騒乱の午後① 襲来の知らせ
アンが遊びに来てから2日後、嬉しい知らせが届いた。
父上が一週間後に帰ってくるという早駆けの伝令がきたのだ。
嬉しいのは嬉しいのだが、早駆けの伝令はいくらかかるか、父上は知っているのだろうか。
トルエスさんのところで領の会計や商人との交渉も手伝っているので早駆けの伝令の相場は把握している。エーロック砦までの距離だとおよそ金貨1枚にはなる。軍の会計だからといって、易々と使ってもいい予算ではないだろうに。
憤然とするが、母上がとても嬉しそうなのでまあいいかとも思ってしまう。
禅の世界で言うマザコンなのかもしれない。
そう思っても全く、何も思わない。このお日様ごとき幸せそうな顔を見れば誰もが納得するだろう。
ただ、母上が父上に俺の自慢をするのだと言ってるのだけはやめてほしいが。
幸せな朝食を済ませて、ゼルさんのところにいって軽く手合わせをする。
休憩の合間にいつものようにゼルと話していると不意に聞いてきた。
「ゼン様、そろそろ盾を使われてはどうですか?」
「んー。使えないことはないけど盾は動きが阻害されるし、剣を両手に持てないから好きではないんだよね」
「そうですか。しかし、ゼン様はどうにも防御が苦手と見える。苦手よりも・・・動きの中で若干違和感がある気がするのです」
そのゼルの話しにちょっと焦る。
俺の剣技はこの世界の流派に合わせて、変えている。剣戟のある瞬間は、咄嗟に禅の流派で対処したいところをこちらの流派の動きに変えているので、時たま防御が間に合わない時があったり、こちらの流派では詰んでしまうときがある。ゼルはその非常に僅かな差を的確に読んでくるのだ。
本当にこちらの世界の剣士は強い。
うかうかしていると簡単にばれてしまう。
「腕の関節の自由度が高くて、軽いガントレットみたいなのがあればいんだけど」
俺は話をそらすために適当なことを呟く。
「それでは防御が弱くありませんか?」
「防御力なくても受け流すから一瞬だけ守れればいいかな」
なるほど、とゼルが頷いていた。
剣技の話から逸らすことができた。
「では、今度差し上げます」
「え?良いよそんなの。いつも稽古してもらっているので逆に僕から何かしないといけないのに」
「いえいえ、ゼン様は気付いてないかもしれませんが、ゼン様が稽古し始めてから皆の士気が高くなっております。私も非常に監督としてやりやすい。そのお礼です」
そんなものか、なんて呑気に呟きながら稽古に戻る。
その後に気絶しても稽古にもどる自衛団の人を見ると確かにと納得してしまった。
稽古が終わったらアルガスとベルグと一緒にルクラ邸へと行く。
アンが遊びに来た日から何故かたまにはルクラ邸で昼食をとるように言われた。
なんだか外堀を埋められている気がするが、他意はないと信じている。
ルクラ邸に着くと、ルクラとその奥さん、アンに歓迎される。
濡れた布を渡され、アルガスとベルグの部屋でさっぱりして、食堂に行くとイススの燻製肉、野菜、黒パンとちょっと豪華な昼食がでてくる。
俺は礼を言い、皆でそろって食事をいただく。
稽古を通して仲良くなったアルガスとベルグとは既に気易く会話ができる。
それをルクラと奥さん、アンは楽しそうに聞き役になっていた。
「それにしてもゼン様は強いですね。最初は鍛えてやろうと考えていた自分が恥ずかしいですよ」
アルガスが苦笑しながらそう言って、黒パンをほうばっている。
「そうそう、兄貴も俺も今じゃ教えてもらっていますしね」
ベルグは兄貴に話を合わせつつ燻製肉に取り掛かった。
正直、アルガスとはそこまで差がないと思っている。
ただ、リオ爺さんに真剣で切り刻まれたことがあるかどうかの差ではないかと。
「そんなことないよ。弓が主武器のゼルさんにはぜんぜん勝てないし」
「いや・・・ゼル様は祝福もちですから・・・」
アルガスは苦笑する。
「そうですな。ゼル様は警備隊といっても昔は軍部でも実力者だったようですし、そんな方に勝つのが目標とは素晴らしい」
ルクラはよく俺を持ちあげるが、あまり嬉しくない。何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
「ゼルさんは軍部の上の方だったのですか?」
