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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第四章 王都までの道のり
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笑顔の意味

オリエル・ギュスターフはあの後領地から姿を消した。

元々旅の吟遊詩人だけあって、彼がいなくなっても誰も気にしない。聞こえてくるのは歌が聴けなくて残念だということぐらいだ。

リアさんには悪いが、吟遊詩人は注意しないといけない職業になってしまった。得体の知れない人が多そうだ。

母上は折角の娯楽がなくなったことに大いに不服そうだったが、あんな人を母上達がいる屋敷に連れて行けるわけがない。リューベルンの弦が切れて歌えなくなって帰って行ったと納得してもらう。


俺は彼の権能について考える。

あの時、確かに『音』が消えていた。そして彼が離れているのにもかかわらず耳元で囁かれたような感覚。

彼の力は『音』にあるようだ。

音は振動。

彼はその振動を自在に操れるのかも知れない。そう考えると、その力の多様さは計り知れない。

音を消して俺を監視していたように一定空間内で音を遮断したり、音の空間を飛ばして俺の耳元で音を出すような遠距離伝達。ここからは推測に過ぎないが、自在に音波衝撃波を発生させたり、音圧を上げて聴覚を麻痺させたり、エコーのように音を拡散させて空間を把握したりとその多様性は多岐にわたる。あまり信じたくはない力だ。

ゼルの『光』、ヴァルゲンさんの『血』、ジャン中隊長の『鏢』、オリエル・ギュスターフの『音』そして父上の『土』。

俺が見てきた祝福持ちの能力。それはやはり通常の人間が越えられない所にある。


優しくない世界だなと思ってしまう。

だけど面白い。自分をいくらでも試すことが出来る。この力の全てを使い果たして越える壁を見上げることが出来る。


ヴァルゲンさんなら二つ考えられる血と血の蒸散をどうにかすればいい。

まず血を分解する方法を考える。

血には様々な成分が含まれている。代表的なのは血の赤を作り出すヘモグロビン。これはつまりタンパク質だ。タンパク質を分解するのはプロミラーゼという酵素で、その酵素を含有する物を使えばヴァルゲンさんの血に対処できる。プロミラーゼはショウガやパパイヤといった植物にも含まれている。ただし、彼が能力を発動するよりも前に大量にぶっかけないといけないのが難しそうだが。酵素といえども一瞬で分解できるわけではない。

酵素以外にも酸やアルカリといったものでタンパク質を溶かすこともできる。弱い酸では効果が薄いので強酸や強アルカリを用意しないといけないのでこれはまだ具体的には手段が思いつかない。王都には錬金術師も存在するので期待はできる。

もう一つは、血が皮膚から蒸散しないように油をかけて油膜を張る。ワセリンで草の蒸発作用を抑えるような感じだ。これどこまで効果あるかは試してみないとわからない。それがあまり効果がなくても火をかければタンパク質は変性する。変性すれば血のタンパク質も失活する。これでも効果があるだろう。

ジャン中隊長は鏢が厄介だが、防御力はただの薄い金属の板でしかすぎない。罠にかけて大量の土砂なり、火をかければなんとかなりそうだ。

オリエル・ギュスターフはまだ情報がないので思いつかないが、確認したいことが二点ある。音は振動だけど彼が操れるのは空気の振動なのかと言う点。これが水中の時に権能が使えないのであれば川に落とすなりして水の中で絞め殺す。あとは、リューベルンを弾かないと発動できないのかという点。彼は能力の発動時にリューベルンを弾いていた。弾くことが必要ならば楽器を壊せばいい。あるいは楽器を弾けない状態、寝込みや情事などの人が油断しているときなどを狙う。

