことですか?」
「・・・そうだね。初めての実戦だったからかな」
「私には難しいことはわかりません。ですが、ゼン様は間違ってはおりません。そしてこの場にいる誰もがそう信じております」
アルガスはその瞳に意思を灯して俺を見てそう言い切っている。
俺は不思議だった。
なぜ彼らはここまで俺の指示に従ってくれる?
村を焼く、2500のグラック軍に立ち向かえと、その住む場所も命も差し出せと言っている俺を彼らは温かく迎え入れている。こらから冬が始まる前に村がなくなると言うことは、過酷な生活がわかっているのにもかかわらず、俺に文句の一つもなく、笑顔で配給の食事を持ってきてくれる。あまつさえ貴重な肉や寝床も差し出して。
領主というのがそこまで信じられるものなのだろうか?
「どうして?村を焼いた。苦労して築き上げてきた村を焼く領主を何で信じられる?」
「お気づきになられませんか?ここの村も、私たちのトックハイ村の誰もがゼン様を責めたりはしなかったでしょう。簡単な話ですよ。ゼン様は私たちのために立ち上がってくださった。それだけで信じるに値します」
「それは・・・失敗するかもしれない、それでもか?」
「はい。失敗とか成功とか関係がありません。私たち領民は、村のものたちは皆生きることに必死です。少しでもその生きることに光をあててくださる方がいれば、私たちは信じます。これでも私たちは鼻がきくんです。欲や見栄で言葉だけを言うかどうかなんて、生きるのに必死な私たちにはすぐわかりますよ。だからご存分になさってください」
俺はアルガスの言葉に苦笑してしまう。
禅よりも年下のアルガスは精悍なただの少年。
それが命をかけて戦いに望むこんなときに落ち着き、達観したようにそう言い切るその姿に俺は苦笑してしまった。
情けないな、村のためとはいっても俺の指示で命をかけてくれるのに俺はまだ不安がっているのかと。
「ありがとうアルガス。心が軽くなったよ」
「それはよかったです」
彼は短くそう言うと、盾を磨き始めた。
俺はその姿を目に焼き付けて、その場を後にする。
守り切るなんて大きいことは言えない。ただ彼らが信じてくれたことをやりきろうと思って。
次の日も晴れ渡った。
朝の早いうちに出陣組と以外のトルエスさんたちは避難民を連れてトックハイ村へといくのを見送ってグラック軍を待つ。
ナートス村には近くに村周辺を見渡せる丘があるのでゼルと数人を監視に向かわせた。
昼が過ぎた辺りでゼル達がグラック軍を目視したと俺に知らせに来た。
後はエポック村と同じ方法だ。
弓でギリギリまで敵を引きつけて、村まで退却。西門を閉じて、東門から丘まで全騎でその様子を監視する。
「敵は動きをかえましたな」
ゼルが馬上からグラック軍を見ながら顔を顰めてそういった。
前回のエポック村ではグラックは村になだれ込むように入って略奪をしていたが、今目の前に広がるのは千に近いグラックが村の周囲を取り囲んでいる光景だった。
グラック達は村を取り囲み、まず西門を突破すると数十匹だけが村に侵入した。
その侵入部隊は村を走り回り、村の広場に固めた食料を見つけるとそれを持って村の外へと逃げ出した。
火を警戒しているのだ。
知能が低いグラックが火を警戒して、少人数で村の食料を外に運び出す。やはり知能の高いグラックパリオンが指示を出しているに違いない。グラック軍は軍を武器を持たない素手前衛部隊と少し体格の大きい武器を持った後衛部隊の二手に分かれている。
前衛部隊は壁だ。主力を後衛にもってきて戦力を温存しているに違いない。
後衛部隊の奥に飛び抜けて大きなグラックがいた。
灰色のグラックとは違い、赤黒い皮膚に人間の鉄鎧を纏っている。その手には大剣が握られている。常人ならその剣の重量に振り回されて、扱いきれないほどの大きさ。
敵の将であることは一目瞭然だった。
「火を警戒しているな。おそらく、待っていても食料が奪われるだけだ。ゼル、火矢を頼む」
俺のその一言でゼルが動く。
弓を掲げて、5本の火矢を放った。
ゼルの権能を使っているため火矢は狙い通り、準備していた菜種油にぬれた家屋と藁に火をつけると村が炎上する。
火は瞬く間に広がって村のすべてを焼いた。
グラック達は燃える村の周りで金切り声を上げて猛っている。
すでに丸一日食べていないはずだ。
目の前の食料が燃えて、怒る。その怒りは、最初に食料を持って村から抜け出したもの達に向けられる。
哀れにも食料を持っていたグラックは他のグラック達に襲われる。持っている食料だけではなく本人自体も噛まれ、引き裂かれ、喰われていく。
共食い。
共食いを行う動物は禅の世界では数多くいる。だが、人間の形をして共食いするのは本能的に恐怖を覚える。
群がるグラックはピラニアのように。
その恐怖を振り張らないながら、俺はトックハイ村に馬を進める。
決戦の場所。
その場所では命をかけなければならない。
領民達が、俺の家族である母上とエンリエッタが先ほどみた光景のようにならないために、俺は戦わなければならない。
恐怖よりも今はその光景に焦りを抱きつつ、グラック軍を迎え撃つために走った。