「私も聞いた話ですが、平民のゼル様は上に上がったとしても士官まではいけません。ですので上と言っても百人隊長ぐらいかと思います。トルイ様のように実力で男爵位になるのは並大抵のことではなりませんよ」
父上以外のその話しに俺は少し興味を持った。ゼルは100人規模での指揮官としても少し期待できるかもしれない。
何かあった際は覚えておこう。
昼食も終わり、ルクラ家のみんなと香木茶で会話していると、ルクラ邸の外が騒然とする。
何人かが外で騒いでるような喧噪だ。
「どうかしたんでしょうか」
ルクラがそう言いながら玄関の方に向かう為に立ち上がると激しく扉をたたく音がする。
「そ、村長!大変です!」
焦った男が声を張り上げて叫ぶ。
俺たちは全員で玄関に駆けつけて、ルクラが扉を開ける。
そこには5人ほどの男たちがいた。
皆、見知った農家の人たちだ。普段居間の時間帯だと村の外れのほうに仕事に出ているはずなのだが。
「ど、どうしたというんですか?」
釣られてルクラも慌ててたずねる。
「トスカ村が魔物の大群に襲われた!」
真ん中の一人が顔を蒼白にさせながら答える。
トスカ村、それはリーンフェルト領内の村でここから最西端に3日ほど行った場所に位置する。
それが魔物の大群に襲われたと彼らは言っている。
俺はその一言で思考を切り替える。
外はその話しでおそらく混乱しているだろう。
「落ち着け!」
俺は思わずそう大声で叫んでいた。
その俺の張り上げた声にその場にいた一同がギョッとこちらを振り向く。
知らせをしてきた男達もその声で初めて俺の存在がわかったのだろう。
全員が驚いている内に会話の主導権をもぎとらなければならない。
「まずは、何故それがわかったか聞こう。エンス教えてくれ。どうしてそれがわかった?」
俺の詰問する様子に真ん中の男エンスがこちらに視線を向ける。
よし、目が合った。
「ト、トスカ村から馬で知らせてくれたんだ」
「わかった。ならば、その知らせてきてくれた者に会いに行こう。案内を頼む。ルクラ、アルガスついてきてくれて」
俺は後ろも見ずに玄関を出る。エスト達は内心まだ放心状態なのだろう、俺が動くと道を開けてくれた。
それから慌てて、動こうとする。
「慌てるな!まずは歩け。他の者が見ている。慌てると皆が不安がる」
慌てるな。慌てるな。
俺は必死になって焦る気持ちを抑えつける。
リオ爺さんが教えてくれた。
人は慌てて、焦ると事態悪化すると。
隆源爺が数万人の社員の人生がかかっている契約の最中に教えてくれた。
悠然と珈琲を飲む姿を示せと。
ならば彼らの教えを受けた禅・ラインフォルトなら、
今の俺ならどうするかは決まっている。
外に出ると、トックハイ村の皆は俺達を見ていた。
俺が皆を引きつれて歩いている姿を。
こんなときに気のきいたことなんて俺には言えない。
無言で歩くには長い道だった。いつもならほんの数分の道のりが数十分に思える。
道の先には血を流して膝をついている二人の男が見えた。
たしか、トスカ村の自衛団の二人だったと思う。
俺は二人の側に寄ると直ぐに膝をついて彼らと目線を合わせる。
「ゼ、ゼン様・・・」
「ご苦労だった。すまんがもう少し我慢して教えてくれて、何があった?」
俺はまだ傷が浅い一人と目線を合わせてそう聞く。
「お、俺たちの村が・・・魔物に・・・・」
つかえながら彼は答える。
まだ、答える気力はある。あとは質問を単発にして回答を短時間でできるようにする。
「魔物の種類は?」
「グラックの集団だ」
「数は?」
「数え切れないぐらい・・・畑が一面グラックだらけで・・」
「魔物はどちらの方面から来た?」
「西から俺たちの村にきた」
次の質問は少し躊躇われたが、一瞬目をつむって彼にたずねる。
「トスカ村の者たちは?」
「・・・お、俺達は最後まで戦ったが数が多くて・・・何人助かったかは・・わからねぇ」
「生き残った者たちは何処に行った?」
「エポック村にいったはずだ・・・」
「分かった。ご苦労だった。誰か!彼らに水を!あとドルット神父と彼らを俺の屋敷まで運んでくれ」
俺の声で周りにいた何人かが動き出す。
「ルクラ、アルガス。領主代理ゼン・リーンフェルトとして命じる」