まあ、全員に言えることは毒殺すればいいんだ。


・・・。

止めよう。禅のように考えてはいけない。

それはあまりにも残虐で卑怯なやり方だ。

俺は彼の知識を借りてゼン・リーンフェルトとして生きている。彼のやり方と同じ方法をする必要はない。


俺はヴァルゲンさんにオリエル・ギュスターフという人がハスクブル公の命で俺を調査に来たことを手紙書いて出した。彼の手紙の情報からするとハスクブル公はルーン王国の中枢にいて、陛下と共に政治を行っているらしい。陸軍の実質的なトップであり、諜報機関を使うこともままあるそうだ。子飼いの諜報員を通して、ヴァルゲンさんの推薦が正しいかどうかを調べに来たかも知れないとのこと。

そう言ったことをするのは分からなくはないが、気持ちのいい物ではない。もし会ったたときには軽く皮肉でも言ってやろう。

そう思って俺は溜飲を下げる。


そしてまた開発と村の運営や訓練、心鉄鍛錬に没頭していく。

春が来て、草木が芽吹き生命があふれ出し、領民達が畑仕事や織物に精を出す。

オークザラムから工事の人達や、クリューベから技師がまたたくさん来て領地は活気づく。堰や水門は順調に進んで水車小屋が完成すると俺は水車の開発に着手した。

考案した上げ下げの水車は技師達とともに日夜遅くまで相談して一緒に作った。

様々な問題があるが、やはり水車を専門的に作っている技師達は優秀だった。俺のアイディアを元に改良と問題点の解決をしてくれる。

川床に支柱を敷設して水車を囲い、水車を持ち上げる機構が完成する。持ち上げるためには水車はあまり大きく出来ないので四台で動力を賄うことになった。

紡ぎ機2台につき水車一台だ。全部で紡績機8台。これは技師達には秘密なので各村の領民達の中から大工とその手伝いを雇い作り上げる。

水車を木のチェーンで水車小屋の天井に設置したシャフトを連結し、動力を確保する。木のチェーンは自転車のチェーンのようなものだ。効率よく水車の力を伝達するためには縄やロープでは足りなかった。シャフトには小さな歯車を作り、それもまた木のチェーンで紡績機の弾み車に連結させる。

後は紡績機を作れば完成。

紡績機側の水門を先に作っていたので、そちら側を開けて試運転をしてみる。


まあ、色々と問題はあるよね。水量と勢いが強すぎて水車が回りすぎたり、水門側前二台、後ろ二台という位置にあるために後ろ二台が勢いが弱くなって上げ下げの調節が難しかったり、木のチェーンが細すぎて壊れやすかったりと。その辺は領民達に任せた。俺がいない間に修理などもしないといけないので彼らにも紡績機の熟知のために問題を投げたのだ。困った顔をしていたが、質問されたら答えるようにして任せているとなんとか形になったと思う。


その間に俺はトルエスさんと経済特区の相談をする。要綱をまとめて、段階的な織物の価格の引き下げや従事者への賃金の引き上げや、売り先、利益の分配等などが書かれた契約書を作成する。契約書自体はこの国の書き方もあるのでトルエスさんに任せることにする。


そして、使徒ヨバルの月、7月になった。

川の工事はまだ終わってはいないが、水車開発のために水門と水車小屋はできている。

縮絨機械と粗糸作りの機械は技師達と領民達とで作っていた。

縮絨機械は、背の低い風呂の浴槽みたいな囲いを土や小石で遮水性を高めて、そのプールに浸かった織物をハンマーで叩くような機械だ。

粗糸の機械は水力ハンマーの先に幅広の板にたくさんの針といってもノコギリの刃ぐらいの大きな刃をつけて打ち下ろすようになっている。広い台の上に打ち付けられる刃が繊維を解して、圧縮して羊毛をカーペット上に伸ばす。問題は怪我がしやすいのと機械作業なのでどうしてもカーペットというよりはクレープのように丸くなってしまう。逆にそれを利用して、クレープ状の粗糸の束を周りからハサミを入れて、一本の粗糸のようにするようにした。これまでのように何本もの粗糸のベルトを一々切ってつなぎ合わせずとも出来るので作業は簡単になった。


