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双望の継承者 〔 ゼンの冒険 第一部 〕  作者: 三叉霧流
第四章 王都までの道のり
102/218

『心鉄』鍛錬

朝が明けたばかりの冬の森の中で俺は毛皮と上着、靴を脱いでシャツとズボンだけになる。

雪こそ積もっていないが、水は薄い皮膜のような氷を張るほどの寒さだ。

冷気が直ぐに俺の身体を冷やして、肌の表面がまるで冷えた金属を押し当てられたように強ばる。鳥肌が立ち震えが身体を小刻みに揺らす。思わず脱いだ服をもう一度着直そうかという誘惑にかられるが、なんとか服を畳んで横に置いた。


昨日はトルエスさんの一言で反省した。

俺は最近感覚が鈍くなっている。それは戦いの感覚というのか、危機感というのか。それは分からないが、そう言った感覚が鈍くなってオリエルさんをそう言った人間であると考える頭がなかった。

感覚を研ぎ澄ませてどのような環境下でも対処する術の『心鉄』鍛錬を行っていなかった。


普段の訓練で身体を鍛え『皮鉄』はある程度できてはいるが、次の段階である『心鉄』はこれから鍛えなければならない。

『心鉄』を鍛えるのには寒い冬が最もいい。強い刀を作るためには何度も小槌を叩く必要がある。寒い冬はその厳しさから質の良い小槌となる。


ラインフォルト神斬流では『心鉄』鍛錬をするのに身体はいらない。

全て小さな脳髄の中で行われる。


寒い風に薄着で座禅を組む。パリパリと地面の霜を割って、足下から腰まで駆け上がる冷えの感覚を感じながら足を組む。

俺は目を瞑り、意識を身体へと向ける。


寒さはまず皮膚に伝わる。交感神経が体温の低下を認識し、体中の血管が収縮して肌が白くなる。皮膚表面の温度を下げて、体熱の放射を抑えて体温の低下を防ぐための機能。その次に、震えが来る。震えは口から始まり、徐々に四肢にまで広がる。これは筋肉の伸縮によって熱量を生み出し体温が上昇する。また身体は体温を上げるためにもう一つの方法がある。それは脂肪の燃焼。熱量を生み出すために脂肪を燃焼させ、身体の体温を上げる。

この二通りの方法が体温を上げるメカニズムだ。

急激な冷気に晒されると、真っ先に震えが来る。

だが、『心鉄』鍛錬ではただ無意識に身体を震えに任せてはならない。劇的な環境の変化があったとしても即座にそれに対応できる心と身体を作る。柔軟な心鉄が斬撃の衝撃を緩和させるように、環境という打撃を極限までに緩和させて支配する。

筋肉の伸縮を自らが支配し、身体の全体を支配する。毛細血管、毛の一本までを知覚できるほどの感覚を研ぎ澄ませて、最小限の伸縮で身体の震えを抑えられるように筋肉を自ら意識的に動かす。

素早く、身体を知覚し、支配。


震えがピタリと止んだ。

まだ不合格だが、この身体としては次第点だろう。


身体を意識下に置くことができたら、次は身体に向けていた意識を思考の地平線へと向ける。

簡単に言えば、イメージトレーニングだ。

真っ暗な巨大な空間でヴァルゲンさんとの一対一の戦闘を想定する。

禅の祖父、リオ・ラインフォルトの教えでは、『まずは敵の全てを目に焼き付けろ。髪の毛一本、睫の動き、筋肉の伸縮、足裁き、その靴に着いた砂の数までを詳細に目に焼き付けて、それを頭の中で再現しろ』

一分の隙もなく観の目で見た光景をその空間に再現する。

ヴァルゲンさんと初めて稽古した時を思い出す。


『革鎧姿。黒く染められた革の胸当てと籠手、他は白い麻のシャツに黒いズボンといった非常に軽装なもの。鍛え抜かれ、引き締まった大木のような腕や脚、重心が全くぶれない腰。対峙するだけで圧倒されてしまう姿』

