エリーとの出会い
俺は一人でクリューベの商店街を散策していた。
商業区は西側の川沿いにあって、その中でも東よりの場所にレストランやカフェ、ケーキ屋、パン屋、雑貨屋が建ち並び、店先からいい匂いや色とりどりの雑貨が飾られている。たくさんの人が行き交って、家族連れや恋人同士が店先を覗いたり、中で休んでいたりする。
過ぎゆく雑踏を耳にしながら彼らが見るものを同じように手に取ったり、本屋で本を物色したり、売店でパン生地にカスタードを挟んだちょっと高いお菓子をつまみながら歩く。
時折、見かける服屋に入っては商品の出来を見て、いい物があればリーンフェルトに贈ろうと思っていた。
ちなみに、護衛は巻いた。
騎士ローディウスは次の旅の準備のために何やら各方面に挨拶しに行くという。
最初はアルガスが着く予定だったのだが、俺が指示をして騎士ローディウスの仕事を見ておくようになんて偉そうなことを言って遠ざける。仲の良い兵士が俺に着くことになったが、まあ最近はずっと誰かといたし、ゆっくりと散策するのには一人でいるのが楽でいい。
人混みに紛れて、彼らが一瞬俺を見失った隙をついて服屋に飛び込んで安売りしていた見窄らしいねずみ色のローブを買って巻いておいた。
彼らが怒られないようにアルガスには後で見ておくようにと言って渡した手紙を騎士ローディウスも読んでいる頃だろう。暗くなる前には宿屋に戻るし、問題はない。
なのでとてものんびりと散歩が出来る。
川沿いを歩きながら人が楽しそうにしているところを眺めたりと実に楽しい。
午前中のスヴェルさんとの商談も上手くいったし言うことはない。
商談はオークザラムの人達に任せる大量生産の服の貿易先を外国優先にして、高級品志向のリーンフェルトブランドは王都やクリューベに貿易できるようなった。というか、二ヶ月に一度ぐらいでクリューベとの定期便を約束してくれたのだ。これは非常に嬉しい。
クリューベは非常にたくさんの染色剤や良質な羊、毛織物の道具などを生産している。今までは貿易商人達が不定期に運んでいてヤキモキしていたが、直接便が繋がればそれも解消して、生産自体が円滑に進む。
まあ、これはリアさん達に感謝をしないといけない。
スヴェルさんとの商談でリアさん達からデザインをもらったことを話すと、彼が目を丸くして驚いていた。丸くというか金貨のように光らせていたけど。
領地で作ったリアさん達の服を見せると彼は更に頷いて、即座に定期便を約束してくれた。確実に売れるからだ。
定期便はクリューベの毛織物組合が仲介料をとる。リアさん達の服が売れれば売れるほど彼らの利益になるのだ。
リザルールさんとの兼ね合いもあるが、基本的にオークザラムの毛織物組合は外国との貿易によって収入を得ることになるので棲み分けはできている。彼らのやり取りに任せて、問題があれば口を挟めばいい。
あと、スヴェルさんが感心していたのは、服の裏地に付けたリーンフェルトの紋章が縫われたタグだ。
最初は何かと聞かれたが、説明すると感心して納得していた。
この世界にタグという概念はあまりなかった。
リーンフェルトは高級品路線で勝負をする。販売先でこのタグがあれば本物だと安心しやすいし、もしその販売先以外で販売されていたら偽物だと直ぐに分かる。
完璧とは言わないが、このタグをずっと見ていたら俺達リーンフェルト領の人達はそのタグを持つ人物から好意的に見られるようになるだろう。このタグこそ、俺が作り上げようとしてる価値の防壁。ちゃんと高い品質を維持して、頑張っていけばその防壁がタグの量だけ増える。
そのことをスヴェルさんに話すと、彼は自分たちも同じ事をしていいかと聞かれたので条件を出しておいた。
タグを付けた商品につき、原価の百分の一の金額を下さいと。彼はその条件に少し悩んでいたが、試験的に導入すると言って即座に契約する。
正直に言ってしまえば、タグを付けた商品を数える監視機構もないので口約束に等しいが、それでもアイディアを渡すのだそれぐらいはあってもいい。契約書には最初の一年間の間には、二百分の一でいいとして、継続する場合には百分の一に戻すようにと取り決めた。振込先は、王都の銀行だ。
