王子としての決断
シャルルが選択した戦術、その状況。全てがシャルルの予測したように推移していた。
シャルルが旗艦レディウス・カエルザ号一隻のみで敵艦隊の眼前に進み出た時に相手は同じく敵旗艦アシュロンが単身で戦場に出た敵の短絡的な傲慢さ。
航海中も仲間同士で賭け事に興じる無法者が持つ博打狂いの気性。
鞭の数を増やしてこちらの攻撃を看破し確実に防御するという選択を捨てて、躊躇なく鞭を一つに束ねた無計画性。
最も低い可能性のど真ん中を一瞬で狙う無為無策の愚かしさ。
そのどれをとっても無法者の海賊としか思えない行動。
そこから導き出される愚かな選択は手に取るように分かった。
しかし、何よりも気高き矜恃を持ち、自分を認めててくれた敵将の愚かしくも熱い魂をシャルルは感じる。
内乱の火がくすぶり行く王宮で、お飾りのように自分を飾り付ける海軍で、自分を悩ませ続けたフッザラーという亡者達の中で心が晴れ渡り、ここまで魂を熱くさせるような高揚は感じたことがなかった。
本当なら―――、とシャルルは少し心苦しく思った。
本当なら自分も迷わず突撃陣形の最前列最中央に本体を配置して突撃させたかった。それこそがシャルルが思い描いた理想の騎士の居場所。だが、シャルルはそれを選択しなかった。王という国の将来を背負って立つ自分が負けることは許されない。一方で後方や最両翼に配置させるなどといった恥も許せない。故に最前列、最中央の真横に配置させるという消去法を選択する。
シャルルは自分の選択を恥じてはいないが、小さな痼りのように気を重くする。
戦闘の最中、そんな雑念を感じていたシャルルだがその光景を目にした途端に全てが霧散した。
馬鹿なと呟いた。
自分が自信をもって行使した魔法、その乾坤一擲の一撃、必殺の一撃がたった数秒で構築した水の防壁で遮られたのだ。
シャルルが構築した騎士の槍はただの水の塊ではない。膨大な量の海水を高圧縮して、槍の核となる部分は常温の氷となっている。はじけ飛ぶのはまだ理解できるが、ただの水の壁に槍が当たったとしても折れるはずはない。壁とは言え、それは液体の水。折るためには何らかの強化あるいは属性を付属させなければならない。つまり、数瞬であれだけの膨大な防壁を構築し、あまつさえもその先端になんらかの魔法を付加させたことになる。
大魔法クラスの数百メートルに及ぶ直径の防壁と数百メートルに及ぶ魔法付加、それは二重大魔法行使、大賢者クラスの化け物。
祝福による戦闘は大きく分けて二つに分類される。一つは魔法を主力とする魔法使い、もう一つは権能を主力とする権能使い。
大賢者とはシャルルクラスの魔法を同時並列して行使する魔法使いの頂点を指す。シャルルですら賢者クラスというのにも関わらず、相手はルーン王国でただ一人きりの大賢者クラスの魔法使いという認識にシャルルは薄ら寒いものを感じる。
シャルルはそのにじみ出るような不吉な考えを振り払い、次の一手に考えを巡らせようとした瞬間。
シャルルは旗艦レディウス・カエルザ号の船底よりも遙か底。深海と呼べる領域に起きた異変を察知する。
海のあらゆる物を吸い込もうとしている巨大な口が生じさせる異音を幻聴した。
それは海流の劇的な乱れ。
ほの暗い海の底から沸き立つ潮流の渦。
シャルルの艦隊全てを飲み込まんとする巨大な渦潮の蠕動だった。
そして、驚愕する。
その渦潮にではない。
それはシャルルの眼前、海賊旗が掲げられたメインマストが折られ、甲板に傷を負った痛手の獅子のごとき敵旗艦アシュロンから放たれる膨大な魔力の感覚にだ。
充溢して漏れ出る陽炎のごとき魔力が遠く離れた場所からでも知覚できる。
ありえない、とシャルルは茫然とした。
まだ顕在化していないが、自分の足下の遙かしたに起きている潮流の乱れですら超一流の大魔法と呼べる。
