花の都市クリューベ到着と毛織物組合との商談
王都への旅は順調だった。
時折、本当に時々だが街道には魔物が現れる。姿形は狼のような四足歩行の動物だが、全体的に鋭くハイエナのような形の魔物フェルザー。神獣フェルエレインの血を受け継いでいるが、聖域から離れて魔物化したものだ。人里離れた林や草原に住み、食料がなくなれば人を襲う。商隊にとっては一番厄介な魔物であり、王国内ではもっとも一般的な魔物。強力な個体になると魔法を使うことだってできる。その強力な個体は、その土地柄によって使用できる魔法も違う。風、水、土、植物。植物の魔法とは木の成長や発育を司り、木の根を操って人を捉えるのだと言う。植物系の魔法を使うフェルザーはどちらかというと穏健で人を襲うことはなく、森の主、山の主と言われて人々から大切にされる。
俺はまだ魔法を使うようなフェルザーと遭遇したことはない。五頭ぐらいのフェルザーの一団に、夜襲われたが騎士ローディウス達に率いられた守護隊が瞬く間に駆逐する。フェルザーは魔物中でも良く遭遇する厄介者なのでそれ専用の戦術を編むという。戦術と言っても盾で防壁のごとく守り、睨み合いをしながら逃げるのを待つか、矢で脅す。騎士ローディウスは、祝福を授かっているので守りを部下やアルガスに任せて、単身で切り込む。雷撃のような一撃で、フェルザーが一刀で両断されるのは圧巻だ。
俺が単身でフェルザーの群れに囲まれればかなり厄介だっただろう。
そんな襲われるような旅だが楽しみがいっぱいある。
その一つが、町への宿泊だ。
手紙をくれたモルバーシ領を訪れた際にモルバーシ領の領主の館があるモルバス町を通った。
ヴァルゲンさんは事前に俺の旅で使う経路の領主達に手紙を出して、便宜を図ってくれていたお陰で代官のエルド・グレイスプルさんが笑顔で出迎えてくれる。
本当にヴァルゲンさんは見た目とは違いマメだ。このマメさはおそらく司令官としてというよりも性格的なところがあると思う。
エルドさんは40歳ぐらいの真面目そうな文官肌の人だった。ちょっと生真面目で固い印象だったが何度か書簡のやり取りをしていたお陰で気さくに話すことが出来た。俺と騎士ローディウスとアルガスは彼の館でとても歓迎を受けて、領地のことや最近のことを話し合う。
どうやら、王都や代官達の間では内乱の気配が濃密に出ているらしく、貴族達はどこの派閥に入るか熾烈な競争が続いているらしい。王都に行く際にはご注意をと言われた。その際のアドバイスや代官としての経験談などを色々聞かせてくれる。とても親切な人だ。
俺たちは食事をして、その後でエルドさんにリアさん達のために作った服などを見せた。
エルドさんはその服の出来に目を丸くして驚いて、褒めてくれた。領地の商品が褒められるのは経営者としては鼻高々だ。
俺は父上のシャツを一枚、エルドさんにお礼として贈ると彼はとても喜んでいた。
剛剣様のシャツを着たら私も強くなりますかね、なんて冗談を言いながら。
彼は俺達の商品を今後とも優先的に仕入れると口約束をしてくれる。口約束だが、エルドさんなら安心できる。彼はそれぐらいに人望がある人だった。
本当にこの国の代官達は優秀だ。キビキビとよく働くし、真面目だ。普通なら汚職が蔓延ってもいいのにそんな風には見えない。
やはり、この国の為政者、グリゼリフ王の人を見る目があるのだろう。代官は王の権能によって選抜されるという。
どんなに爵位がある貴族ですら、その選別よって代官にはなれない可能性があるのだ。おそらく、相当貴族達からは嫌われているかもしれない。
エルドさんは俺たちの商品を他の代官友達に自慢するという。
この人脈からまた、商品がよく売れるに違いない。