彼の眼差し、表情、腕の位置、胴の向き、手の力み、彼の握る木剣の揺れ、足の位置取り

それらを全て描き出す。


次に、彼の動きを再現する。静の世界から動の世界へと世界を組み替える。

『木剣を頭上まで持ち上げる禅の世界での「上段の構え」、攻撃的な一撃を放つ強打の構え』

そのときの気配を描く。気配とはあらゆる動きと環境の総和。

『痺れるようなヘルムート伯の闘気と構え』

彼が動く。

『木剣を上段から振り下ろす』

その表情、視線の動き、腕の動き、身体の動き、足の動き、全身の筋肉と関節の有機的な動きという流れが作り出す剣の軌道を再現する。


ぴくりと身体が反応する。

日々のイメージトレーニングの訓練がこの時結実した。イメージだけで筋肉が無意識に反応する。

それは次に繋がる。

今度は俺の感覚を再現する。

もう一度ヴァルゲンさんが構えたところから、静の世界の始まりに立ち戻って、俺の動きと感覚を思考の地平の中で描く。

『八相の構え』

剣を顔の高さまで掲げて、そのときの感覚を呼び戻す。

長期戦に持ち込むために掲げ、地面の砂の滑りと固さ、重心のかけ方、腕を持ち上げる力、筋肉に僅かに命令を送り力みを入れた感覚から風が肌を過ぎ去る感覚まで。脳の限界まで絞り出して、そのときの記憶を思い起こし、状況を演算し、―――世界を生み出す。

思考の地平が一瞬にして、オークザラムの広場へと変わった。

訓練兵達の熱気と目線、彼らの息づかい、言葉を交わす囁き声、気温、風の流れと音、太陽のまぶしさ、空の蒼さにいたるまで。

世界が変わって、俺はあのときへとタイムスリップする。


次は言うまでもない。

完全なタイムスリップで俺はあの稽古の高揚と闘争心、歓喜に打ち震える。

ヴァルゲンさんの剣の高貴さ、木剣が鋭い音が荘厳に奏でる打ち合いをもう一度繰り返す。


ああ、なんていう幸福だろう。

なんていう高揚だろう。

歓喜が俺の血流を狂わせる。

もっと疾く、もっと鋭く、もっと高らかに!


夢中で戦い。

激しい息が五月蠅い。

思考の戦いで俺はじんわりと汗を掻いていた。

思考が無意識でも筋肉を動かし、発汗していたのだ。

あの時の戦いを倍速、三倍速、四倍速で再現する。

打ち合い続けて、全身が痛みすら幻視していた。


なんとかここまで成功した。

この鍛錬が一番不安だったが、無意識でも筋肉が動いたことで俺は安堵する。

禅がここまで動きを再現して、身体が無意識に反応できるまで十年かかった。この身体では初めてだったがなんとかできる。


俺は喜びを抑えて、次の段階に進む。

先ほどの鍛錬は思考の中に世界を作り上げることだ。その中で動き、それが実際の身体まで反応できるようになれば、イメージをした動きがそのまま身体を動かし、その通りに行動できるようになる。

