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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
八章 紫色の魔女の夢
201/218

勝利の勲章

 柔らかい。

 何か柔らかいものが俺の手を握ってくれている。

 目を開けると眩しかった。窓ガラスから太陽の光が俺の顔を襲う。

「あ…」

 小さな声。

 横を向けばエリカが泣き腫らしたような顔で俺を見ていた。

 部屋はどこかの病院だろうか?

 病院は来たことがないのでよくわからないが、部屋のものは大体白だ。

 だから病院なんだと思う。

 俺が起き上がろうとしたらじくりと、胸の辺りに鈍い痛みが走る。

「ダメです! まだ治っていないんですから!」

 慌てたエリカが俺の体を支えてベッドに寝かせてくれる。

「あー、ありがとう。状況を教えてくれる? 病院だよね、ここ。あれからどうなった?」

 まず第一に状況だ。

 オリエルが勝手に俺を寝かせたからまったく状況が掴めない。

 あれからヴェラー先生の化物はどうなった?

「ゼンは二日間ずっと寝ていました。ここは王立病院。陛下のご手配でゼンの怪我はほとんど治ってますけどしばらくは安静にしてください。犯人は…」

 エリカが言いにくそうに言いよどむ。

「犯人は、殺されていました。あの朝にマキシラル川に死体が…。それとこのことは箝口令が敷かれています」

「ジャン達が殺したのか?」

「いえ…警備隊の人が追いかけると突然消えたそうです」

「なるほど」

 俺はベッドに体を埋めて考える。

 ヴェラー先生はもともと祝福を授かっていない。だから俺は彼を容疑者の中から外していた。娼館で特殊な性癖だったことは掴んで、あの日も警備隊に監視させた。だが、ヴェラー先生は学園をちゃんと出たと報告を受けている。

 それにあの突然変異、魔族化?、かはわからないがあの化物はなんだ?

 あの首にぶら下げていた容器を噛んで変異していた。ならアレが今回の鍵か?

 あと箝口令か…。なるほど。陛下は今回の件を利用するつもりか。

 ヴェラー先生は尚書大臣の五男。尚書大臣は王宮の中でも中立の派閥の多くを占めている。あの陛下のことだから今回の一件を使って中立派を支配するつもりだろう。

 つまり、笛吹き男の誘拐事件は有耶無耶になった。適当な死刑囚を取り立てて、有罪にし処刑するつもりだ。

 内部のことはどうでもいい。陛下が調整する管轄だ。

 あの容器。アレを特定しないと大変なことになる。あれが大量に出回ったとしたら…。それに川に死体で発見されたのは口封じか?

 死体を見てみないと何もわからない。犯罪者の死体安置は調べが終わるまでの義務だが、おそらく犯罪者にも登録されていないかもしれない。

 グルグルと俺の中で思考が回る。

「ゼン! ゼン!」

 俺はしきりに呼ぶエリカに気がついた。

「あ、ごめん」

「もう…」

 珍しくエリカが怒って―――。

 え?

「もう…もぅ…こんな無茶はしないでください…」

 俺はエリカに抱きしめられていた。俺の服にすがりつくように震える声で泣いている。

「うん。ごめん」

 俺は毒気を抜かれて放心したように呟いてしまった。

 ポンポンと何となくエリカの髪を撫でる。

「本当に…心配したんですから…」

「うん、ごめん」

「ずっと…ずっと…怖かったんです…」

「ごめん」

「ゼンが死んじゃったらって…」

「ごめん」

 ぐすり、と鼻を啜ってエリカが顔を上げる。

「本当にわかってますか?」

「えー、はい」

 いや、実はわかっているけど反省はしていなかった。

 これぐらいしないと、彼女の居場所なんて作れないからだ。

「その顔はわかっていません」

 ぬ。

 そんな顔してたかな?

 眉を寄せてエリカが睨んでくる。

 睨みながら少し申し訳なさそうな、哀しそうな表情をする。

「次は私も…協力します」

「え? 協力? うわっ!」

 思わず声が出てしまった。何だかよくわからないが、変なぬいぐるみのような物が俺の毛布の上に飛び乗ってきた。重さは感じない。

「おい! このチャラ男! てめぇー俺様のエリカを泣かしやがって!」

 白いクマのぬいぐるみ。大きさは俺の腕ぐらい?

 左目には黒い眼帯をして、柔からそうな丸い手を俺に向けて睨む。

「何これ?」

「何これだとこの野郎! 俺様はトンパーだ!」

「トンパー?」

 俺はガミガミと五月蠅いぬいぐるみを見ながら、トンパーなるものを見ながら聞いた。

「あ、こらトンパー。勝手に出てきてはダメです」

「ツレねぇこと言うなよぉ、エリカ。俺様はコイツに一言挨拶しなきゃならねぇんだよ」

「前に行っていたあれですか?」

 二人は会話している。と、急にクマのぬいぐるみが俺の顔を殴り掛かってきた。

 避ける。

「この野郎! 一発殴らせろ!」

「こら、トンパ-!」

 エリカが焦ってトンパーに批難の声を上げる。

「理由がわからないのに殴らせないよ」

「はんっ! てめぇの胸に手を当ててよく思い出してみろ!」

 いま胸に手を当てたら確実に痛いだろうなぁ。覚悟ができていない不意打ちは流石に痛い。

「わからないね」

「わからないだと? この野郎! てめぇーは社交会でエリカを見捨ててあのエリザベスってオンナの所に行きやがっただろうが!」

 その瞬間、むんずりとトンパーの顔が鷲づかみにされた。

 バタバタと藻掻くが口?を抑えられているので声はでないようだ。もごもごと何か叫んでいる。

「…トンパー………」

 エリカが顔を真っ赤にして、トンパーを宙づりにして握っていた。

 ばしん、とトンパーをベッドに殴りつけた。たちまちトンパーが消える。

 無言の時間が流れる。

「………忘れてください」

 そう言うなり、エリカは走って病室から出て行った。

 それを唖然としながら見送る。

………たぶん、あのトンパーというのはエリカの権能ではないだろうか?

 『夢影』はエリカの夢から出てくる、エリカの無意識の人格みたいなもの。

 つまり………エリカはあの晩のことを根に持っていたという………。

 止めよう。なんだか触れてはいけないものに触れてしまいそうだ。

 やはり権能というのは一長一短があるな。エリカの権能は強力だがアレはアレで苦労する。

 でも俺は少し嬉しくなった。

 彼女の『夢影』は彼女の人格の一部が魔力で形作られる。

 つまり彼女は、もしかして心を開いたのではないか?

 そんな気になった。

 彼女の居場所。彼女が心を開ける場所を見つけるために俺は怪我をした。

 これは怪我の功名だ。いや違うか。

 グルグルとギブスのよな物を添えられている胸。まだ呼吸をすると違和感がある。

 これは勝利の勲章。そう受け取っておこう。

 俺は嬉しくなって、毛布をかぶり直す。

 せっかくだ。この気分がいいうちにもう少し寝よう。

 魔女の夢、きっとそれは俺にとってもいい夢になる。

 そう思った。

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