まだ開発が全て終わったわけではないが、成功の可能性は随分と高くなった気がする。
俺たちは名産の魚料理に舌鼓を打ち、野宿で疲れた身体を羽毛いっぱい詰まったベッドで気持ちよく寝て、モルバスからまた旅立つ。
そんな風に町それぞれの名産品や料理を楽しみながら旅は進む。
もちろん野宿だって楽しい。
馬車を街道の端に寄せて、火を焚いて兵士達との会話、苦労話や彼らの家族のこと、それぞれの人生を聞きながら過ごすのは楽しかった。
騎士ローディウスは、俺が野宿の準備や料理の手伝いをすることをあまり快くは思ってないらしいが、暇なのだ。身体を動かすことが好きな俺は率先して手伝った。
何度か、遠回しに「そのようなことは私共にお任せください」とか言ってくるが、俺は笑顔でやんわりと断る。
一度、俺が夜にトイレで天幕から抜けて、騎士ローディウスとアルガスのテントの横を通ると、
ぼそぼそと騎士ローディウスとアルガスの会話が聞こえてくる。
「アルガス。ゼン様は変わっておられるな」
「そうですね。我が主に何をいっても無駄ですよ。それに私より手際がいいのですから」
「そうだな。さすがは我が主と友誼を交わすだけの方だ」
「はい」
なんて聞こえてきたときには声を忍ばせて笑ってしまった。
その日から騎士ローディウスはあまり俺に構わなくなった。自由に動ける分俺は伸び伸びと旅を楽しんだ。
そうして、一ヶ月ほど近く経った。
何個かの町を通り、二十数の村を経て、俺達は午前中に花の都市クリューベに到着する。
この都市では俺は数日間宿泊することになっている。
もちろん行き先は、この都市の領主、カール・ハスクブル公爵家の城だ。
でも、初日だけは都市の高級宿に泊まる予定だ。
これはオークザラムの時のトルエスさんと同じ。クリューベに着いて、いきなり領主の城に行けば息が詰まる。一泊して旅の疲れをのんびり癒やしてから、城に行く方が会話も弾むだろう。一泊の間に色々と都市を堪能すれば話題も尽きることはないし。
花の都市クリューベは真ん中をアルノン川が通って、その周囲の小山と一緒に城壁で覆っている。
オークザラムよりも断然大きくて、煉瓦造りの町は薄い赤色に染まった薔薇畑のような所だった。
真ん中のアルノン川を中心として商業区と産業区、その周囲に住宅、川よりも西側は貴族区、東側は市民区と貧民街。そして貴族区の更に西にある小さな山が丸々城となっている。
リーンフェルトからクリューベへと繋がる街道は、山になっていてそこから見渡すとまさに薔薇畑の中に聳える城がとても綺麗だった。屋根を赤く染めて、薔薇畑の女王のようにあるロサニエル城。マリアーヌ公爵夫人が住む場所だ。
俺達は馬から降りて、クリューベの第三東門から城壁の門番の詰め所を通って都市に入る。
第三東門は、オークザラムやリーンフェルトと繋がる街道の門で、第二は酒の都市バッカルス、第一は信仰都市ヴォラチネスに繋がる門だ。クリューベにはそれぞれ大門が四つあり、西は王都に繋がる正門。他にも小さな門はるが、市民の出入りしか許されていない。
門番に俺の身分証明書とカール・ハスクブル公爵家の紋章が入った通行書を見せると門番は直立不動になって最敬礼をする。俄に騒ぎ始めた詰め所で警備兵達が集まり出す。
「リ、リーンフェルト卿であらせられますか!」
俺の目の前にいた警備兵が目を見開き、慌ただしく敬礼をしながら聞いてくる。
俺はちょっと苦笑してしまう。
これはあれだ。オークザラムの時の焼き回しだ。
「申し訳ないが、リーンフェルト卿は騒がれるのを好まない御仁だ。敬礼せずとも普通に通してくれ」
俺の後ろにいた騎士ローディウスが前に出て、若そうな警備兵に生真面目に答えた。
騎士ローディウスは旅で俺のことをよく理解してくれている。