次は、今いる世界を思考の世界に写し出す。

先ほどまで見ていた視覚から空、太陽、森の木々、草、地面、俺という身体。

限界まで視覚を再現する。枝や草一本、地面の石、砂まで。

冷気に触れる肌から温度、風の流れ、地面の感触、服の感触、身につけた物すべての感触。

限界まで感触を再現する。布一枚、地面の砂粒の凹凸、風の揺らめきまで。

息をする鼻から匂い、草木の匂い、霜の水の匂い、微かに香るカヴァスとブーケファロスの獣の匂い。

限界まで嗅覚を再現する。草木の種類、地面の湿った匂いまで。

空気の味から触覚を再現する。これは余りない。

風の音を聞く耳から、風が草木をこする音、森の音、カヴァスとブーケファロスの呼吸音。

限界まで聴覚を再現する。風が流れを変えときに鳴る草木の音の違い、服が僅かに立てる音、カヴァスとブーケファロスの心音まで。


五感から感じ取れる環境情報全てを思考の中で再現して、現実と全く同一の世界を思考の中で作り上げる。

作り出された世界では俺がいた。

俯瞰したカメラで自分を監視しているように俺が森の中で座禅を組んでいる。

俺が俺を再現する。視界の回らない背後からでも俺を『観る』ことができる。

つまりそれは―――観の世界の構築。


これもなんとか次第点。思考を緩めると直ぐさまその世界が崩れてしまう。

俺は意識の糸を張り、その『観の世界』を持続させる。


次は更に難しい。

今度は『観の世界』に意識を拡散させる。

意識を希薄化し、その『観の世界』全てに意識を行き渡らせる。

表現が難しいが、『観の世界』にある草木の枝一本や草一本が俺であるということだ。

空間のあらゆるところが主観となるように意識を薄くのばし、そこから『観の世界』で作り上げた思考世界が現実世界と同一化して、現実世界にも意識が転変する。

変転した意識は現実世界にも拡散している。

その境地は―――無我。


『観の世界』で現実世界を再現。

その世界は現実の環境情報が生み出している。

それ故に、その世界を完全なる物にし意識を拡散させれば、転じて現実世界に意識を拡散―――然るに無我へと至る。


『心鉄』鍛錬の極意は無我。

全空間を知覚し、あらゆる環境下に置かれても『無我』という最も柔軟な『心鉄』を目指し、

鍛え込まれ決して壊れない『身体』という最も硬い『皮鉄』を目指し、

それら究極の『皮鉄』と『心鉄』が組み合わさった者は一振りの刀となる。

折れず、曲がらず、究極まで研ぎ澄まされ神をも斬る刀となる。

その刀は無我故に意志がない。

こちらを殺そうとする敵が現れれば、意識なく斬る。

こちらを生かそうとする味方が現れれば、意識なく味方の武器となる。

不動、流転、無我の刀をこの身に宿す。


一つでも身動きしてしまえば崩れてしまう世界の危うさの中で俺は限界まで無我へと意識を拡散させる。

一秒が数時間、数時間が一秒。

時間の感覚が狂い、自分という存在が希薄化していく。


――――――――――

―――――――

――――

――

・・・!?