そうして俺はなんとか完全に水車の開発から離れられる。

王都の入学は10月。春麦の収穫が終わった時期だ。

それまでに王都にいなければならないので入寮の準備やらマリアーヌ公爵夫人への挨拶やらで使徒イスラ月の8月中頃には領地を離れないといけない。

王都までの旅もあって俺は一ヶ月間色々とあれこれと準備をし始める。


ちなみに旅に父上は同行しない。

任務地であるエーロック砦から離れられないのだという。ギリギリまで任務に就いて、俺が王都に到着するときに合流する。ゆっくりと父上と二人で旅をするのも憧れたが、任務であれば仕方がない。

俺の旅に同行する兵士はヴァルゲンさんところが出してくれる。俺の身の安全はヴァルゲンさんにとっても政治的な理由から重要なので騎士40人の護衛がつくらしい。

騎士40人て・・・。中には祝福を持った騎士もいるのでちょっとした中隊規模になるかもしれない。

俺はただ待ち合わせの場所に行って、彼らの指示に従えば安全に王都につくって訳だ。

こちらが準備する必要がないのでとても楽。まるで貴族になった気分だ。

まあ貴族なのだけど最近は土木作業員の頭領みたいな気分だったので違和感すら覚える。


そしていいニュースと悪いニュースがある。

いいニュースは父上が叙爵されるということだ。理由は長年エーロック砦でトランザニアからルーン王国を守っていることが主なものだが、今後のトランザニアとの戦を見据えてだろう。ヴァルゲンさんは既に結構な歳だし、戦の起こりやすい東の国境で数々の武勲を上げた力ある者に任せようという魂胆なのかもしれない。丁度、俺の入学で父上が王都にいる間に陛下から直接叙爵を授かることになっている。

あと悪いニュースとは早速紡績機の開示を求められた。予想していたことだがやはり顔を顰めてしまう。

俺は紡績機の秘密を守るように努力したが人の口に戸は立てられぬ、だ。どうやら紡績機という具体的な内容は秘密を守れているが、織物の生産力を格段に上げたとの噂が貿易商人達から王都へ、そして陛下の耳に入り、叙爵の時に話を聞かせて欲しいとのこと。他の領主や貴族ならノーと言うつもりだったが流石に国王に聞かれては答えるしかなさそうな気がする。


無視してもいいかな?いや、無理だろうなぁ。

ヴァルゲンさんとの手紙のやり取りでは、どうやら俺の紡績機が更なる叙爵に役に立つと言っていた。あの機械を使えば、国家への貢献度から確実に伯爵クラスの爵位を得られるという。ルーン王国やハスクブル公爵家への影響を考えずにヴァルゲンさんと協力して、産業を興していけばそれぐらいの事は出来ると思う。だけど、現在のルーン王国の内情から言って彼らを敵に回すのは苦しい。結局のところ父上やヴァルゲンさんは陛下の軍隊の一将校だし。

とは言え、全部話してしまえば領地の将来にとって嬉しくはない。

陛下に紡績機の事を話すのは概要だけにしよう。具体的な機械の原理を問われたら誤魔化してその場を濁そう。


今回のニュースは多分、王国とハスクブル公爵側が俺の婚姻に一考の価値ありとして準備を進めているだけなのかもしれない。父上の叙勲と俺の紡績機はその足がかり。もし、王国側が俺のことを高く買ったときには俺の紡績機を理由に叙勲して伯爵位ぐらいまでは爵位を上げる可能性がある。そうなると少しは婚姻についても具体的になってくる。王都の貴族達は父上の叙爵にいい顔はしないだろうけど父上は辺境の地で任務についているし、家族はリーンフェルト領だ。父上の爵位だけが上がっても王都の中枢に来ないとわかれば無用な争いはしないかもしれない。感情的なのは置いておいて、王都の貴族が欲しているのは王都での役職だ。国境の田舎でどれだけ偉くなっても嬉しくないはず。もし田舎でも偉くなりたいという人がいれば、彼らは領地に戻って統治を代官から奪っている。


