青い郵便ポスト
連続ポスト塗り替え事件の犯人を俺たちは追っている。
「私はポストを勝手に青に塗り替えても別にいいと思いますけどね」
「歴とした器物破損罪だからな」
「そうですよね」
相棒の佐々木は的外れなことを言ってばかりであまり刑事に向いていない。
「青いポストは少ないけど全国に存在するみたいだな」
「はい。それに青だけでなくて他にも様々な色のポストがあります」
同じ町でポスト塗り替え事件が5件も発生したがこの町に元々青いポストはひとつもない。
「佐々木、お前はどう思う?」
「もしかしたらポストを青くした犯人は空ですかね」
「真剣に捜査しろよ」
「すみません」
これがボケではなくて真面目に言ったことなら俺は引いてしまうだろう。
「青いポストは赤に塗り直すそうだな」
「そうみたいですけど赤に塗り直さなくてもいいですよね。夕焼けに照らされたらどうせ赤色に変わるんですから」
佐々木の発言が想像を通り越していて、かなり面倒くさくなってきた。
「とりあえず聞き込みを行ってくれ」
「分かりました」
捜査は難航していたがとても有力な情報が入ってきた。
「事件が起きた町には青が好きなことで有名な男性がいるみたいです」
「それは本当か?」
「はい。私の実家の近くに住んでいるらしいです」
「佐々木はこの町出身なのか?」
「そうですよ」
「何で言わなかった?」
「出身地を聞かれなかったので。それに知っていると思ってましたよ」
解決に少しだけ近づいたが違っているかもしれないので安心は出来ない。
「でも青が好きというだけじゃ犯人とはいえないな」
「事件の数日前にその男性が青い塗料を買っていったとの情報があります」
「その男性のところへ行くぞ」
「はい」
訪ねていくと予想通り男性は全身青の服を着ていた。
「あなたはこの町で起きた連続ポスト塗り替え事件を知ってるかい?」
「もちろん知ってます」
「何色に塗り替えられたか知ってるよね」
「えっ、もしかして僕を疑ってます?」
青い男のまばたきの回数が明らかに増えだした。
「疑ってはいないが話を聞かせてくれるか?」
「分かりました」
一緒に来た相棒の佐々木の姿は見えないが、どうせ愛読書の広辞苑をどこかで読んでいるのだろう。
「最近青い塗料を購入したと聞いたのだが間違いないか?」
「事実ですけど、それは家具を塗る為ですよ」
確かに男の部屋には色にムラがある青い家具たちが並んでいた。
「赤は好きかい?」
「好きでも嫌いでもありません」
「あなたはやっていないんだな?」
「はい絶対にやっていません」
男は暗い表情でずっと下を向いていた。
男と話しているところに大きい足音と共に佐々木が息を切らして走ってきた。
「そんなに急いでどうした?」
「黄色に塗り替えられたポストが見つかったと連絡がありました」
「それは本当か?」
「はい。ということは違う人が犯人ですね」
模倣犯ということもありそうなので絶対とは言えない。
だがこの男が犯人である確率はかなり低くなった。
「疑ってすまなかった」
「大丈夫ですよ」
再び捜査は振り出しに戻った。
「もしかしたら小さい子供かもしれないですよ」
佐々木は俺の全然考えないようなことを思い付く。
「何でだ?」
「私は今も赤が嫌いですけど、子供の頃が一番赤が嫌いでしたからね」
発想は面白いが絶対にそれはないだろう。
「真剣に考えろ」
「違いますかね?」
「佐々木は子供の頃に郵便ポストを他の色に塗り替えたいと思ったか?」
「思いませんでしたよ。子供には塗り替えることなんて思い付きませんからね」
佐々木にはもう何も聞かない方がいいかもしれない。
「もう何も考えるな」
「分かりました」
「そういえば佐々木はネクタイがいつも青か黄色だな」
「流石です。よく気が付きましたね」
長年、刑事をやっている俺をなめないでもらいたい。
「佐々木は青と黄色が好きなのか?」
「そうです。ネクタイはほとんど青と黄色ですよ」
こんなに犯人の条件が揃っている佐々木を疑わないことなんて出来ない。
「佐々木はポストを青や黄色に塗ったことがあるか?」
「あります」
佐々木は少し変なところがあるので信じては駄目だ。
「それは本当か?」
「はい。父親に頼まれて実家のポストを」
佐々木と話すことは喉の無駄遣いなのでなるべく避けたい。
「黒い消防車も見つかったみたいです」
郵便ポストを映す防犯カメラは無かったが消防署にはカメラがあるはずなので解決に近づいた。
「それは本当なんだな?」
「はい。でも塗装が剥げて錆びただけかもしれないのでまだ分かりません」
「そんな訳ないだろうよ」
塗装が簡単に全部剥げることはないし錆びても黒い消防車にはならない。
「防犯カメラはあるみたいなので確認すれば犯人が分かりますね」
塗料を一人で塗るのは時間がかかるし大勢だと目立つ。
あまり犯人の想像はつかないが若者だろう。
「ちゃんと映っていればいいな」
「はい」
防犯カメラに映っていたのはこの町に生まれた時からずっと住んでいるお婆さん一人。
しかし映っていたのは最初だけ。
すぐに俺と佐々木は家に訪ねていった。
「こんにちは、警察だ」
「警察かね?」
この腰の曲がったお婆さんが消防車を全て塗るのは不可能に近い。
「お婆ちゃん久し振り」
佐々木がそう言ったということは、もしかすると佐々木のお婆ちゃんなのかもしれない。
赤がずっと嫌いと佐々木は言っていた。
ということは小さい頃に佐々木はお婆ちゃんに赤嫌いを植え付けられたということも考えられる。
だとすると佐々木も共犯かもしれない。
調べた限りでは親類じゃなかったが俺は佐々木に真相を聞いてみることにした。
「佐々木のお婆ちゃんか?」
「私が一方的に知っているだけです。二度しか見たことないですが」
こんな大事な時におかしなことが言えるのはある意味天才である。
「何の用じゃ?」
「お婆さんが連続ポスト塗り替え事件と消防車塗り替え事件の犯人だね?」
「そうじゃよ」
「なぜそんなことをしたんだ」
お婆さんは少し間を開けてゆっくりと口を開いた。
「この町に赤は合わない。何でこんなに赤が多いんじゃ」
町に合わなくても塗り替えることは許されない。
これで連続ポスト塗り替え事件は無事解決した。
「あの?言いたいことがあるんですけど」
「どうした?佐々木」
佐々木は少し間を開けて、今までに見せたことのない真剣な顔でゆっくりと話し始めた。
「本当のことを言いますね。実は私は…………」




