揺れ動く策略
「謁見を中止しても早急に話したいこととは?カール」
ルーン王国にあるシャンボール城の国王の執務室で二人の人物がまた密談を交わしていた。
その執務室は眩しいほどの金が使われて、青い壁紙に無数の極細の金が様々な模様を描き、王の執務机の後ろと左右には巨大な肖像画と鏡が壁に掛けてある。高い天井からつり下げているシャンデリアには真っ白の蝋燭が置かれ、火を灯せば赤よりも金に光り輝きそうであった。床には磨き抜かれた最高級の木が幾何学模様を描きながら継ぎ目に段差もなく、青と金色の部屋をこげ茶色に映し出している。豪華絢爛。畏怖さえしそうな執務室である。
その場所に一人はこの国の国王であるグリゼリフ王が青に金で装飾された優雅な椅子に座って、机を挟んで目の前の人物と話をしている。
その人物は、カール・ハスクブル公爵。彼は王と同じように座っていた。他にその空間にいる者はいない。
カールは少し難しい顔をして答える。
「さきほどアーコラスから受け取った書簡からシャルル殿下が海賊討伐に向かわれました」
その臣下の様子に眉を潜めながらグリゼリフ王は顎髭に手を当てる。
「うむ・・・それは当初予定していたとおりだが」
その言葉にカールは片眼鏡を直すような振りをして、少し自分を落ち着かせた。
「いえ・・・。それがフッザラーの領海軍とではなく単独で向かったようです」
グリゼリフは目を見開きうなり声を上げる。
「・・・なんと馬鹿なことを・・・」
「ルーン王国海軍の80隻を率いてトローレス国境まで進軍しているとのこと」
「・・・それは誠か?シャルルには討伐を命じたが、単独では行かぬように忠告したはずだ」
グリゼリフ王はカール公を責めるように目線を険しくした。
それを受けて、カール公もまた口を引き締めて答える。
「はい・・・。ですがどうやら殿下はフッザラー勢力である貴族達の助力が得られずに痺れを切らした物かと。フッザラーは殿下に対して妨害工作を行ったようです」
「それこそ当初の予定通りであろう?そのためのセバンを付けていたはず」
グリゼリフ王は難しい表情で椅子にもたれかかった。
王はシャルルをフッザラーの貿易都市グラシャスに派遣し、海賊討伐を命じた。
それ自体は王の一手の一つに過ぎない。トローレスとフッザラー領に対する手助けという恩を売るために。
だが、それは本来の策略を隠すための身代わりの手であった。
グリゼリフ王はため息をつきながら口を開く。
「我らの当初の予定はシャルルをグラシャスに派遣し、海軍艦隊100隻で我らの力を見せつけ、反旗を翻したときには即座に攻撃できるという抑止力。そして・・・。シャルルは相手を油断させる手はずであった」
カール公はじっと堪え忍ぶようにそのグリゼリフ王の言葉を聞く。そして、唇を噛みしめた後で声を上げる。
「はい。シャルル殿下が相手の妨害工作に陥るのは予測しておりました。それは陛下にとっては身を切るようなご決断・・・」
言葉尻に苦しそうなカールの様子を見て、王は首を横に振る。
「よいのだ、カール。シャルルでは妨害工作にあってもそれを解決するための強かさがない。それ故にフッザラーはこちらを組しやすい。こちらを自分たちでも利用しやすいと分かれば危険を伴うような内乱ではなく、ガーランとロラスを使い現体制のままで中枢を狙う。つまり、余の息子は餌であった。フッザラーをつなぎ止めるためのな」
自嘲気味に笑うグリゼリフ王をカールは痛々しく見ていた。
「陛下そのようなお言葉は・・・」
「よいのだ。事実であろう。それよりもセバンだ。彼奴は為政者として何をしておった?シャルルの手綱を握らせたはずだが」
グリゼリフ王はセバン・ヴェニール少将という人物を思い浮かべた。
ベルーノ生まれの貴族であり、自らの権能が為政者として見いだした才覚ある臣下。情勢の難しいグラシャスでも王国海軍の威信を落とさず、フッザラーの貴族達との均衡を作り出し統治を任された者。才覚は間違いなく一級であり、シャルルを任せても良いと自らの権能が導き出した最適な人物。
シャルルの高貴さから来る暴走を止める楔役として横に付けていた。