俺の状況はまた一歩ややこしくなっている。

王国とハスクブル公爵、貴族間の睨み合い、婚姻、紡績機、そして祝福という禅の記憶。それらのバランスを取りつつ上手く立ち回るように王都で三年間生活しないといけない。ちょっと考えるだけで頭を悩ましてしまうけど俺はそれも楽しいと思った。

国王やハスクブル公との直接謁見できればその人柄を見ることができる。俺や家族、リーンフェルト領を取り巻くルーン王国の最重要人物達。俺たちの将来を握る人達だ。それをこの目で見ない限りは今後のことも予測できない。

貴族間だってこの国の内情を知るためには重要だ。彼らの流儀や人柄でこの国が動いていることも事実だし、そこに俺が飛び込むとなれば敵を知ることは必要だろう。

婚姻は純粋に面白い。俺がこの国の上に駆け上り、状況によってはこの国の行く末を決めれる。禅が望んだ野心をこの命が続く限り燃やせるかもしれない。

紡績機はこれは俺の血の流れない武器になる。経済を大きく変える可能性がある。もしかしたらこの技術さえあれば王国を鑑みずとも上を目指せる。技術は為政者にとって大きな武器だ。その価値で俺の自由が保証されることだってある。

祝福に関してはもはや考えまい。これは考えても仕方のないことだ。時が来れば目覚めるかもしれないというだけ。


それらのことは別段ややこしいだけで不安とは感じない。

状況に晒されれば、なんとか解決できると自信を持っている。持っていなかったら婚姻の話よりも前にグラックの襲撃の時に逃げ出している。

それ以上に心配なのは・・・。

ちょっと情けない話だが同年代の人とどうやって喋ればいいかわからないという点だ。俺になる前の禅やゼンも苦手としていたことだから俺にはあまり自信がないのだ。

学園は一年目は貴族であろうともルームシェアをして協調性を高めるなんて言われている。同室の人と仲良くやっていけるのかが不安だ。


でも今は全部忘れることにする。

あれこれ悩んでも仕方がない。悩むだけ無駄だ。

入学までの一ヶ月間は、ゆっくりと過ごすことにした。しばらくは見られなくなってしまう故郷の景色を目に焼き付けるために午後は散歩したり村の人達と息抜きに狩りにいったり、織物の作業風景を眺めたり、遠出してトスカ村まで視察にと言う遊びをしたりして過ごす。




晴れた七月は今日もいい天気で気温が高くなっている。少し運動しただけで汗ばむ陽気。

母上、エンリエッタ、アンと俺の四人は昔にアンと一緒に来たロースィップの花畑でピクニックをしにきた。ラスクートやパン、ベーコンや卵焼きが詰まった籠と母上達が飲む自家製の蜂蜜酒、俺とアンのパイスの果実水の詰まった革袋を持って気持ちのいい空の下で昼食をとる。

白い小さな花をつけたロースィップは絨毯のように丘一面に広がっていて、その丘の上に一本の木が立っている。たまに考え事をしに一人で昼寝しに来たりするが、誰かと来るのは久しぶりだ。母上は上機嫌にエンリエッタが敷いてくれた絨毯のような布に座り蜂蜜酒を飲んでいる。エンリエッタは籠から皆の分の食べ物を分けている。アンはそれを手伝ったり、ちょっと手が空くと花畑を眺めたりしている。

さわさわと花畑に波紋を作る風を感じながら俺は彼女達と過ごす時間に感謝をする。トルエスさんやラミグラスさん達も誘ったのだが、家族との時間はなるべく邪魔したくないと言って断られた。二人とも忙しそうだったし、無理にとは言わなかったが。ラミグラスさんなんてリアさん達や父上の服が完成間近らしく血走った目で作っていた。ちょっと誘うのも気が引けた。何日寝てないんだろう?