ありがたい。別に父上が褒められたり、尊敬されるのは嬉しいが俺は特に何もしていない息子だ。そのようにされると少し恥ずかしくなってしまう。
なんだか親の七光りにすがっているようで。
「ありがとう。ローディウス。すまないが、普通に通してくれ」
「はっ!畏まりました!」
警備兵はそう言ってしゃちほこ張るって姿勢をただして敬礼すると、通行門のかんぬきを開ける。
俺たちはそれに挨拶をしてから中に入っていく。
中に入った途端に俺はクリューベの賑わしさに驚いてしまう。
通行を待っていた商隊の規模から大きさは予想していたが、それ以上に人々の多さに俺は感心した。
辺境都市オークザラムは東では最も大きな都市だが、比べることもできないほどの人の量だ。
門の中に入ると直ぐに広場があるが、そこには辻馬車が何台も止まって、その従者達がのんびりと人待ちをしていたり、それを目当てにした行商人達が飲み物や食べ物を大きな籠に入れて売り歩き、商隊が立ち止まって行き先を相談したり、休憩したりしている。
門の直ぐ近くには商隊の馬や荷車を預かるそれぞれの組合の厩舎が建ち並び、馬の嘶きがそこかしこから聞こえてくる。
第三門は他の門や正門に比べて閑散としていると聞いていたが、十分に賑やかだ。
逆に正門はどれだけ人がいるのか不安になってくる。
それはもちろん、禅の記憶にある日本の首都に比べられれば少ないが、この世界ではこれだけの人混みを目の当たりにしたことがない。
俺はその人混みに驚いて立ち止まっているとアルガスが横に来て声をかけた。
「ゼン様、まずはクリューベの毛織物組合に行って、荷物を預かってもらいましょう」
「そうだね。こんな荷物で観光できないしね」
俺はアルガスの助言に頷く。
俺の後ろには荷馬車二台がある。
リザルールさんの伝を使って、クリューベの毛織物組合には話が通っている。金貨総額200枚、価値の概算でい言うと1000枚以上にもなる商品を宿屋に管理を任せるのは不可能だ。そんなことをしたら俺が夜不安で寝られない。
旅の途中によった小さな町ですら、宿の荷馬車には交代で兵士が夜警をしていたぐらいだし。クリューベとなれば犯罪者集団だっているだろう。
俺たちはクリューベの通りを馬に乗りながら町の風景を見つつ、川の方にある商業区へと進んだ。
馬車が行き交い、その両端に徒歩の人達が歩く。十分広いと思うのだが、馬車が通るので意外と狭い。馬車四台あれば道幅はいっぱいになってしまう。
のんびり進む俺たちに苛立っているらしき馬車が後ろから着いてくる。
俺たちの荷馬車にはヘルムート辺境伯の紋章とリーンフェルトの紋章が垂れ下がっている。今はリーンフェルトの紋章は取り込んで中に入れてあるが、ヘルムート辺境伯の紋章の効果は絶大だ。都市において、その紋章が垂れている荷馬車や馬車はそれ以上の紋章がかかった馬車でしか追い越せない。街道なら緊急のこともあるので除外されるが。
つまりあれだ。日本で言うところの警察車両や緊急車両のようなものだ。
俺はその後ろにいる馬車を気遣い、早く行こうと言ってみたものの騎士ローディウスから注意をされた。
どうやら、貴族階級の者が下々のために動けば、家名に泥を塗るだとかなんだとかをやんわりと。
それには顔を顰めてしまうが、王都の学校に入学するのでそういった常識を学ぶ機会かと諦めて、楽しむことにする。
クリューベに経っている建物はほとんど煉瓦だ。
火事が起きにくく、地震がないこの世界では耐久性に優れた建築材料として煉瓦が都市の建物となる。
リーンフェルトでもそのうち煉瓦造りにしたいなとか思いつつ、馬車でゆっくりと30分ほど進むと貧民街や住宅区、アルノン川の橋を越えて商業区につく。
商家がたくさん立ち並ぶ商業区は活気に満ちあふれていた。
