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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
八章 紫色の魔女の夢
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白薔薇の姫騎士

「ク、アハハハハハハハハ! いいザマだ! いいザマだぜ、隊長(・・)!」

「ん~。ジャンっちは趣味が悪いねぃ」

 十数本の(ひょう)に吹き飛ばされて笛吹き男は吹き飛んでいた。

 そして、足音と声。

 鏢を宙に浮かせるるジャン副隊長(・・・)とリューベルンを持ったオリエルが近付いてくる。その手には松明の火。

 火の明かりにも気がつかなかったなんて。

「助けに来たよん。ご主人」

 のんびりとした何時ものオリエルの声がなんだか頼もしい。

「助かった」

「どういたしまして。まぁジャンっちがギリギリまで引っ張ってて助けが遅れたけどねぇぃ」

 オリエルが苦笑したような声で俺の側に寄ると手を握って助け起こしてくれた。

「カッ! 無能が粋ってるからだろ。無能が祝福持ちと戦うなんざ死にに行くもんだ」

「来てくれると思ってましたから、ジャン副隊長」

「………クソが。俺は()かかされた礼をしに来ただけだ。てめぇなんざ隊長だろうが何だろうが、殺されても俺の知ったことじゃねぇ」

 憎まれ口を叩きながら唾を吐くジャン副隊長。

「上官が殺されたら査定にまた響きますよ」

「知るか!」

「ゼン…大丈夫?」

 すぐ側にエリカを抱きかかえたエリザベスが駆け寄って、俺の体を触るように手を伸ばす。頬には濡れた跡がある。

「あーえっとたいしたことない。大丈夫、ありがとうエリー」

「う、うん…」

 妙に素直で怖いな。

「おーご主人は、モテモテだぁねぇぃ」

 ジャランとリューベルンを鳴らしてオリエルが囃す。

「てめぇら、前見ろ。あのクソ野郎は本気みたいだぜ」

 そう言ったジャン副隊長が鋭く声を上げた。こういった所は軍人だ。すぐに意識を切り替えている。

「よくも…よくもボクをコケにしてくれたナ…」

 壊れたような声。

 その仮面がはじけ飛んで、松明に照らされ素顔が見えていた。

 振り乱した金髪の髪、綺麗な顔立ちが狂気に歪んでいる。

「ヴェラー先生…」

 横でエリザベスが息を呑んでそう言った。

「うるせぇよ、三下」

 鋭い金切り音。鏢がヴェラー先生の体に突き刺さってまた吹き飛ばされる。

「てめぇにゃ、借りがあるんだよ。俺をよくも眠らせ(・・・)てくれたなぁ」

 また五本の鏢が突き刺さる。ビクンビクンとヴェラー先生は地面で痙攣したように四肢をばたつかせていた。

「あれ、いい笑いものだったぜぇ。たっぷりいま礼をしてやるから―――」

「ジャン副隊長。殺すな。俺達は警備隊(・・・・・・)だ。殺すことが仕事(・・)じゃない」

 きっと俺もさっきはジャン副隊長と同じ顔をしていたのかもしれない。

 闇夜の中に浮かび上がる喜悦の混じったジャン副隊長の笑み。彼の中の修羅が嗤っていた。

「ちっ。どうせ捕まったところで絞首刑か断頭台だ」

「それでもだ。喉は潰すな。話が出来る程度なら構わない」

「お。ならいいぜ。すり潰す。いまは切り刻めねぇのが残念だよ」

「俺っちの出番はないねぇぃ」

「………」

 荒事屋の二人は平気だが、エリザベスはその凄惨なチカラの暴力に顔を歪めていた。

 三度目の鏢がヴェラー先生に降り注ぎ、ジャン副隊長は鏢を回収する。彼の鏢は全て棒状だ。殺傷能力の高い鏢は置いてきてもらった。

 その僅かな間にヴェラー先生が立ち上がる。

 幽鬼のようにギラギラと目を光らせ、ボロボロになった服を引っかけて、手足は変な方向へ曲がっていた。

