kiss
「奈々ちゃんの唇を奪ってもいいかな?」
「いいですよ」
大好きな男性からのキスを拒む女性はたぶんいない。
私は同意を得てからキスをする人に初めて会った。
「じゃあ、するよ」
男性の顔が私の顔にだんだん近づいてくる。
私は目を閉じて待った。
「奈々、お帰りなさい。……どうした?唇が無いじゃないか!」
お父さんはかなり驚いていた。
「彼氏に唇を奪われたのよ」
あの男は唇目当てで私と付き合っていたのだ。
「お父さんが今から取り返しに行くぞ」
「たぶん無理だよ。唇を奪っていいか聞かれた時にキスだと思って『いいよ』って言っちゃったもん」
「それ、ニュース番組の特集で最近見たのと全く同じ手口だ……」
ニュースを全然見ないので流行っているなんて知らなかった。
「ニュースで見たなら言ってくれていればよかったのに。お父さん、唇を取り返すいい方法はないかな?」
「唇を奪うことを了承してしまったらもう無理だ。諦めなさい」
「……分かった」
気分の落ち込みが元に戻るにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「ごめんなさい。お父さんが誕生日にプレゼントしてくれた大切な唇なのにね」
「純金の唇は高く売れるから奪われやすいし、しょうがないよ。それより怪我しなくて良かったな」
「うん」
お父さんはとても優しくて大好きだ。
「唇ひとつしか持ってなかったよな?ふたつ持ってるからお父さんのを使うか?新品ではないけど」
お父さんは大好きだがお父さんが使った唇なんて気持ち悪くて付けられない。
「コンビニで安いの買ってくるからいいよ」
私はマスクをしてコンビニへ向かった。




