王都への旅立ち
旅の準備は着々と進む。
荷物は運ぶ荷馬車二台に乗せる。ほとんどはアフロ―ディア一座の服と父上の服が荷馬車を占めている。結局一座の皆は全員分の織物を送ってきてデザインを描いてくれた。
リアさん達に渡す服と商品の服を数着用意しているので数にしたら100着ほどになる。これを普通に売っても楽に金貨200枚は行くだろう。もしそれが一着当たり金貨10枚なら・・・2000枚。日本円にして二億だ。
二億か・・・。王都で家も買えるし、やろうと思えば事業だって起こせそうだ。リーンフェルトの織物産業で働いている人達には既に賃金が支払われているのでこれを売って生活費に充てろと言われたが、ありすぎる気がする。10年間ぐらいは無職で暮らせてしまう。
ラライラ王立学校の貴族課の入学費はとんでもなく高いので年間金貨100枚は飛ぶ。寮と食事は全部その内訳に入っているがそれにしたって高い。
まあそれを差し引いても十分にやっていけるだろう。ちゃんと売れればの話だが。
その辺はなんとかなるはずだ。
服は雨に濡れないように厳重な木箱へ丁寧に入れられて封をされる。時々ラミグラスさんが奇声を上げて、服を詰める作業を注意したりするのを眺めたりして時間を潰した。
俺の服もリクエストしてラミグラスさんに作ってもらった。地味ねとか言われても気にせずに装飾がない黒い上着を何着か。シャツやズボンも木箱に入っている。学校は制服があるらしいが、入学時に支給されるので今はない。
入学式には一番フォーマルなものを着ていこう。
服やら何やらは俺が準備せずともしてくれるので気楽に待っていればいい。
俺は旅の支度を進めた。
水を保存できる大きな革の水筒と馬の上でも飲める小型の革水筒、雨よけの天幕、毛布、マルックの雨合羽、防寒用のイススの毛皮、火打ち石、矢筒3本と矢100本、矢修理用の道具と交換用の弓弦、小型研ぎ石、ボロ布5枚、縄5束、天幕の木の柱4本、打ち込み杭6本、靴の修繕用油、常備薬と魔法薬、ツバの広い帽子、肉料理用の鍋、薄い鉄の小型フライパン、木のコップ、鉄のフォーク、暇つぶし用の本3冊『トリアルバンの冒険』『魔法習得のため初級基礎概論』『軍事概論』、書簡の束、ヴァルゲンさん直筆の紹介状、入学式の案内状、身分証明書などなどだ。
正直こんなにもいらないのだが、心配性のエンリエッタが勝手に荷物として用意している。紹介状と身分証明書があればハスクブル公爵家の勢力内ではどこでも領主あるいは代官が無料で泊まらせてくれるので冒険の旅みたいな道具はあまり必要ないのだけど。
まあ、荷物は全部馬が荷馬車で運ぶので俺はブーケファロスの上で身軽に旅が出来るからいいけど。
ヴァルゲンさんは俺用の馬車を用意するとか言っていたけど断った。
一ヶ月間も馬車に揺られていたら身体が鈍ってしまう上に暇すぎる。馬車は揺れがあるので落ち着いて読書ができない。それだったらヴァルゲンさんの騎士の人達と会話しながらのんびり旅の風景を味わっている方が楽しい。
あと、ヴァルゲンさんから借りているアーコラスも一羽連れて行く。王都まで連れて行けば、アーコラスで辺境都市オークザラムとリーンフェルト領の連絡が取れるようになる。
アーコラス持参の貴族の子弟も結構いるそうだ。だけどほとんど伯爵以上の嫡男が持つようなもので男爵程度の者が連れて行くことはほとんどないという。