 違和感。あれは立っていない。膝立ちだ。両手両足が折れて膝立ちでしか立てないんだ。鏢の打撃でボコボコに腫れ曲がった腕を伸ばして懐の何かを掴む。

 首にぶら下げていた容器。小さな何かを口に含んでかみ砕く。

 変化は劇的だった。

 ヴェラー先生の体はドクンと脈打つと、潰れた両手足は見る見る内に再生していき―――。

 あれは再生ではない。変異だ。

「アアアアアアアアア!!」

 絶叫。苦痛にのたうち回っている。

 肉が膨れあがり、針金を直すように手足が戻る。

 そして、今度は人とは異なった形へと。

 薄く光る赤黒い線が体中に走り、バサリと奇妙な音が聞こえた。

 黒い羽。天使のような羽が背中から生えて、左腕だけが異様に肥大した化物へと変わる。体はそれに合わせるように直ぐさま1,3リル(2,34m)を超えた。

「おいおぃ…なんだアレはよ?」

「もしかしてアレが魔族ってやつかぃ?」

「ウソ…」

 俺は三人の声を聞きながらソレを見ていた。

「グギャアアアアアアアアアア!!」

 奇っ怪な鳥のような雄叫びを上げる。

 魔族。魔大陸に生息する知性をもった人外の生命体。その種族すべて魔法を使い、戦闘時には体の形状(・・)を変える。魔族の事が唯一かかれた本、『トリアルバンの冒険』にはそう書かれいていた。聖戦では一切の情報が統制され、魔族を目撃した人間は全てキルバン諸島に閉じ込められている。

 龍脈の変調、それはもしかして魔族の侵攻が―――。

 俺は思考というミスを犯した。すぐに動けばまだ変異の途中だったが、化物は笛を飲み込んだ(・・・・・)

 まずい。アレを飲み込むと言うことは、敵の意図として薬をまき散らす(・・・・・)

『ゼン、気をつけて。あらゆる睡眠薬の解毒薬を作ったけど、効果は一時的なんだ。様々な解毒薬を致死量にならないように調合しているから、薬の密度が濃いと解毒しきれない』

 サーマスが解毒薬を渡してくれたときにいった説明。

 持久戦はこっちに不利。

 だからここは―――。

「ジャン! オリエル! 隊列陣形! オリエルは薬を魔法で散らして、ジャンは相手の動きを封じ込めろ! 敵はこっちの想定よりも遙かに強いと思え! 油断するな!」

「「了解!」」

 週に何度も行った訓練。その成果が出た。

 きっちり呼吸を合わせて、オリエルがリューベルンを弾き、ジャンが弾幕を張る。

「エリザベス動ける?」

「えっ? う、うん」

「すまない力を貸してくれ。アレは俺も想定してなかった。このメンバーの最大戦力で行く。やり方は師匠にまぐれで一撃を入れたときのアレだ」

 エリザベスは嬉しそうに頷き、

「…は、はい!」

 エリザベスはレイピアを握って魔力を溜める。

 底には彼女本来の強い意思が灯った瞳。

 よし、士気は高い。

 ならば、普段通りの動きをするまで。

 俺は捨てていた剣を拾う。

「エリザベス、先に俺が行く。ギリギリまで動きを合わせて」

「わかった」

 無数の鏢が弾幕を張って化物を襲うが、巨大な羽を操って半分ははじき飛ばされ、喰らってもすぐさま再生している。ジャンの攻撃は動きを止めているが、あまり効いていない。続けていても魔力切れになればお終いだ。化物が叫び声を上げるたび、オリエルが辛そうにリューベルンを弾いている。

 援軍は…見込めない。エリカがもし犯人の時を考慮して、俺達以外を近づけさせないようにしていた。

 甘い。

 ジャンとオリエルがいれば大丈夫だ、なんてどれだけ見通しの甘い計画だ。ラインフォルト流が泣く。

 後悔は全て後。

「行くぞ! エリザベス!」

「はい!」

 俺達は一直線に駆けだした。

 前衛は俺とエリザベス、中衛はジャン、後衛支援としてオリエル。

 少しでも中衛と後衛が崩壊すれば、睡眠薬で動きを止められ未知の力を秘めた化物に攻撃されて俺達は死ぬ。

 そして、俺はエリザベスに重い役割を押しつけた。

 命を奪うこと、命を賭けさせること。

 ならば、その責任は取る!