雑貨屋、本屋、魔法書店、市民のモノを扱う商店街みたいなところを越えると、商業区の西側で一際大きな建物が並び出す。
毛織物組合、鍛冶組合、吟遊詩人組合といった組合の建物だ。四角の大きな建物の横に倉庫や巨大な厩舎を抱えるこの都市での需要拠点。そこは市民が少なくなり、身なりのいい貴族や商人達がそこかしこで行き交い、商談の相談やら何やらをしていた。
俺は目的地の毛織物組合、屋上から巨大な薔薇の織物の布が垂れ下がった四階建ての建物の前に到着して、荷馬車と兵士達を止める。
兵士達に荷馬車の護衛を任せて、騎士ローディウスとアルガスを連れて、俺はその毛織物組合の建物に入っていった。
中は、広いスペースに商談用の椅子やテーブルを何個も入れた飲み屋のホールのような感じで、奥に受付がある。
「すみません。リーンフェルト領のゼン・リーンフェルトですが、荷物の預かりをお願いします。これが身分証明書と紹介状です」
俺はちょっと派手な感じの愛嬌がある受付の女性に話しかけ、リザルールさん直筆の紹介状と身分証明書を渡す。
「あ!剛剣様の!わかりました。少々お待ちください」
彼女は驚きながらもそれを受けると奥に引っ込んだ。
受付の奥はどうやら事務室に繋がっているらしい、彼女が入っていくと垂れていてた布が開いて何人かの事務員みたいな人がちらりと見えた。
ちょっと待っていると慌てた様子で男の人が出てきた。
リザルールさんのように上質な服を着た40歳ぐらいの男性だ。
「ゼン・リーンフェルト卿ですな!お待ちしておりました。直ぐさま荷物はお預かりしますが、組合長が会いたいとのことですので二階でお待ちいただけますか?」
「はい。大丈夫ですよ」
俺がそれに答えると、その男の人は俺達を二階へと連れて行く。
二階は豪華だった。
それはもう気持ちよさそうなソファーが何脚もあり、バーカウンターを備えた飲み物や食べ物を出す空港のラウンジだ。壁の周りには凄まじく高そうな織物が飾られている。
どうやら二階は、大商人や貴族の待合室みたいなもので、そこで商談をまとめたりもするらしい。
案内してくれた男性が、俺達に飲み物や食べ物の注文を聞いてバーカウンターにいた美人の給仕にそれを注文した。
「ゼン様といると本当にいいことがありますね」
アルガス達と一緒にソファーで飲み物を飲んでいるとぽつりとアルガスが呟いた。
「そうかな?うーん。多分、それ以上に苦労するとおもうよ?」
俺は笑いながらそれに答えるとアルガスも俺の答えにしみじみと頷いた。
だって、この歓待を受けているのだって、領民達が汗水垂らして作ってくれた織物のお陰だし、アルガスだって相当苦労している。
アルガスは本当に強くなっていた。今の俺じゃ真剣になって、ギリギリ勝てるレベルだ。
盾捌きが上手いのだ。説明が難しいが、盾の大きさが身体に染みつかないとあれだけの動きは出来ない。
数センチ、いや数ミリというレベルで器用に俺の剣を受け流し、時に盾を使ってこちらを吹き飛ばす。盾の上で剣を滑らせて、虚を突くがそれも予測されて弾かれる。弾かれると言うよりもその動きを阻まれるのだ、盾に傾斜を使って剣の動きを流される。
これだけ受け流すことができれば、剣の衝撃ですら分散させて盾にも、自分の動きも相手の剣に惑わされることはない。
三年という月は長いが、これだけ強くなるには一日も休まず、四六時中盾と一緒にいないと無理だ。
禅のように木刀を抱えて寝ていたのが思い出される。
俺達がそんな言葉を交わしていると、姿勢のいい騎士ローディウスも会話に入ってくる。
「確かに、ゼン様は戦場で最も大事な運と部下を鼓舞する力をもっておられる。我が主も良く呟いていたが、本当にその歳からどのようにしてそこまでの叡智を授かったのか私には不思議です」