すかさず目を見開き座禅から回転の勢いで立ち上がりながら右手をゼルの剣の柄を握り込み、左手で腰の後ろに挟んである鏢を掴み鋭く投げる。

鏢は一直線に俺の右背後の木々の物陰に吸い込まれるように走った。

鏢の軌道を見て、一拍の後で俺は声を上げる。

「誰だ!?」


忘我の極地の境を彷徨っていると違和感を感じた。

それは俺の右背後にあるこちらからは見えない死角、匂いがこちらに流れてこない風下の方向。視覚を遮る木々の物陰には異常があった。

そこの場所だけ音がない。

ぽっかりと音の穴が開いたように、そちらの方角からだけ音がないのだ。

今の鏢も投げた後は木に刺さるか、地面に落ちて必ず音を鳴らすがそれもない。

その場所を睨みながら、剣をいつでも抜き放てるように構える。感覚を研ぎ澄ませて、どこから来ても対処できるように全方角に意識を向ける。


がさりと音がして声が上がる。

「これは参ったねぃ。まさか子供に気取られるとは俺っちも焼きが回ったもんだ」

そこにはオリエルさんが、頭を掻きながらもう片方の手でリューベルンを握っていた。

服装は昨日のまま。その表情はどこか罰が悪そうだが、微笑みを貼り付けている。

俺は足の重心を低くして剣の口を僅かに下げ走り出す準備をした。

「動かないでください。動けば敵と見なします」

「怖い怖い。とりあえず敵じゃないねぃ。味方でもないけど」

軽口を言いながらオリエルさんは両手を掲げて、降参のポーズをする。

その状態の彼から予測できる動きに対処するイメージをしつつ俺は口を開く。

「何者ですか?」

俺が誰何の問いを投げかけるとオリエルさんは何気ない風な顔をして、両手を掲げたまま考える素振りをする。


この人は明らかにただ者ではない。

物陰に隠れていた位置、風下に立つという狩人のような行動、それに今も俺がどんな行動しても対処できるように力を抜いている。

武器を投擲され、こちらが剣をいつでも抜けるようにしているというのにこの平常心はただの吟遊詩人なんかではない。


オリエルさんは思いついたように声を上げる。

「俺っちは情報屋みたいなもんさね。依頼人から坊やのことを調査してこいって言われてる。それにしても変わった稽古をするんだねぃ」

「こちらの質問だけに答えてください。誰からの依頼ですか?」

「坊やも偉く大物から気にされてるなぁ。大変だろう。でも安心してくれぃ。坊やに危害を加えるようなことは承ってないからねぃ」

ペラペラとよく喋る。

彼の言葉をそのまま鵜呑みには出来ない。彼は自ら道化を演じている。

俺は緊張を緩めずに彼に聞く。

「誰からと聞いています」

「んーまぁ、特に漏らすなとは言われていないから別にいいんだけどねぃ。ハスクブル公爵家カール・ハスクブルと言えば分かるんじゃないかい?」

俺はじっとその彼の表情を観察する。こちらに同情すると言ったような表情だが、その瞳は鋭くこちらを観察している。俺がどのような行動に出るか?短気か、冷静な判断ができるのか、といったことをじとりと見てくる。

俺は視野を広く持つが、その彼の瞳を捉え続ける。

「依頼の内容は?」

「ゼン・リーンフェルトの人柄と第三者である領民の心証、できればグラックの襲撃を撃退できるほどの指導力と戦闘能力があるかといったことかねぃ」


本当によく喋る。

しかし、それは詐欺師がする技の可能性がある。一部の真実を晒して、本当の秘密を守る詐欺師のテクニック。

俺はその真偽を見極めるために無意識下で行われる彼の表情、仕草、言動、下半身の動きを観察する。


鋭く観察していると自然な動きでオリエルさんはリューベルンを奏でるようにそれを構えた。あまりにも自然で見逃してしまいそうになるほどの流麗な動き。

「動かないでくだ―――」

俺はそれを制止させるために声を上げるが、それに重なるようにオリエルさんは睨むような表情で話し出す。

「坊や。いいことを教えよう」

オリエルさんはリューベルンを奏でた。


だが、それはリューベルンを弾くだけだ。音が全く存在しない。それに彼は口を動かしているが声も聞こえない。

と、次の瞬間。


『あんまり聡いと直ぐに命を落とすぜ?子供は子供らしく。演技でもいいからしてな。俺は危害を加えるつもりはないと言った。加えるつもりなら今ここでバラすのも簡単なんだぜ?』

その脅すような低い声は俺の耳元で聞こえる。ポロンポロンとリューベルンの音色と共にオリエルさんが耳元で囁くような近さで聞こえてきた。

俺は無意識に後ずさりする。その声から一歩でも逃げたくて。

「もしかして・・・祝福持ち・・・」

オリエルさんは表情を崩して微笑む。それはまるで道化た悪魔のようにも思えた。

「さあ?どうだろうねぃ。俺っちはただの自由と愛を求める旅する吟遊詩人。ちょこっと副職で情報屋をやってるだけさぁ」

にへらと笑ってオリエルさんは軽口を叩く。

叩きながらこちらを気遣う表情をして口を開く。

「それよりも服着ないと風邪引くぜぃ?坊やの人柄は大体わかったから後は普通の吟遊詩人。まあ脅した後でこんなこと言うのも気が引けるが、俺っちはただ坊やのことをちょこっと依頼人に話すだけさねぃ。そう怖がるなって」

「・・・」


この状況ではどうやったって俺は優位に立てない。おそらく権能を使われたら俺は容易く殺されるだろう。彼はただこの地から消えるだけで済む。おそらく名前も偽名。追っ手を差し向けて逮捕するのにもこの世界では時間が掛かるし、もしかしたら別の国に逃げられるかもしれない。職業暗殺者を捕まえるのは難しい。