だがそれが機能しなかった。それに対してグリゼリフ王は僅かに憤りを覚えていた。
カール公は目を伏せながら彼の弁解のために口を開く。
「陛下・・・。セバン少将は素晴らしい才をもった為政者である前にこの国の軍人でございます」
グリゼリフ王はその言葉に目を閉じて高い背もたれに頭を軽く打ち付ける。
たったその一言でグリゼリフ王は自らの思い違いを痛感し、それを恥じた。
数秒の沈黙の後で王は目を開き、カールを見る。
「そうであった・・・。我らの理想を灯した軍人であったな・・・。王族に対する忠義・・・まさに見事である」
「故に私はあの者の評価を改めることは致しません。それを改めることこそ我らの理想を揺るがせることになります」
「ああ・・・感謝致す、カールよ。よくぞ言ってくれた。ならば我らの理想の火を絶やすことは許さぬ。直ちに討伐海軍を援軍に向かわせよ」
カールは僅かに眉を潜めながら疑問を口にする。
「王国海軍ではなく討伐海軍ですか?」
討伐海軍。
それはルーン王国沿岸部に出没する魔物を討伐するための討伐軍である。魔物自体の多くは海軍本隊が討伐するが、海軍における素行の悪い者を寄せ集めた部隊として存在する。遊撃のように各地を転々として、海軍よりも機動性を持ち、沿岸部を渡り歩くことから蔑称『渡り鳥』と呼ばれている。
ほとんどの仕事が海軍が取りこぼした魔物の討伐や、小規模な被害を受けている漁村への派遣、海軍本隊の下請けのようなものだ。
海軍本隊を動かすよりも行動が素早いが、戦力は海軍の十分の一しかない。
カール公はそんな討伐海軍を派遣したところで海賊の討伐にはならないと疑問を抱いたのだ。
疑問を浮かべるカール公に対してグリゼリフ王は頷き答える。
「うむ。第一の任は、シャルルの海軍を引き返させること。海賊の討伐は目的ではない。そして第二の任は、シャルルの海軍が甚大な被害を受けた場合、グラシャスに寄港させずベルーノへ戻させること。そして第三の任はその海域一帯の遭難者の救出」
カールはそのグリゼリフ王の言葉を深く考えながら納得する。
それはつまり、シャルルが敗退した場合フッザラー勢力に王国海軍の戦力低下を隠すためだとカールは理解する。
グリゼリフ王が最も警戒しているのは今フッザラーに勝てると思わせないことだ。例えそれが、海軍の撤退という汚名を被ってでも。
汚名は後からいくらでも書き換えることが出来る。
シャルルが被害甚大でも海賊に痛恨の一撃を与えたと宣伝すれば、その汚名は抑えられる。
第三の任はいわゆる口封じ。遭難した者に戦の恐怖でこちら側の悪評を言わさないため。
カールはそこまで理解して、グリゼリフ王の指示に感嘆する。
やはり今の一瞬でそこまでの事を即座に決断するその力にカールは信頼の眼差しを送った。
「畏まりました。直ぐに任務を通達してまいります・・・が、もう一つ。リーンフェルト卿の叙爵の件。あれで良かったのですか?今は貴族院の反感を得るのは控えた方がよろしいかと」
黙っていたグリゼリフ王はカール公の質問に再び顎髭を撫でながら口を開く。
「よい。どうやらトランザニアが鉄の輸出を控え、食料の輸入を増やしておる。これは今まで通りから言うと戦の準備。この内部の情勢が逼迫している現状で、軍を裂くことが出来ぬ。故に余が出来ることと言えば、才ある若者に権力を与えて士気をあげることのみ。トルイが軍の若い者達の憧れとなり、士気を上げ更なる活躍をうながすことだ。それに今の貴族院はそれどころではない。何処につくかで皆必死であろう」
「確かに・・・。今はどこも浮き足立っております。あらゆる貴族が立場の表明を差し迫られております。畏まりました。それでは私はこれで失礼致します」
「うむ。頼むぞ、カールよ」
「お任せください」
その言葉と共にカール公は立ち上がって、執務室から退出していく。
グリゼリフ王はその後ろ姿を見送って、椅子に身体を委ねて大きくため息をついた。
そこには王ではなく疲れた壮年の男の姿があった。
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