戦いの気配
馬が駆ける。
俺達、出陣班26名は無言で馬を走らせている。
ナートス村には無事に到着して、村を焼くことでひと悶着あったがなんとか説き伏せた。最終的にはリーンフェルト代理領主と代官トルエスの名のもとに復興を支援することを約束してまとめた。
その後トルエスさんは兵站と野戦病院の構築のため村に残してきた。
ナートス村は比較的混乱は少なかった。斥候部隊がうまく仕事をしてくれたおかげで村長が取りまとめて、老人や女性の避難を開始している。出陣班とは別途に運搬の手伝いや護衛をするナートス村の自衛団と貴重な馬を二頭使って食糧運搬用の馬車もトックハイ村を発っているころだろう。彼らが合流すれば、避難の速度は上がるはずだ。
そこまではいい。
問題はトスカ村から来た伝令だ。ちょうど俺達が来たときにトスカ村とエポック村の状況を伝える伝令がナートス村に到着した。彼らに状況を聞くとトスカ村の被害がかなり高い。避難できたのは285名いる村人の内82名。怪我人は42名で、戦いに出た男手はほぼ全滅。
彼らが言うには、襲撃は早朝だったらしく抵抗ができなうちに村に侵入されたようだ。
まるで奇襲。
知能が低いはずのグラックが村人に気付かれずにトスカ村周辺を早朝に襲うなど偶然に過ぎないのか?
俺の中でグラックの群れを軍団と捉えた方がいいのかもしれない。
指揮系統が存在する軍団なら早朝の奇襲も納得できる。
俺は警戒レベルを一段階あげることを決めた。
そのことをゼルに伝えると、彼も同じようなことを考えていたらしい。
ドルグにも確認をとると、一つの可能性としてグラックパリオンというグラックの上位固体が存在するという。
グラックパリオンはグラックの群れを統率する。
非常に稀だが、その個体は知能が高く、厄介なことに祝福を持っている。
祝福は人間だけが授かるものではない。
ある程度の知能をもった種族ならそれぞれの神が存在し、それ相応の力を与えられる。
グラックパリオンはグラック種の中の祝福持ち。
その発生率は数十年に一回の大規模増殖時でも稀だ。それこそ数百年に一匹。
そのときの群れは、統率しているが故に強い。
唯一の希望はグラックという種が弱いためにグラックパリオンも人間の祝福持ちよりかは弱いらしい。
ゼルと一対一なら、ゼルが勝てる可能性が高いが、ゼル以外の人間だと20人以上が必要となる。
グラックの群れだけでも分が悪いのに、グラックパリオンという個体が加わることに更に戦力差が開いてしまった。
戦いではゼルを温存しておく必要がある。
何故俺に祝福がないっ!
この状況で祝福持ちが20名も居れば、打開あるいは殲滅できたというのに。
いや、そこまで欲は言わない。あと3人でもいれば何とかしよう。
焦るな。
それは可能性の一つだ。
ただこの可能性を認識して、それが事実と分かった時の対処を考えているだけでいい。
感情はすべて戦いが終わった後だ。今は冷静に状況を認識し、あらゆる可能性に対処できるようになれば問題ない。
体の力は抜き、思考を巡らせる。
戦いは嫌でも目の前にある。
自分にそう言い聞かせて、俺は馬を駆る。
秋晴れの中、出陣班はエポック村とナートス村の中間地点。このままいけば、正午にはエポック村に到着する。
その場所が俺たちの最初の戦地。俺にとっては初めての実戦。
エポック村には予定通り正午についた。正午と言っても太陽が真上にあるので正午としているだけだが。
村に来る途中、トスカ村とエポック村の避難民と会った。
トスカ村の人々は悲惨だった。
誰もが傷を負っている。怪我がひどいものは持ってきた魔法薬の半分を渡して、なんとか歩けるようになった者はいるが重傷者は人の助けを借りて、なんとか歩いている状態。おそらく避難の途中で助からない者もいるだろう。
俺はほぞを噛む。
この光景をもう見たくない。
しかし、人数からエポック村の村長とエポック村の自衛団30名がいなかった。
それで懸念はしていたが、やはり彼らは反撃の準備をしていた。
トックハイ村よりも小さなエポック村。お粗末な柵に西と東に木でできた門がある。
村全体では50戸ほどの木造の小さな家と広場があるだけの悲しいが貧しい村だ。
グラックの群れに責められると10分持つかどうか。
俺はそのまま他の村人を無視して、広場に向かう。
エポック村の村長は村の広場にいた。
すぐにそちらに兵と共に駆けつける。
「何故避難をしていない?」
馬上からエポック村の村長にそう声をかける。
「ゼン様!我々は戦います!」
「ダメだ。それは許すことができない早く避難してくれ」
俺はなるべく高圧的に彼に言った。
だが彼は最初から聞く耳もたない。こちらの言うことを聞かないと顔に出ている。