それが同時に二つ。シャルルの全身全霊で行使するような大魔法の並列展開は聞いたことがなかった。
決して考えてはいけない思いが頭をよぎる。それは王として絶対に思ってはいけない。この艦隊の全ての兵をまとめる者として、その兵達を戦いに向かわせた王の一族として決して考えてはいけないとシャルルは唇を強く噛む。
シャルルは全ての考えを捨てて、打開策を思考する。
状況は刻々と不利になりつつある。現状は『我が理想なる青の騎士』によって魔力が消費され、充填している途中。現状で魔力を励起させて即座には魔法を打つことが出来ない。だが、これは自分の頭を冷やす時間と割り切り、彼は無心に集中する。
レイの魔法は、その中距離圏内の海の表層を捲れ上がらせていた。重い身体を起こすように緩慢な動きで海が立ち上がろうとしている。
これこそがかの海賊女王のもう一つの呼び名、『太陽を覆い尽くす女』の象徴たる超大魔法『太陽を喰らう大海嘯』。シャルルが最も警戒し、その魔法を使わせないために戦いの序盤で自分の手札の中でも上位の魔法『我が理想なる青の騎士』を使用したのだ。
だが、これに対処をする方法を考えていた。十分な時間さえあれば、小規模だが同じような魔法を使い、相手の威力を消す。消してから自らの権能を使用すれば被害と自分の消耗が少くなり、相手の魔法の間隙を縫って一撃を加えることが出来る。
しかし、ここに来てシャルルの真下では大規模な渦潮の魔法が成立しようとしていた。今はまだ、海の上で波が激しく立ち上がっているだけだが、もはや数分後、あの『太陽を喰らう大海嘯』の魔法がシャルルの艦隊を襲うときにはここら一帯は渦潮の渦中だ。海の上と下からの同時攻撃。
まさにシャルルの窮地だった。
シャルルは集中して引き延ばされた時間の中で逡巡する。
シャルルが今練り上げている魔力のほとんどを消費し、自らの旗艦レディウス・カエルザ号と主力であるガリオン船軍艦だけを守れば、その主力だけはギリギリ無傷でまもることができる。反対に艦隊の全滅を避けるために艦隊全域に魔法を行使すれば、運が良ければ沈没ではなく帆船の半壊という状態で切り抜けることも出来る。だが半壊というのはその甲板にいる者達にとっては死と同義だった。
シャルルは目を閉じて、自らのために戦いに出た勇者達に思いを馳せる。
彼らは目の前で繰り広げられている大魔法に恐れ、顔を青ざめさせていた。
しかし、彼らは武器をすてることも、自らの役割を放棄することもまだ選んではいない。
なぜなら目の前には自らの上に立つ司令官シャルル・アーノルド・マキシラルがいるからだ。自らがこの戦況を見つめて、恐れもなく怯えもなく立っている。
その姿にこそ、シャルルが愛する臣民が付き従う。死の淵にあっても、歯を食いしばらせて逃げもせずに家族と自らの国のために戦う。
ならば―――、私は見捨てない。誰も見捨てない。私は私が愛する者達のために全てを賭ける。私に付いてきてくれた兵達のために賭けよう。彼らがもう一度家族の元に笑顔で帰るために、私の全てを賭けても惜しくはない。
シャルルは決断する。
その船首の先にただ一人、その脅威を、神の怒りを前にして己が魂を燃えさせる。焼き尽くすほどに熱く、全ての者にその熱さを、魂の火を灯すために神々しく燃え盛る。
「願う。海原を行く者達の守り手よ。船を導く生命の海の君臨者よ。我ここに汝に希う。
我らの命を汝の腕によりて灯し、波頭の寄る辺、海に生きる者の標をここに。
我は王国の血を引く者、汝との古よりの契約に基づき、我が血を捧げ汝に希う。
大いなる海の理を我が手に、我らの航海の行く手を守り給え、永久なる航海の果てへ誘えさせたまえ―――権能『波頭の揺り籠』」
数分後、大瀑布のような大津波と海を飲み込まんとする巨大な渦潮が轟音を上げて―――シャルルの艦隊を襲った。