「「はい!」」
後ろにいた二人が返事をしたので後ろに振り向く。
そして命じる。
「ルクラ、村に顔が広いものを数人を集めて巡回しながら、各家に最低限の貴重品と食糧を集めて待機しているように言ってくれ。その際に必ず落ち着いて行動するよう呼びかけること。もし、混乱が収まらなければ領主が対策をとっていると安心させてくれ。そして、ルクラは四半刻の内に必ず俺の屋敷にくるように。対策会議をする。遅れれば村長失格だと思え」
ルクラは少し怯えながら頷くと、走って伝えにいく。
その様子を見届けると、アルガスの方に俺は顔を向ける。
「アルガス、まずはお前を一時的な自衛団の隊長に任命する」
「はい!」
背筋を伸ばしながらアルガスはそう答えた。
「まずは近くにいる自衛団を素早く組織し、二班に別けろ25人づつだ。一班はゼル達警備隊全員とドルグを俺の屋敷に呼ぶこと。これも四半刻以内だ。そのときお前も必ず来い。二班目は五人一組で村の外にいる者を護衛しつつ村に連れ戻せ」
俺は一端言葉を切る。
アルガスが動こうとしたからだ。
すかさずその手をつかむ。
「落ち着け。まずは隊長であるお前が慌ててどうする。することを復唱してみろ」
「し、四半刻以内に警備隊の人たちとドルグさんをゼン様の御屋敷にお連れして、他の者たちを五人一組で村の外にいる人たちを呼び戻すことです!」
「よし、わかっているな。あと、警備隊とドルグを呼んだもの達は手が空いたら、村を巡回させて他の者に落ち着くよう呼び掛けることだ。ではお願いする」
アルガスが走っていくのを見届け、俺は周りを見渡して言う。
「皆のもの!さっき言ったとおりだ!落ち着いて行動してくれ。トスカ村の者たちをよろしくたのむ」
そう言い残して、俺は歩きながら頭をフル回転させて、屋敷へと向かう。
まずは途中のトルエスさんを拾っていかないと。
トルエスさんは屋敷を訪ねてきた俺をみると驚いた顔をするが、緊急時だと悟ったのか真面目な顔つきで事態の説明を聞く。直ぐに俺と一緒に来てくれることを了承した。
道すがら彼と俺は知っている情報を伝えるだけで他は無言だった。
だが、そんなことに構ってはいられない。
禅・ラインフォルトの記憶ならどうする?あるだけの記憶をさらいながら俺は対策を考える。
最初は拠点地を決め司令部のつくらなければならない。
最適なのは決まっている。
屋敷に戻り、俺は声を上げる。
「エンリエッタ!」
そんな声を上げたことはないので偶々近くにいたエンリエッタは驚いてこちらを見た。
「ゼン様、どうされたんですか?」
「トスカ村が魔物の大群に襲撃された。ここも襲撃される可能性が高い。この屋敷に避難した村人を入れようと思う」
手短に事態を説明するとエンリエッタは素早く動こうとする。
「待て、まずは怪我人が二名いる。こちらに向かっているので治療と魔法薬の準備と頼む」
「畏まりました」
こんなときでもメイドの鏡のように頭を下げて、屋敷の奥の金庫のほうに向かっていた。
その姿に少し苦笑してしまう。
「トルエス様、食堂で話しあいましょう。もうすぐしたら皆が集まります」
「わかりました、ゼン様。それでは私はどうすればいいのでしょうか?」
トルエスさんは丁寧に聞いてきた。
一番の難所は上手くいったようだ。
半年間、彼の仕事を奪った甲斐がある。
「参謀です。意見をください。あと代官としての仕事も」
「畏まりました。領主代理様」
トルエスさんはこちらを見て、恭しく頭を下げる。
普通なら警備隊長のゼルとトルエスさんがする仕事を俺がする。
魔物や実戦を経験してないゼンなら本来彼らに任せるのが筋だろう。
だが、禅・ラインフォルトは十年間そういったことをひたすら学んできた。
ならば俺がするのがここでの最適な答えだ。
俺は食堂に彼を残して、父上の書斎に領の地図をとりに行く。
さあ、ここから初めての実戦だ。
禅・ラインフォルトの十年間、リオ・ラインフォルトが残した誇りをここに示そう。
うーん。六歳?真剣にこの年齢でいいのか悩んだ後、見た目は子供頭脳は大人の人を思い浮かべて、まあいいかと思いました。
ゼン君の戦いが始まります。
グラック・・・ゴブリンのような小人族の悪食なやつら。ゴキブリみたいに増える