新・恋愛免許証
恋愛免許制度が制定され、僕はその制度のせいで道を歩かされている。
恋愛したさに身体は勝手に動き、気付けば路上教習にまで進んでいた。
これに合格しなければ、愛しいあの人に気持ちを伝えることも、まだ見ぬ僕の花嫁を拝むことも出来ない。
隣で共に歩いている畏まった服装をした女性もなかなかの美人だ。
こういう風に手を繋ぎながら並行して歩くことはほぼ初めて。
服装はどう見ても教官だが、心の目では一人の女性として彼女を見ていた。
「会話をしてください」
冷や汗がこめかみを通り抜け、手のひらにも汗が滲む。
女性のよそよそしさが逆に恋心を沸き立たせる。
真夏であるにも関わらず、頭の中は猛吹雪で真っ白に染まっていた。
そんな脳へ鮮やかな女性アイドルがパッと浮かび上がる。
咄嗟に僕は口から放った。
「何ですかその話題は。私は女性アイドルに興味がありません。興味がある女性の方も居られるかもしれませんが、もっと日常的な話題にされてはいかがでしょうか?」
その言葉で僕の口は完全に閉ざされた。
今の状況が上手く飲み込めず、大海原にプカプカと浮かんでいるような感覚に陥っていた。
日常会話という簡単な馴染みのある言葉が深く深くに沈んでゆく。
もうこの手で掴むのは不可能なくらい深みに嵌まってゆく。
「女性に車道側を歩かせないでください」
褒められることは一切なく、厳格と並行して僕は歩を進め続けた。
無事に免許を取ることが出来て安心したせいか、免許証の写真には僅かな微笑みがいた。
30歳前後の人としか恋愛できないAT限定という免許もある。
でもこれはAT限定ではなく、普通免許という文字がしっかりと印刷されていた。
僕は今、思う存分、恋愛に花を咲かせている。
友人の紹介で知り合ったバレーボール選手の彼女と手を繋ぎ、夜に紛れている。
教官のように無表情ではなく、教官のように叱ってくることもなく。
僕のつまらない話にも耳を傾け、頷いて聞いてくれる。
今は幸せのベールで包まれているかのように、優しい気持ちで溢れていた。
「ちょっといいですか?」
紺の制服に身を包み、きっちりと帽子を被っている男性に止められた。
僕は言われるがまま、ポケットから免許証を取り出して男性へと差し出す。
「彼女の身長は?」
なぜそんなことを聞かれているのか、少し疑問に思いつつも、僕は正直に答えた。
すると男性の顔は僅かに深さを増し、僕を闇の方へと誘っていった。
「無免許恋愛でお前を逮捕する!」
180cm以上の人と付き合うには大型免許が必要なことを僕はすっかり忘れていた。
恋愛のない道を、厳格と並行して歩む人生がこれからは待っているに違いない。