「ゼンももうすぐ王都に行っちゃうのよね・・・あまり実感がないから寂しくないけど、旅立った後はどうなるのかしら?」

蜂蜜酒の入った木のコップを両手で包むように持ちながら、母上はそのお酒を見つめながら静かに言った。

俺は少し黙ってしまう。母上が何だか少し小さく見えてしまったからだ。

エンリエッタ達は母上に少し気遣うような顔をしているが黙っている。

一陣の優しい風が通り過ぎていく。

母上はお酒から目線を外して、俺を見ながらちょっと陽気に笑った。自らを励ますように。

「もう一人子供を産もうかしら?今度は女の子がいいわね」

「そう言うのは俺に黙っててください。だけどなんで俺だけなんですか?貴族なんで子供は多い方がいいのではないのですか?」

母上の言葉に俺は変な想像を振り払いながらも前から気になっていたことを聞く。

母上は大切な事を話すように微笑みながら答えてくれる。

「特に理由はないのよ。貴方が生まれたときに、貴方を初めて見たときに旦那様と話したの。この子がちゃんと一人前になるまでは精一杯の愛情で育てたい。だからもう一人はこの子がちゃんと一人でやっていけるようになってからって。それにエンリちゃんのこともあったし」

俺はエンリエッタを見る。彼女は黙って母上の話を聞いていた。その顔は何時もの顔だが、母上達の思いを知っているのか少し口の端が微笑みの形になっていた。

「エンリ・・・聞いてもいい?母上に何故かって」

「もちろんです。私の事はお構いなさらずに」

落ち着いた声でエンリエッタは俺に向かってそう言っていた。言葉こそ硬いが、なんだかその話を俺に聞いてもらいたがっているようにも思えた。

俺はエンリエッタを微笑んで見つめる母上に視線を戻す。

「母上、エンリがどうかしたのですか?」

「エンリちゃんはね。エスカータル子爵の三女なの。貴族だからって全部が全部そう言ったことじゃないけど・・・あまりいい家庭ではなかったらしいのよ。だから私達は貴族だけど貴族らしくない。温かい家庭をね、作ろって旦那様とエンリちゃんと話したのよ。私達は子供ができたらその子が大きくなるまでその子だけに。それに旦那様は、どんなに歳を取っても私を愛してくれるって」

照れたように顔を赤らめる母上が語る話に俺は甘すぎて咽せそうになる。


でもやっぱり凄いな。これだけ相思相愛な夫婦を俺は知らない。

何があっても父上は母上だけなのだろう。エンリエッタなんて綺麗な女性がいるのにも目もくれず。

ただ母上のためだけに、この地を守り、この国を守る。全て愛するただ一人の女性のためだけに、その人を守るためだけに。

本当は父上はずっとリーンフェルト領で母上と一緒に過ごしたいはずなんだ。だけど父上は知っている。母上と一緒にいられるのは自分が軍人であるからだと。軍人として貴族になって、母上を勝ち取ったのだと。だからエーロック砦を守る。軍人としての価値を高めて、強固に母上を守っているのだ。

俺でも分かる。母上は美しい。こんな人が平民にいれば、貴族達が放っておく訳がない。

そのために彼らと同じ土俵に駆け上がった。

もしかしたら、それを手伝ったのがトルエスさんなのかもしれない。

彼は父上と共に軍に入り母上を・・・。


ちょっと待てよ。


オークザラムでリアさん達の公演を見た後の楽屋裏を思い出す。

リアさんは父上のことを英雄ではないと言った。リアさんと同じように愛に生きる人だと。それはわかる。

そして、トルエスさんのことはなんと言った?

情熱の愛が陰っている?

ラミグラスさんとのお茶会でも彼は秘めたる恋とかなんとか言っていた。あのときはラミグラスさんの何時もの奇行だと深くは考えなかったが・・・。


もしかして、トルエスさんは母上のことが好きなのでは?