一応、父上の口座があるのでそれを書こうとしたらスヴェルさんに自分の分を作った方がいいと助言をもらった。何やら相当な額になるそうで税金がかかる可能性があるとのことだ。成人していないほうが税金が安いらしい。
余り考えていなかったが、ルーン王国の税体制はかなり進んでいる。
そこまで細かな体制だとは思いもしなかったが、王都で暮らす人達にはそれぞれの収入に対して年齢や職業などから税金が細かく決められている。王都の人達は、農村の小麦という分かりやすい税がない分、その収入から税が決められているみたいだ。
これで王都に行って銀行口座を開かなくてはならない。まあいいか。どちらにしろ服を売ったお金を預ける必要があるし。
そんな午前中のことを思い出しながら俺はブラブラと歩き、気づいたら商店街の裏路地を歩いていた。
クリューベはかなり入り組んでいる。小さな町から発展していき大都市になった場所で、そのために住宅やら道やらが所々、おかしな風に繋がっているのだ。
やたら行き止まりがあったり、もの凄く狭い道があったり、気づいたら誰かの家の庭にいたりだ。
裏路地は他の家が狭く立ち並んでいるので薄暗いし、ちょっと吐瀉物が落ちていたりとかなり汚い。
素性が悪そうな人が時折、俺の腰を見て直ぐさまどこかに歩いて行く。
彼らは俺を脅して金を取るようなことはしないようだ。
面には警備兵もいるし、ちゃんとした統治体制が敷かれているこの都市では、俺を脅したりすると平民は直ぐさま重罰がまっている。口封じで殺されたりしたとしてもかなり綿密な調査をされて捕まる。
それに諍いや喧嘩は日常茶飯事で誰も気にしないが、悲鳴を上げて助けを呼べば市民はそれを助ける義務がある。それを助けないのも罪だし、無闇に遊びで呼んでも罪になる。その罪が免除されるのは貴族といった特権階級。つまり、俺は叫びたい放題なのだ。叫ばないけどね。
迷路のような道を歩いていると不意に誰かの声が聞こえてくる。
「おい!さっきから言ってんだろ!」
怒鳴り声が狭い路地に響き渡って、微かに反響していた。
俺はそちらの方に足を向ける。
無視すればいいのだが、貴族の俺が間に入ることで喧嘩している人も落ち着きを取り戻す。
俺はお節介な癖を出して、その現場へと向かった。
そこには粗野な風貌の男が四人で女性を囲っていた。
騒がしい様子でその女性を煉瓦の家の壁に追い込んで怒りを向けている。
「謝れよ!てめぇちょっと可愛いからって人を舐めてんじゃねぇぞ!」
粗野な男の中でも一際身長の高い男が、その女性に向かって拳を握り、唾を吐き出して怒鳴た。
女性は、黄金に輝くような腰まで長い髪を一つに束ねて、ちょっと目つきのきつい綺麗な青い瞳を険しくしながら右手を後ろにして黙って男を睨んでいた。
男が言うようにその女性、女性と言っても年齢は俺ぐらいでまだ少女だが、年齢にしては高い身長と凜々しい顔立ちから十分に美しかった。服装は町の娘姿、亜麻朝の真新しい白いチェニックに花の模様があしらわれた毛糸のボディスを前で括り、紺色のオーバースカートを履いている。
本当に綺麗な人だった。リアさんの妖艶さには匹敵しないが、凜とした白い薔薇のような気高さを感じる。
一瞬どうしたものかと頭を悩ませるが、これだけの綺麗な女の子を見過ごすことも出来ない。
下心はないが、やはり人を助けるのは騎士としての行動だ。それが誰であろうとも。
「すみません」
俺は彼らの後ろから声をかけた。
一瞬、その女性が俺を睨んだが、男達が振り返ったのを見て彼女は手を外した。
「なんだて・・・って貴族様か」
男は俺ワザと見えるように開いていたローブから覗く剣を見て、眉を顰めて言った。
都市で佩刀を許されているのは警備隊や軍人、貴族しかいないためだ。それにローブから見えるラミグラスさん謹製のジャケットも黒々艶やかに光っているし。
俺は自分の身分を振りかざしながら笑顔で言う。
「彼女を離して貰えないでしょうか?私の連れでして、私との待ち合わせをしていたんですが遅いので探していたのですよ」