男爵は基本的にそこまで資産をもっているわけではない。普通軍人の男爵や子爵程度ならどんなに頑張っても50歳ぐらいになって少佐や中佐止まりがほとんどで父上のように大佐クラスになることには殉職の二階級特進以外希だそうだ。伯爵でも少将ぐらいなのに父上は異例の出世を遂げている。中佐辺りから上は爵位が物を言うようで一つ階級を上げるのにはもの凄い努力と武勲が必要になる。
こうして聞いてみると父上って凄い人なんだと痛感する。
平民から貴族、貴族から領主、それも大佐クラスの軍人。ルーン王国の国民にとっては大出世した成功者なんだろうなぁ。
それも全部母上を思ってのことだから余計に凄く感じる。
王都で一緒に歩いたらサインとか頼まれるのだろうか?不思議だ。
俺は部屋を整理しながら旅支度をして、残りの時間を村や母上達と過ごした。
その時間は本当に楽しい。
村の人達と一緒にエールハウスで夕食をとって歌を歌い合ったり、賭け事をして楽しんだり、屋敷の庭で警備の兵士達の訓練に混じったり、母上達やラミグラスさんとお茶会をしたり、ルクラ邸で昼食をとったり、川に釣りをしに行ったりとのんびり過ごす。
領民達は気さくに話しかけてくれて、日々の困ったことや子供のこと、暮らしの先行きの希望などを俺に聞かせてくれる。子供の名付け親になって欲しいと言われたときはちょっと吃驚したが男の子だったのでアーサーと名付けた。アーサー王伝説からその王の名前をつけた。この地にアーサー王伝説なんてないから誰も分からない。ランスロットやパーシヴァルにするか悩んだが、やっぱりアーサーと名づけたほうが気前がいいしね。
そんな風に過ごすとあっという間に時間が過ぎていき、俺は旅立ちの朝を迎える。
朝早くから母上達がドタバタとあれを持ったか、これも持って行きなさいとか、エンリエッタが騎士の兵士達40人分のお弁当を作って俺に持たせる訳だ。
屋敷の庭には各村長達が集まって俺を出迎えてくれた。
母上達や村長達、トルエスさん、アンやベルクと一緒に村まで下りると領民達がたくさん出迎えてくれる。
トックハイ村の全員だ。彼らは自分たちの食べ物よりもずっといい物を用意して俺を迎えてくれる。
白パン、塩漬け肉、干し肉、干し果物、一番できのいい蜂蜜酒、籠いっぱいのラスクート、時にはお金まで。
彼らの思いが詰まった物に俺は涙を流しそうになった。
こんな風に温かみの溢れる物を送られての旅路。そんな経験がない。
どんな感謝の言葉を言えばいいか分からなかった。
俺は戸惑い母上を見る。
そこには満面の笑みと自信に溢れた母上の美しい顔があった。
これで分かったでしょう?と聞くように笑っている。
そうだ・・・。
これが領民達に愛されるということなんだ。
故郷で俺がしてきたことの証であり、故郷の人達の愛なんだ。
人を愛することの出来る領主になろう。騎士になろう。
そんな思いが俺の胸に溢れる。
「ありがとう、皆」
俺はそんなありきたりの返事しか出来なかった。
だけどその一言に皆が満足そうに笑う。
それだけで俺は嬉しかった。
「さ、そろそろ行かねぇと護衛の騎士様を待たせてちまうぞ」
俺の隣にいたトルエスさんがそう言って領民達の挨拶を止める。
俺はトルエスさんみたいな騎士になれますか?秘めたる思いを誰にも言わずにただ守り抜くような騎士に。
「ゼン様、私からもこれを」
近くにいたアンがおずおずと手を差しだし、俺に小さなお守りをくれる。巾着に入ったようなお守りだ。
「ありがとう。アンも元気でね」
「はい・・・。ゼン様のお帰りをお待ちしております」
その様子を優しげに見ていた母上が声を上げる。
「よかったわねゼン。女の子からの贈り物よ。大事になさい」
「はい、母上」
