幕間 紫色の夢
―――私は紫色の夢を見る。
空が紫色。でも、これまでみたいな怖い夢じゃない。
そこには森が広がっていた。その森を抜けるように大きな街道とその側には小川。森と道の先には豪華で可愛い宮殿の屋根が見える。
森の木や草、茸でさえも現実とは全く違う。色とりどりで、色々な楽器の草や木が生えて、茸は可愛らしくソファになっている。
「やっと俺様たちを見てくれたか」
私の足下にはクマのぬいぐるみ。
まだ魔法なんて言葉も知らない。自分の力なんて何もないと思っていたときの友達。
クマのトンパー。
「うん。私はアナタ達にお願いしたいの」
そう言うと、ガサガサと色々な者たちがやってくる。ブリキのおもちゃの歩兵隊、木の騎馬とブリキの騎士、ネズミの詩人、ふさふさもこもこしたウサギのコック、タキシードを着たネコの執事、カメの郵便屋さん、ライオンの大臣、たくさんの兵隊をつれた空飛ぶ卵の女王様、遠くの方から雄叫びをあげて喜んでいるゴーレムの門番、そして―――とんがり麦わらの案山子。
皆、私が小さかった頃の友達。ずっとお話相手になってくれた大事な友達。
その大事な友達を私はずっと見て見ぬふりをしてきた。
耳を手で塞ぎ、目を固く閉じてずっと酷いことをしてきた。
でも…私は彼らにお願いしたい。
こんなときにお願いなんて…都合がいいけど、どうしてもお願いしたいの。
「何をだ? 言ってみな。みんなエリカの言葉を待ってるんだ」
そういってトンパーが腕を組む。
難しい顔をして、私を見ている。
巨大な影が伸びて、ライオロスもこちらを見下ろしていた。
私は勇気を出して、頭をさげ、大きな声を上げる。
この世界に聞いて欲しいと、そう願って。
「お願いします! 私に力貸してください! ゼンを…みんなを守る力を貸してください!」
私は頭を下げ続けた。
沈黙。それが怖い。皆黙って私を見ている。
「ああ、それが聞きたかったんだぜ。俺様達」
ポンとトンパーが私の肩に手を乗せた。
嬉しくて…こんな私を許してくれる友達が嬉しくて私は泣いてしまう。
「ごめ…んなさい…ずっと無視して…」
「ああ、酷いよな。ずっと俺様達は言ってたんだ。エリカが犯人なんかじゃねぇって。俺達はエリカが守りたいと思った…誘拐されちまった奴らを守ろうとしたんだ」
「うん…」
「でもよ、やっぱり俺様達が勝手に出られねぇ。なんとかこの脳なしの案山子ぐらいしか出せなかったんだよ」
そういってトンパーが腕を指すと案山子のカリッキーがピョンピョンと跳ねた。
「あの子達…助からなかったんだってな…」
「うん…ごめんなさい…私がもっと早く…」
「そうだな。もうアイツらは戻ってこない」
「ごめんなさい…」
「ああ、祈ってろ。もうこんなことが起きないように必死になって祈ろう。そして俺様達を使え、エリカ」
皆がトンパーの声でうなずき合って、声を上げている。
自分たちを使ってくれって、皆優しく私を励ましてくれる。
「うん…」
私は頷く。頷くことしかできなかった。
―――グオオオオオオオオオオオン!!
ライオロスが泣き声のような雄叫びを上げた。
その雄叫びはあの子達の魂の行方を嘆き悲しむように…。
哀しい音楽を草や木が奏で出す。
だけどそんな中、空をふわふわと金の椅子に座って飛んでいる女王が声を上げる。
「オーホホホホホホ! まぁ過ぎてしまったことはしょうがないワね! せっかくなんだしこんな辛気くさい曲は止めて頂戴。私は愉しい音楽がいいの!」
卵の女王モルシスがそう言って、紫水晶の杖で草木の曲を陽気な音楽に変えてしまった。
陽気な曲が流れて、女王様の兵士達が歌い踊った。
「で、でも…」
「まぁーよーく言えるわね、この小娘。妾たちを受け入れるのはオトコのため。そんな汚れた心で哀しもうだなんて、虫が良すぎるわ! 妾は恋が好きなの。せっかくなんだしパッと華やかに生きましょう!」
モルシスは一番言うことを聞いてくれない。
それに私の本音をずばりと言ってしまう…。モルシスなんて私の神様の名前を付けたけど…こんな性格になるなんて…。
「ま、エリカ許してやれ。モルシス女王様も気を使ってくれてんだぜ…たぶん」
「う、うん」
「あ、それとなエリカ」
「何? トンパー」
私が聞くとトンパーは真面目な顔をして言う。
「ちょっとそのオトコってのを紹介してくれねぇか?」
「え?」
「ここの奴らを代表して俺が礼を言わなきゃならねぇ。きっちとな。挨拶は俺様の務めだ」
「え? いいけど…変なこと言わないでね」
「ああ、もちろんだぜっ! ビシッと挨拶してやる!」
私は首を傾げてしまう。
何だかトンパーは見たこともないような顔をしていたんだ。
私は騒ぎ出す友達を他所に、被害に遭った人達のことを考えた。
こんなことはもう二度と経験したくない。
ただ眠って、夢も見ずに大事な人達が傷ついて、私だけが何も知らずに助けられるなんて二度と嫌だ。
私の罪はどうやったら償えるのだろう?
私がもっと自分の力に向き合っていたら…あの子達を助けられたかもしれない。
だからこれは私の罪。自分が逃げて何もしなかった弱い私の罪。
償うには…私は救わなければならない。
ゼンが私にしてくれたように、誰かを救い続けなければならない。
私は強くならないと…いけないんだ。
もう私はこの罪から逃げない。
この紫色の夢と髪の色は償うためにあるんだから。
―――そうして私の紫色の夢が終わる。