第一殺されれば、その後のことなど俺には関係なくなる。

つまり、俺の命は今彼の掌の上にある。


俺は構えを解き、深呼吸して頭を冷やす。

「わかりました。その言葉信じるしかないでしょうね。例え嘘でも。俺が無事屋敷に戻ったら消えてください。どちらにせよ、貴方をこの領地にいさせるわけにはいけません」

「そいつは困るなぁ。坊やの屋敷で歌う仕事があるんだけどねぃ」

「今更言いますか?ちょっと神経を疑いますよ。金は払います。消えてください」

「仕事もしていないのにお金だけ戴くのは流儀に反するねぃ。しょうがない。怖いお兄さんは消えますかぃ」

彼は大仰に落胆した様子で肩を落としてそう言った。


掴み所のない人だ。

全部演技なのか、そうでないのかが分からない。演技力と言い、この図太い神経と言い彼はかなりの使い手だ。

暗殺者は暗殺者と気取られてはいけない。様々な人格とプロフィールを仮面のように付け替えて、人の波に紛れ込む。

決して油断してはならない相手。


「先に消えてください。それまでは警戒を止めません」

俺は警戒を維持したまま彼に告げる。

「そうかぃ。風邪引かないようにねぃ。じゃあまた会ったときには宜しくねぃ」

「二度と現れないでください」

「あらら。嫌われたもんだ」

彼は残念そうな顔をすると、ひらりと手を振って森の中に紛れて消えていった。


俺は彼の姿が見えなくなった後でもう一度気配を探る。

まだ完成とは言えないが、今度のは無我の入り口まであまり手間取らなかった。

立ったまま自然体でスムーズに意識が周囲に拡散する。


十分ほど待って、俺はすっかり冷えた身体で服を着る。冷たい感触の後でジワジワと俺の体温を吸って温かくなる。

そこで俺は盛大なため息をついてやっと緊張を解く。

久しぶりに全神経を使った。やはり実戦でもないと感覚が戻ってこない。


なんというか・・・。命の危機が訪れない限りは鍛錬できないのかも知れない。

すっかり身体の細胞が昔の勢いを取り戻したように鋭敏になっている。

これも怪我の功名というやつか?ちょっと違うか。

そんな風に戯けていないと気分が変えられない。屋敷に戻ったら様子の違う俺を母上達が心配してしまう。

なんとか落ち着かせないと。

ちょっとひとっ走りでもして汗を流して、気分を入れ替えよう。

走っているのが見つかって殺されることはないだろう。殺すならさっきいくらでも出来たはずだ。


俺はそう思って太陽がすでにだいぶ高くなった空の下で森の中を無我夢中で走り回った。




――――――――――――――――――――――――――――――――――

ゼンが走るコースから離れた街道付近の森の中。


森の木々が音を立ててざわめいているが、その一角だけは無音。

オリエル・ギュスターフは一人空に向かってリューベルンを奏でながら話しかけている。

「こちら『寡黙な耳』。エーロック砦に隣接したリーンフェルト領の状況を報告します―――」

そして、それもまた無音。

ただ彼の口が動きからそういった言葉を発しているだろうと分かるだけだった。

彼の周りだけ音の世界から切り取られたように衣擦れの音さえない。

しばし、オリエルはリューベルンを奏でながら空に向かって報告をする。


終わったのか、一度全ての弦を鳴らして彼は口を閉じた。

じっとその方角を見つめながら、その空に流れ星を見つ出すような顔をして眺めている。

数瞬の後で彼はため息をついた。その彼の口から出た白い息と共に音が聞こえる。


「子供を脅すなんてアコギな商売は本当に嫌だねぃ。まっ生きるためだしょうがないねぃ。しっかし、俺っちが見つかるなんて何年ぶりだ?祝福もないのに怖い坊やだよ。輝き秘めたる少年よ、汝が道に栄えあれ、その行く手が血に染まり行くとも、朝が訪れ、草木の眠りが覚めたるように、その道もまた拓けゆくことを願う、ってなんてね。頑張って欲しいもんだねぇ」

そう言うとオリエルは肩を鳴らして、その森から去った。

ポロンとリューベルンの弾かれる音共に。


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