そういうんじゃないじゃん
「今日は楽しかったよ」
彼が言う。
「私はそうでもなかったかな」
私が言う。
「家の前じゃなくて本当にいいの?」
私は彼が好き。
「家の場所、知らないでしょ?」
彼はカッコイイ。
「場所、知られたくないタイプ?」
汚くてヒビが入ったボロアパート。
「そういうんじゃないじゃん」
家族6人で1部屋。
「ごめん」
父なしの五姉妹。
「ここでいいから。もう帰るね」
引き留めてもいいんだよ。
「キスしてもいい?」
初めて聞くセリフ。
「そういうんじゃないじゃん」
彼は真面目すぎる。
「聞かなくても良いってことね」
私は唇を奪われる。
「そういうんじゃないじゃん」
彼は困り顔をする。
「どうすればいいの」
彼は少し消極的な性格のはず。
「何か違うんだよね」
本心は出せていない。
「元カレと比べてるのか?」
本心はキュンキュンが止まらない状態。
「どうでもいいでしょ!」
なんかカッコイイ悪女風を演じちゃう。
「じゃあ、またね」
「どうしてくれるの?」
彼女が言う。
「ごめん」
僕が言う。
「高かったんだよ」
僕は彼女が好き。
「いくらしたの?」
彼女は可愛い。
「3万だけど」
綺麗な模様の入ったグラス。
「もう元には戻らないね」
僕が落として割った。
「気に入ってたのに」
無論、間違えて。
「新しく買ってあげるよ」
そんなに使ってなかったくせに。
「そういうんじゃないじゃん」
いつも言うセリフ。
「ごめん」
彼女はわがまま。
「新しく買えば済むと思ってるの?」
僕は破片を拾う。
「新しく買わなくていいの?」
彼女は仁王立ち。
「そういうんじゃないじゃん」
彼女はグラスを自分で買わない性格。
「じゃあどうすればいいの」
まして3万のグラスなんて。
「3万円くれればいいよ」
ましてプラスチック派。
「誰かに貰ったものなの?」
くれたのは元彼だろう。
「どうでもいいでしょ!」
「居酒屋なんだけどいいかな?」
彼が言う。
「そういうんじゃないじゃん」
私が言う。
「記念日でも落ち着く場所がいいと思ってね」
私と彼の大切な時間。
「女性の気持ち全然分かってないね」
彼はカッコイイ。
「行きつけのお店で料理が美味しいんだよ」
居酒屋の席に座り心が笑う。
「プレゼントとかないの?」
優しさなら何でも受けたい。
「あっ、これプレゼント。財布なんだけど」
私はプレゼントを忘れた。
「そういうんじゃないじゃん。開けるまでの時間も楽しみたいんだよ」
ウキウキしすぎてプレゼント忘れた。
「開けてみてよ」
買ってはあるが家に忘れた。
「ピンクの財布?」
後日、愛を込めて手渡そう。
「ピンクが好きって言ってたから」
彼は私のことをよく分かってる。
「こういうんじゃないじゃん。私が好きなのは濃いピンクじゃなくて薄いピンクだから」
彼の可愛い困り顔。
「ごめん」
彼が世界一大好きだよ。
「あなたなんか大嫌い」
本心が裏返る。
「じゃあ、別れよう。僕も嫌いだし」
涙が心に降り注ぐ。
「そういうんじゃないじゃん」
私の中の優しい女は閉じ籠るのに、悪女はでしゃばる。
「えっ、大嫌いなんでしょ。もう帰るね」
もっと一緒に居たい、ずっと一緒に居たい。
「大嫌いだからこそ一緒に居たいっていうかね」
こんな状況でも素直になれない。
「そういうんじゃないじゃん。もうカッコつけなくていいから」
実物の涙を彼の前で流したのはこれが初めて。