そう言いながら村の西の出口へと向かう。
そこには荷馬車の周りを囲むような騎士達の中で鉄の胸当てと革の鎧を着込んだアルガスがいた。
およそ三年ぶりに見たアルガスの姿は頼りがいのある男になっていた。
顔つきが変わっている。自信に溢れた兵士、体つきはそこまで変わっていないが、鎧から見える引き絞られた筋肉は強靱になっている。今の俺が試合をしても体重とリーチの差で勝つのは難しいだろう。小手先の技術ではなく格闘技までを習得しているような重心移動に腰の落とし方。精悍さは増して、逞しい男の色香すら帯びている。
表情が違うだけでここまで色男になるとは思ってもいなかった。また鎧姿が様になっている。
ルクラは少し眉を潜めて、アルガスの母親とベルク、アンは嬉しそうに兄の元へと駆けていく。
「兄貴!来てたのかよ!」
「お兄ちゃん!」
二人の嬉しそうな顔を見ると俺も安心する。
俺はアン達に遅れてアルガスの側まで行って声をかけた。
「アルガス、お帰り。もう軍役は終わったの?」
アルガスはアン達に向けていた笑顔を真面目な物に変えて、その場に跪いた。
「はい、ゼン様。従者と警備の件誠にありがとうございます。誠心誠意を持って勤めを果たします。それと王都までの道中は私も護衛兵の一人としてお側に控えますので何なりとお申し付けください」
「アルガスがいてくれたら心強いよ。道中で修行の成果を見せてくれ」
「はっ、不肖の身でございますが、お役に立てれば嬉しく思います」
「ま、任せたよ」
ちょっと俺は尻込みしながら答えた。
ヴァルゲンさんのところで鍛えてもらう前はもっと気さくな感じだったんだけど、今は真っ直ぐすぎて気後れしてしまう。
一体どんな訓練をしたんだろう?
「ゼン卿、アルガスと共に私が護衛隊長を勤めます」
その横から騎士ローディウスが頭を下げながら声を上げた。
磨き抜かれた白銀の鎧にヘルムート辺境伯の雄牛の紋章が縫われた青いマント姿の精悍な騎士がそこにはいた。
アルガスの師匠に当たる人だと思う。
俺はこれから一ヶ月以上を共にする隊長なのでなるべく気さくに話しかける。
「ありがとう。でもヴァルゲンさんも味なことするね。アルガスの事は一切知らされなかったよ」
「主はゼン卿を大事にしておられます。それ故の戯れと思い、お許し戴きたい」
「あ、うん。そうだね。喜んでいたと伝えて」
「はっ」
別に責めている訳じゃないんだけどな・・・。ちょっとローディウスさんには冗談が通用しないと思っておこう。
「さあ、ゼン。そろそろ行きなさい。皆を待たせてはいけないわよ」
母上が微笑みながらそう言った。
エンリエッタがさりげなくブーケファロスの手綱を俺に握らせる。
「はい、母上。エンリエッタもありがとう」
「ゼン様、お気をつけて」
エンリエッタが短めに挨拶をする。
俺はブーケファロスの背に乗って、馬上から見送ってくれる人達を見た。
誰もが笑顔でこちらを見ていた。
俺は息を吸い込み、見送ってくれる人達全員に向かって聞こえるように大声を上げる。
「では、このゼン・リーンフェルト、行って参ります!」
その言葉と共に村を震わせるように見送りの声が上がる。
護衛の兵士やブーケファロスが村を後にして見えなくなるまでその声が暑い日差しの向こうから聞こえた。
ちょっと寂しいけどまた笑顔で帰ってこれる。
その日までに俺はもっと大きくなって、そして故郷に帰って彼らに自慢するんだ。
俺が何を見て、何を学んだかを。
その日を空に描きながら、俺は王都の旅路に飛び出した。
第四章 少年期編 王都までの道のり 完結