村長は首を振って言う。
「ゼン様・・・あなた様にはわかりますまい。この村は曾祖父の代から守ってきた村です。魔物ごときに壊されて言い訳はありません」
ナートス村でも村を捨てることに難色を示されたが、トルエスさんのおかげで何とか説得はできた。
だが、彼はおらず、ここは最前線で今は時間がない。
はいそうですか、で受け入れた自衛団と村長など俺の指揮を逸脱する可能性もある。
いやむしろ、村を捨てされることを決めているため途中で確実に突撃する。
命令系統を守れない兵など不用でしかない。
余裕がないのだ。
俺は頭に血が上って気がつけば叫んでいた。
「お前は村長だろうが!!!」
俺の恫喝に周りにいる者全員がたじろいだ。
子供だからといって舐められてなるものか。この状況以外ならいくらでも舐めてくれて構わない。だが今はダメだ。
周りの反応など関係なく俺は続ける。
「お前は何故ここに俺が立っているかわからないのか!?俺は民を守るため、魔物を退ける為にここにいる!お前のすべきことは村を守ることなどではない!村の者たちの命を守るために長としているんだろうが!ならばなぜ、その命を守り、新しく村を興すと希望を言えんのだ!?そんな不甲斐ない者を我が領地の村長として認められん!」
村長の顔は蒼白だった。
叫び過ぎて喉が少し痛い。
何て無様で卑怯な誘導なのだろうか。
恫喝して皆が息をするのも忘れているかのような沈黙の後、俺は村長に合わせていた視線を外し頭を下げた。
「・・・だから頼む。俺がここに立つ。ならば、村長として避難したエポック村の人々を守り導いてやってくれ」
「・・・ゼン様・・・申し訳ありません・・・わかりました。ゼン様にお任せ致します。どうか、我々をお守りください・・・」
村長は震えながらそう答えを出す。
少なくとも彼は自分の大切なものを守ろうとして俺に反発したのだ。だから、その思いは受け取って、全力で答えなければならない。
またひとつ、誰かの思いを背負う。
「ああ、任せてくれ。今から戦いの準備をする。その手伝いをお願いしたい。村長だけは先に避難したもの達と合流してくれ」
俺はゼルと一緒になってエポック村の自衛団をまとめて、戦いの準備を行う。
そんな準備をしていると、西門から馬の足音とともに斥候部隊が帰ってきた。
待ち望んでいた情報だ。
彼らから聞くに衝撃的な内容だった。
1、魔物の数は約2500
2、魔物はグラックのみ
3、少数だが、人間の武器で武装しているものもいる
4、進行速度は人よりも少し遅いが真っ直ぐ人里に向かっている。エポック村まではあと一刻ほど
5、群れの後方に一際おおきな個体が存在する
予想した敵戦力の二倍の上にグラックパリオンの存在が確認された。
苦しい。苦しすぎる。
第三次防衛線を囮にして籠城ではなく避難も考えるが、避難が確実に間に合わない。上位固体のお陰で敵の狙いは食糧だけではない可能性もある。敵は遅いと言ってもすべて戦闘を本能とした魔物だ。老人や子供、女性を引きつれた避難民など容易く飲みこまれる。
ならば、やはりとれる行動は一つだけ。第三次防衛線で死を覚悟して戦い、最終防衛線の戦力を厚くして援軍を待つ。領民の半数以上を失うかもしれない。しかし、それ以外の方法だと全滅すら考えられる。俺の頭ではそれぐらいしか思いつかない。
俺が真剣に考えてるのを悟ったのかゼルが声をかけてきた。
「ゼン様、おそらく作戦はこのまま以外はないでしょう」
「ああ、分かっている。トックハイ村の第三次防衛線でひたすら敵の戦力を削って、最終防衛線までの時間を稼ぐしかないな」
「はい」
「決まりだ。もう迷わない。俺たちはここで死ぬわけにはいかない。ここでヤツらに食糧を渡さない様にこの村は確実に焼くぞ」
「はっ!」
ゼルが頭を下げると、そのまま部下や自衛団の面々に指示をするために俺から離れて行った。
俺はゼルが離れるのを見送ると、エポック村の西門。魔物がやってくる街道に出て、その門を背にして胡坐をかいてすわる。
街道はうねりながら、麦畑のなかで遠くまで続いている。
ヤツらは来る。
この美しい麦畑、収穫の富と命を奪うために来るのだ。
俺はそれを光景を目にしながらその時を待つことにした。
来るなら来い。
容易くこの地に足を踏み入れたことを後悔させてやる。
ゼン君怒る、の巻き。
ごめんなさい。戦いは次になってしまいました。
確実に戦います。
負けるなゼン君!
ゼン君の一人称がえらく変わるので注釈。
僕・・・かわいくアピール
私・・・公での一人称、仕事できますよアピール
俺・・・本性がでたとき。本気ですよアピール
そろそろ本性がばれているので一人称が俺になる気配が・・・。