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わたくしの狗  作者:
9/15

九、隠し事

質問がありましたので、女尊男卑になった大まかの経緯と貴族と平民の狗の扱いの差についておおまかにまとめました。


文化は18世紀あたりのヨーロッパのイメージです。

作中の世界では宗教がかなりの力を持っており、その話の中に登場する神々はみんな女性ばかりで、男は添え物、引き立て役、愚かな象徴としてのみ登場します。なので、それを幼少期に習う貴族達は女に生まれたという優越感と共に育ち、また、貴族に迎えられるような狗はみなある程度『絶対に逆らってはいけない』という教育が施されています。

本編には登場しませんが、初代国王の頃はあまりここまで男女の差はなく、狗という言葉も誕生しておりませんでした。

ところがある日、男の宰相がひどい女性問題を起こし、その後もそういう事件が何件も続いたため男性は政治の場から外されました。

それこそ外された当時は怒り暴力沙汰に訴える男もいましたが、長い間、女性のみの政治で国が依然と比べ遥かに豊かになり、また女性のほうが寿命も長いため次第に抵抗の意思をなくしていきました。

作中では貴族の狗のことばかりに触れていますが、庶民の場合は亭主関白にならないだけでそこまで酷い差別はないです。頭を使う仕事→女性、力仕事→男性といった関係です。

 薄暗い中、まぶたを照らす淡い光に、目を開ける。

 暗闇を淡く照らすランプが部屋の中の輪郭を曖昧に映し出し、私はあの後、ソファで眠ってしまったのだと、体にかけられた毛布を見て知った。


「ユリシア様、起きておられたのですね」


 部屋備え付けの給湯室から顔を出したクロードが、「お飲みになりますか?」とおそらく自分用であったであろうカップを差し出す。音を立てないようにローテーブルに置かれたそれを、礼を言って受け取った。

 淹れたてであろうコーヒーは白い湯気を絶え間なく発しており、薄暗い闇を白く染めていく。独特の香りが鼻腔を満たし、まだしょぼついていた目は、それで完全に覚醒した。


「……美味しいわ」


 ぼそりというとクロードは「それはよかったです」と淡く破顔し、お代わりもございますよ、と再び給湯室に姿を消す。

 コップに注がれた熱い液体を一息に飲み干して息を吐くと、不思議と寝入る前のもやついた気持ちはいつの間にやらどこかへと消え失せていた。


 ふと窓の外へ目をやると、墨汁を垂らしたような暗闇が落ちていた。ランプの薄明かりを頼りに時計を見ると、すでに0時を回っている。こんな時間まで、いったい何をしていたのだろう。そう思って辺りを見回すと、ランプの置かれた机の上、紙が一面に広がっているのが目に入る。

 そのうちの一枚を手に取り、目を通す。ぎっしりと埋めつくされた、相当な苦労の跡が見て取れる紙面上の文字に目を走らせ、私は呆れたようにため息をついた。


「これ、自然研究学の課題じゃない……」


 見慣れた単語に、正確な図解。ちらほら誤答が目立つそれは、私の得意科目でありクロードの唯一の苦手科目、自然研究学の課題だ。

 あの後ずっと、彼女達に捕まっていたであろうクロードは、自分の課題にかけるはずの時間を割いてまで全員に親切に答えていたのだろう。おかげで、他科目の3倍はかかる課題にまったく手をつけられず、頼みの綱である私はソファで爆睡していて、たたき起こすなどということができないやさしい彼は、健気にもコーヒーで眠気を押さえつけ、今なお必死に課題と戦っているのだ。


「ユリシア様、お待たせいたし……っあ、それは!」


 ちょうど戻ってきたクロードは金属製のトレーを持っており、陶器のポットとコップが乗っている。

 私の手にある課題を見たクロードは、「ユリシア様にお見せするつもりはなかったのですが……」と決まり悪そうに目をそらし、ローテーブルにトレーを置いた。


「お恥ずかしながら、全くわからなくて……。いえ、ユリシア様の御手を煩わせるようなことではありませんので、どうぞお休みになってください」


 悪意はこれっぽっちもないのだろうが、言外に役たたずと言われているようで、ムッとする。気を使っているつもりなんだろうが、こうも頼られないと、意地でも教えてやりたくなるものだ。

 優雅に紙を受け取ろうとするクロードの手をかわし、間違った問題を指でさす。「こことここ。どこが違うかわかるかしら?」どうやら合ってる自信があったのか、少し目を見開いたクロードは、問題文を前にうんうんうなり始めた。


「……この国の北の地方にのみ生えるカビの特性は、色が一番大きいわ。真っ白な中に、少しばかり黄色が混じったカビは、この国特有のものよ」


 なるほど、と頷いてさらさらと紙にペンを走らせるクロード。彼は一度理解すると早いのだが、一度突っかかってしまうと、もうそこで止まってしまうのだ。そんな彼にとって、暗記がほとんどで、知識がものを言う自然研究学は大敵らしい。

 今度はきちんと正答を選んだクロードは少し誇らしげで、昔、ようやっと絵本を読破したときに似た表情だった。


「それとこっち、この国は気候が乾燥しているから、カビが生える場所は限られてくるわよね。高めの建物が林立していて、風の吹き溜まりがあるところは特に、カビが生えやすいわ」


 こうも見事に引っ掛け問題に引っかかるのを見ると、問題作成者も楽しいだろうな、と全く関係ないことを思いつつ、真摯に取り組むクロードの横顔をじっと眺める。

 時折わずかに揺らめくランプの明かりで照らされたそれを見ていると、脳裏によく似た光景が思い浮かぶ。――ヒロインとともに、祭りの夜、こっそり主のもとを離れ、露天で遊ぶときのスチル。

 生まれて初めて手にした自由の味をヒロインと共に噛み締めながら、至福の時間を過ごす彼は、普段の表情からは想像もできないような優しい顔で、ヒロインの視線に照れたようにくしゃりと笑うのだ。



 もうすぐ現れる、ヒロインのこと。彼女のことを知っているのは、きっと私だけだろう。


 奇人扱いを恐れて、クロードはおろか友人にさえ未だに何も言い出せない私は、どこまでも卑怯だった。


8話で、狗相手にも関わらず貴族の女性達がクロードにこびていたのは、半分(顔とスペックに)惚れていて、半分打算です。ユリシアの働きのおかげもあってか狗のスペックをステータスにする女性が増え、高スペックの狗と親しい=自身の評判も上がる&もし子供ができれば優秀になる可能性が高いという考えで、肉欲を刺激するような女性が多かったのはそのためです。勿論単純に見目麗しいから、というのもありますが。

他所と子を作った狗の処罰は主の判断にゆだねられますが、基本的に去勢されてからもっと劣悪な働きにまわされることがほとんどです。

主は自分の魅力不足だと思われるのが悔しくて表沙汰にすることはほとんどないので、ばれなきゃ『あの』クロードを虜にしたという評判と共に、高スペックの子供が生まれるチャンスを求めていたのでしょう。恋情ではなく計算です。

また、この世界ではあまり女性の貞淑性は求められていないのでしばしば逆強姦まがいのことがありますが、さすがにユリシアの家柄に遠慮してか、向こうが勝手に欲情したと言い逃れをするためにも、いまのところ直接手段に訴える人はいません。

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