騎士ローディウスは真面目な顔を不思議そうにしながらそう言った。
「そうなんですかね?まあ、一緒にいる人を苦労に巻き込んでいるだけな気もしますけど・・・」
「でもそれを恨まれたことはありますかな?ゼン様の周りは笑顔の者達が多い。それこそが偉大な領主、主としての素質です。我が主、ヴァルゲン・ヘルムート卿にも通じる素質です」
「うーん。そこまで褒められると畏まってしまいますね」
「いえ、畏まるどころか誇ってください。我ら騎士はそのような御仁のもとで働くのが何よりの名誉」
生真面目に騎士ローディウスは真剣に言った。
この人はだいたい何時も真剣な顔をしているので表情を読みにくいが、どうやら感心しているらしい。
まあ、そう思われるのは嬉しいのだけどどうにも居心地が悪くなってしまう。
トルエスさんのように「お前は人に仕事をさせるのが上手い、やってられないぞ」とか言ってくれるぐらいの方が気楽なんだけどなぁ。
トルエスさん元気にしているだろうか?大人だから心配はしてないけどエンリエッタに言って夕食を時たま運ぶようにお願いしておいた。忙しくなってくるとあの人ご飯も食べずに酒を飲みながら夜遅くまで仕事する癖があるから身体が心配だ。
屋敷でご飯とは言わないけど、ご飯食べてくれないと体調を崩して領地の運営が滞るのも、トルエスさんが苦しむのも嫌だ。
もういっそ、エンリエッタといい感じになって欲しい。
母上に対する思いもあるが、それ以上に彼には支えてくれる人が必要だ。
上手くいってくれないかな?
俺が騎士ローディウスの発言で領地のことを心配していると先ほどの男の人が上から下りてきて、声をかけてくる。
「リーンフェルト卿。お待たせしました。組合長の時間がとれましたので、こちらへ」
俺達は会話を止めて、彼の案内で上に上がる。
「リーンフェルト卿。ようこそ花の都市クリューベへ。毛織物組合を代表して歓迎致します」
毛織物組合の四階に行くと、大きな部屋にいた組合長に歓迎された。
組合長の部屋に行くまでには、組合の職員がたくさん働いている部屋を通っていく。
組合長の部屋はリーンフェルトの居間よりも大きい。部屋の奥には執務机があり、手前には素晴らしいソファーと低いテーブルがある。
そのテーブルの手前には50歳ぐらいの初老の男性が俺達に笑顔を向けていた。
色とりどりの長いジャケット、ちょっと派手ではあるがスカーフや仕立ての良さから上品な印象になっている。白髭を口に生やして、ちょっとキツそうな目を微笑ませている。
「歓迎ありがとうございます。初めまして。ゼン・リーンフェルトです。田舎者ですが良い関係をさせていただければと思います。右にいるのが私の従者のアルガスと左がヘルムート辺境伯の騎士であるローディウス殿、我が護衛兵士長をお願いしております」
「おっと、申し訳ありません。私はクリューベの毛織物組合のスヴェンと申します。末永い御愛好を。さあ、おかけください」
俺達は互いに礼をして自己紹介をして、ソファーに座る。
おそらく組合長の呼び出しは、リーンフェルト領の毛織物産業に関してだろう。
著しく生産量を上げたリーンフェルトを彼は警戒しているかも知れない。いわゆる商売敵だ。
ちょっと牽制で上っ面なことを言って動向を見てみることにする。
「田舎者でこの花の都市クリューベの大きさには驚かさればかりですよ。私共も毛織物産業を始めたのですが、いやこの素晴らしい都市の産業の仲間入りなんて恥ずかしいばかりですね」
スヴェンさんは俺の話を和やかに聞く。だが、その瞳は決して笑ってはいない。
さあ、戦いの始まりだな。