 必ず彼女を生き残らせる。

 俺と彼女は並列して走り、化物の近くで俺が前と出る。

 オリエルのリューベルンがひときは激しく奏でられる。俺達の攻撃の直前、その一瞬に合わせて薬の散布を閉じ込めた。

 ジャンの鏢が勢いよく俺の頬を掠めて化物に肉迫する。羽、いや黒い翼が大きく広げられて鏢がはじけ飛んだ。

 それをかいくぐるように俺は飛び上がって、

 その巨大な左腕に食らいついた。

 化物の瞳が俺を捕らえて、豪速で腕が払われる。

「ガッッ!」

 溜め込んだ空気が絞り出されるような衝撃。剣を盾にして全力で衝撃を逃がすも空中では大地へと衝撃を逃す場所がない。腕のバネだけでは殺しきれなかった。剣が胸を強烈に圧迫する。

 腕の骨と肋骨が四本。その内の一本が内臓に刺さる。

 激痛。

 肺だ。俺はもう戦力として役に立たない。

 が、俺は笑っていた。

 化物は気がつかなかった。

 まだ共に修行をした仲間がいることを。

 化物の体が開くその瞬間を待っていた仲間がいる。



「天駆ける駿馬よ、風逆巻き貫け――」


 美しい声が聞こえる。黄金の髪を輝かせ、暴風を纏うレイピアを構えた美しい女騎士。

 彼女が纏うのは純潔の女神に使える空飛ぶ駿馬。

 ペガサスの異形神話。

 荒れる神統記の神話で命を尽くして女神を守った神獣。

 その雄叫びが唸りを上げて、螺旋を描き一点に集中する。

 剣候を傷つけた技。

 強い意思が導き出したその力。

 白薔薇の姫が、燐光を伴いその技の名を謳う。


「権能―――『嵐角(スィラ)旋槍(ケイラス)』」

 白薔薇の姫騎士が、嵐を解き放った。



 俺のすぐ側で巻き込まれそうなほどの風が荒れ狂った。

「グギャアアアアアアアアアア!」

 エリザベスの放った権能が、防御しようとした化物の右腕と右の翼もろとも貫いていた。腕と翼は吹き飛ばされ赤黒い血をまき散らしながら森の奥へと吹き飛ばされていく。

 俺は地面に落ちて、血を吐いた。

 折れた肋骨で肺に穴が空き、血がたまって息ができない。

 エリザベスも地面にへたり込んでいる。権能を発動させて魔力切れだ。

「舞え、魔飛鏢(フェイシュトール)!」

 すかさずジャンが追い打ちを掛ける。残った翼で自分を守るようによろよろと化物が後退していく。それを見ながらジャンが前進し、倒れている俺達を守るように立ちはだかる。

 ジャンは見たこともない程真面目な顔をしている。

 魔力を相当消耗しているはずだ。これなら本番の鏢を許可すれば良かった。

 間断なく降り注ぐ鏢に堪えきれず化物は森に走って逃げていった。

「お…おわなくて…いい…」

「いま追わなくてどうすんだよ!」

 ジャンがそう叫ぶ。

 だが、直ぐさま森の奥から雄叫びが上がり、暗闇に何かがヨロヨロと森の上空へ飛び上がっていく。

「マジかよ…飛べるのか…」

「音は覚えた。半径二キロなら俺っちの探索範囲だ」

 後ろからやって来たオリエルが悔しそうな顔で言う。

「オリ…エル…奴を追え。てをだすな…おうだけでいい…すぐに…」

「もう喋るな、てめぇ。後は俺達に任せろ」

「そうさねぇぃ。ご主人、その怪我だ。肺から変な音してる。ここはゆっくり寝るのが吉だねぇぃ」

 オリエルはリューベルンを鳴らし、ふわっと風が俺の顔にあ…た…。

 目が開けていられない。

 凄まじい眠気が…。

「なに…を……」

 そこで俺の意識がなくなった。

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