夕食を誘っても来ないのも。

ずっと独り身なのも。

そして俺たちをずっと守って、俺の側で助言をくれるのも・・・。

全て辻褄が合う。

彼はずっと母上のことを見守ってきたのだ。

何も言わずに、あの散らかった屋敷で一人領地のことを夜遅くまで考えて・・・そして母上のことを思っていた。

そのことを誰にも言わず、ただ黙って母上を思い守ってきた。

彼ほどの才能があればいくらでも妻を娶ることも出世することもできる。それをすべて投げ打って母上の、俺たちのこの貧しい辺境に来た。


なんてことだ。

これまでの人生を母上のことに賭けてきた人の場所に、その彼の元に息子の俺が何も知らずに行く。

何も知らず、何も気遣いもせずに母上達との事を話したり、父上と母上の様子をずっと喋っていた。

なんて馬鹿なんだ俺は・・・彼がそれをどのように聞いていたのかも考えないで。

そのときは決まって彼は何も言わずに一口お酒を飲んで、しょがないなぁとか、まあいいじゃねぇかとか気楽に言って笑っていた。

その笑顔の意味は・・・。

その笑顔の意味は、本当は寂しさだったんじゃないのだろうか?

寂しさに耐える彼の強さだったのではないのだろうか?

強くて優しい・・・俺たちの代官の姿だった。


ああ、トルエスさん。

貴方はなんて強い人なのか。

貴方は代官になった。

軍人だったトルエスさんの行動は、父上が不在のこの地で父上の代わりに母上を守るためだったんですか?

あの大きな屋敷で一人過ごすのも母上だけを見ているからですか?

俺が問題を抱えて悩んでいたときにそっと助言をくれるのも母上とその息子である俺たちを守るためだったんですか?


貴方の愛はなんて強くて、優しくて温かい炎なんだろう。

愛する人が親友の妻となっても、恨まず妬まずただその愛を守り抜く。

その純潔で愛に溢れた温かい炎に俺は敬服します。

優しい貴方を心より敬愛します。

トルエスさん、貴方は鎧は纏わずとも立派な、愛に溢れた騎士です。

その身を愛する人に捧げた騎士。

父上と同じように強い騎士です。

貴方たちは二人は、その身を捧げた母上の騎士であり、俺の憧れる騎士達です。


「ゼン・・・どうしたの?泣いているの?」

「あ・・・」

俺はその言葉で自分の頬に触れて初めて涙を流している事に気づいた。

母上達はその俺に心配そうにこちらを見ている。

俺は涙を拭いながら答える。

「愛って凄いなって思ったんです」

母上は微笑みながら俺の側まで来ると俺の涙跡を優しく撫でてくれる。

「そう。ゼンもきっとそんな風に大事な人を愛せるようになるわ。その涙が何よりの証なんですもの」

「俺もそんな風に・・・人を愛せることが出来るのでしょうか?」


いくら戦いで強くても、いくら領地を運営できても。

トルエスさんや父上のように真っ直ぐ人を愛すことなんて出来る自信がない。

そんな騎士になれるなんて・・・俺にできるのだろうか?

寂しさに耐え笑顔になれる強さを手に入れることができるのだろうか?


そんな不安がっている俺に母上は力強く笑みを浮かべた。

「大丈夫よ!だって貴方は、私達の子ですもの。エンリちゃんや、トル君、アンちゃん、他にだってまだいるわ。それに貴方を最後まで守ったゼルさんがついてるもの。リーンフェルトの皆が貴方を愛している。だから貴方もそれができる。私達皆が自信を持ってそう言い切れる。私が保証するわ!」

「ゼン様、私からも。自信をお持ちください。貴方は私の子でもあるのですから」

エンリエッタも静かに微笑んでそう言ってくれた。

「ゼン様は皆を、村を守ってくれました。だから大丈夫です」

アンも頷きながらそう言ってくれる。

俺はその言葉に彼女達へ笑顔を向ける。

「ありがとう、皆。このゼン・リーンフェルト。人を愛す領主、騎士になって戻って参ります」

「ええ、待ってる。どんなことがあろうとも私達は貴方を待っている。だからたっっっくさん見てきなさい。強くなってきなさい」

母上は満足そうに笑ってそう言った。

「はい」


その俺の答えと共に祝福したような優しい風がロースィップ畑に吹く。

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