「なるほど。私共も拙いですが毛織物産業を初めて数百年。それなりに苦労はしてきておりますよ。毛織物はまさに生き物。その素材、そしてそれを作る人々と一緒に作る輝ける我が子みたいなものです。そう言えば、最近リーンフェルト領からの織物の噂を聞いております。リーンフェルト卿もさぞご苦労をされているのではないですか?」
「これはこれは、私共の商品がそちらまで聞こえるとは驚きですね。ええ、最近はやっとやり方も分かって生産量も増えてきたところですよ」
「そうですな。私共は我が子のためなら耳を澄ませて隅々まで調べますから。しかし、不思議ですね。織物は実に手間暇がかかる。リーンフェルトではどのような精霊がいるのですかな?」
これはあれだな。
人から恩を受けた織物を作る精霊達の伝説だ。
日本で言うところの鶴の恩返しに近い。村人から命を救われた精霊達が夜な夜な織物を織って村の家々の前に置いていくという。
俺は少し笑いながら答える。
「精霊ですか。はい、とても優れた精霊が来てくれたんですよ。ちょっと風変わりな精霊がね。スヴェンさんもご存じだとは思いますが?」
俺の答えに少し眉を潜めるスヴェンさん。
「ほう・・・。もしやラミグラスのことで?」
「はい。彼は精霊そのものですよ。とても上手くやってくれています。生産量が数倍になるような」
「・・・」
スヴェンさんは言葉を飲み込み、真剣な表情で俺を見る。
俺はそれを何処吹く風と笑って見ていた。
「そうですか。彼は優れておりますが、我が組合にはあわない人物だった。実に・・・惜しいと思いますがね」
「そのお陰で私達の発展が約束されました。それに感謝をしておりますよ。とてもね。なのでご安心ください」
「何を安心すればいいのですかな?」
「私共の商品の多くは外国に流れます。ルーン国内で出回るのは我が領地の高級品のみです」
「・・・。やはり、リザルールの言うことは間違いなさそうですね。貴方から底知れない商才を感じます。なので商人として言います。失礼に当たるかも知れませんがいいですかな?」
「ええどうぞ。私は意見としてお聞かせいただければと思います」
スヴェルさんは一度目を閉じて、こちらを見据える。
「正直、私共は貴方の産業を握りつぶしたい。脅威になるからです。ですが、それと同時に貴方のすることを見てみたい。あのリザルールが興奮して手紙を書いてきた日からね。私共クリューベの毛織物組合は貴方がこちらに打撃を与えかねない事を起こすのであれば、貴方の商材が王都に流れないように全て握りつぶします。ですが、一定の規約を作り、こちらで管理できればお手伝い致します」
そう言ったスヴェルさんは大企業の社長のように威風堂々と主張する。貴族に対してこのような事をすれば彼がどうなるかは分からない。男爵位なのでそこまでのことはならないが、他の貴族、取引先を不審がらせても不思議ではないことだ。
だけど、その正直な言葉に俺は安心する。
正直に言ってくれたらお互いの妥協点を話すことが出来る。その先に、互いの利益を守り、一緒に手を取っていくことだってあるのだ。
俺はその言葉に、彼の人柄に好意を持って答える。
「なら、一緒にしましょう。簡単ですよ。話し合えばいいんですから」
俺の言葉にスヴェルさんは大声で笑った。
「ハハハハハ!実に、実に見事です、ゼン・リーンフェルト卿!そして本当に面白い。私が準備したことが無駄に終わりましたね。ええ、話し合いましょう。実に有意義な時間になりそうですよ」
そう言ってスヴェルさんは嬉しそうに話し出した。
俺はその商談をスヴェルさんと同じように楽しく話し合う。
アルガスや騎士ローディウスはちょっと手持ちぶさただったが、しょうがない。
諦めてもらうおう。
また一歩、領地の発展が進んだ気がした。
クリューベに着いた初っぱなから幸先がいい。
俺は気分良く、その午前中を過ごした。