「貴族様。そんなことを信じられると思ってるので?」
言葉は彼らなりに丁寧だが、憎々しげに俺を睨んでいる。
俺は財布から適当な硬貨を取り出して、彼らに渡す。
「彼女が失礼をしたなら謝ります。すみません」
男は俺が渡した硬貨を少し確認すると、仲間に目線で合図をして俺に声をかける。
「謝ってもらえれればこっちも事を荒立てる気はありませんぜ。じゃあ、これで。それと、その女はきちっと教育しておいた方がいいですぜ、旦那」
軽く笑いながら男は去って行った。
「・・・」
さて、これで解決したけど取り残された女の子と俺は無言で見つめ合った。
その女性は何故か俺を疑り深そうに睨んでいる。
俺は苦笑しながら声をかける。
「もう大丈夫だよ。後ろにある短剣はしまったほうがいい」
「っ!?」
彼女は驚いて声にならない声を上げた。
その子は男達から怒鳴られている間中、後ろに忍ばせていた武器を隠し持っていた。
ああいうとき、壁に追い詰められて恐怖から壁を触るのは分かるが、壁との間隔が開いていた。
一番は右手を隠している男達から身を守るために無意識に両手を前にしているのが普通だ。手を隠すと言うことは何かを隠す。荷物か、あるいは武器を。
さらに腰をほんの少し落としていつでも飛びかかれる体勢をとっていたのだ。素人には分からないが、微妙な体重移動と目が恐怖ではなく、冷静に相手の動きを見つめていた点でも彼女がそれなりに武術を学んでいることが分かる。
彼女が男四人と戦って、勝てる可能性は少ないが、相手に傷を負わせて怯ませて逃げることぐらいは出来る。
俺は別に彼女だけを助けたわけではない。彼女と男達を助けたことになる。ここで血を見るのは余り嬉しくない。
「何もしないよ。そう警戒しないで」
俺は驚いて、警戒している彼女を安心させるように笑いながら言う。
その子はじっとこちらを観察しながら綺麗な唇を開く。
「何故分かったの?」
「俺も少しは武術をならっているからね。これでもハスクブル公爵家に連なる貴族だから」
「・・・そう。名前は?」
俺が貴族だと言っても彼女は少しも気後れすることはなかった。少し警戒を緩めたが、鬱陶しそうに尋ねてくる。
「ゼ・・・ゼラークスだよ」
「ゼラークス?聞いたことはないわね。家名は?」
「まあ、しがない爵位だからね言っても分からないと思うよ。最近田舎から出てきたし」
「そうなんだ。とりあえず、ありがとう。血を見なくてすんだわ」
「それは何より。もし良かったら家まで送るけど?さっきの人が寄ってきてもいい気分じゃないでしょ?」
俺の言葉にその女性はちょっと考えるような仕草をした。
「結構よ。それにどうせ家に帰ってもあれやこれやと五月蠅いから。嫌なのよ。嫌いな奴が来し」
ため息を付きながら嫌そうに彼女は言った。
俺は、ちょっと考えて彼女に提案することにした。
「じゃあ、街を案内してくれないかな?折角来たんだけど一人で迷ってたんだ」
「・・・。まあいいわ。何処行きたいのよ?」
彼女は俺を見ながら言ってきた。
俺は特に考えていなかった。ブラブラと歩いていたし、ここには観光目的できたのではない。
「うーん。分からない。分からないから君のお気に入りの場所かな。あ、名前は?」
「エリーよ。親しい人はそう呼ぶわ」
「ならエリーよろしく。何処でもいいから楽しそうな所を案内して」
「変な人ね。平民相手にへりくだったり、私の剣を見抜いたり何も考えずに案内しろだなんて。いいわ、とりあえずここを移動しましょう」
「だね。頼むよ」
俺はエリーが歩き出す背中を追いかけながら後に付いていく。
よく考えたら俺はナンパしたことになるのか?
そしてこれはデートか?
デートなんて禅の記憶にもゼンの記憶にもない。純粋に生まれて初めてだ。
禅の昔に天月翠と出かけたことや遊んだことはあるが、それはデートというよりも暇つぶしに近い。小さい頃に幼馴染みと出かけるのはデートには入らないしね。
まあいいか。
本当に迷っていたしね。
俺はそんなのんびりとした気分でエリーと一緒にクリューベの街を歩き出した。




