八、嫉妬
お茶会を終えた私が一人部屋に戻る途中、耳を劈く黄色い声に驚いてそちらを見やると、見慣れた人物がそこにいた。
「クロード様っ、私にも教えてくださいっ!」
「ちょっと、抜け駆けしないでよ! 先に私が並んでたんだから!」
「あんたこそ割り込んでおいて何よ、クロード様ぁ、私、ここがわからないんですぅ~」
色とりどりの色彩の中、一人だけ上下ともストイックな黒に身を包んだ、クロード。彼の精悍な顔は今、たくさんの女性に囲まれて引きつった笑みを浮かべていた。
「落ち着いてください、皆さん。まずは、質問をまとめてください」
どうやら休みの日まで懸命に授業の課題をやっていたのか、わざと残しておいたのか、クロードを囲む女性達の手には、共通の白い紙束が握られていた。国文学の課題にかこつけて、クロードと親しくなろうとしているのだろう。
通りすがりはかかわり合いになりたくないとばかりに避けて通るため、当たりはクレーターのようになっていた。
周囲の迷惑などお構いなしに、きゃんきゃんぎゃんぎゃん騒ぐ彼女たち。律儀にもそれらすべてに丁寧な対応をしているクロードを見て、なんだか胸がもやもやした。
昔、対人スキルを上げさせるために特訓した、人好きのする優しげな笑顔。それが自分以外の女性に向けられていると思うと、なんだか面白くない。
「クロード様ぁ、ここなんですがぁ……」
エレナ様に匹敵するほど豊満な体の女生徒が、それを強調するように体をすり寄せる。途端、背後から「イヤー!!」だの、「やめてー!!」だのといった悲鳴が上がったが、彼女は見せつけるようにしなだれかかる。
上目遣いで谷間を強調するようなポーズの女生徒に、しかしクロードは以外にも顔色一つ変えず、冷静に対応する。彼の丁寧な説明が終わると同時に次の女生徒にすばやく引き剥がされて、彼女はすごすご退散した。
入れ替わり立ち代り、質問という名目でクロードにべたべた触っている彼女達に、癇癪に似た苛立ちが湧いてくる。――わたくしの、狗なのに。
「ここはですね……あ、ユリシア様!!」
通路の真ん中に半ば放心状態で立ち尽くしていた私を見つけ、群がる女生徒をかき分けクロードが駆け寄る。
「まだ、質問してないのに!」そう駄々をこねる女生徒を優しくなだめる彼を見て、また胸がもやついた。
「お茶会の帰りでしょうか? よろしかったら、私めも一緒に……」
忠犬のように私の顔を覗き込み伺う彼に、「別にいいわ」と冷たく言い放つ。
「彼女達を待たせているんでしょう? きちんと教えてあげなさいな」
それだけ言って、クロードの反応を待たず踵を返す。こっちの道は少し遠回りになってしまうが、今はもう、これ以上クロードの顔を見たくなかった。
「ユリシア様……」背後から、小さくすがるようなクロードの声が聞こえたが、私が足を止めることはなかった。
*
一人、部屋でため息をつく。割と大きめなそれは、誰もいない部屋に静かに響いた。
――あんなもの、八つ当たりもいいとこだ。自分の子供っぽさが、嫌になる。
きっと傷ついたであろうクロードの顔を想像して、ひとり、自己嫌悪に陥る。私のわがままが、彼を無理に縛り付けていることを改めて自覚し、さらに気持ちは沈んだ。
ソファに背中をもたれかけ、天井を見つめる。頭の中では、先ほど友人達と交わした会話の内容が、ずっと渦巻いていた。
「あと一ヶ月、か……」
それは、ゲームのヒロインがもうすぐ表れることを意味してもいた。
祭日のちょうど一か月前、彼女はこの世界にトリップし、一時保護施設である学園で攻略対象達との交流を深め、祭日に互いの思いを確認し、共にこの世界で暮らすか、元の世界へ戻るかを選択する。
前者は主に逆らったということで捨てられた恋人と、なんとか小さな働き口を見つけた二人は、慎ましくも幸せに暮らす。後者は、異なる世界に戸惑う恋人を支えながら、二人で歩いていく。
――どちらの未来にも、私はいないのだ。
「クロード……」ぽつりと口から出た言葉に、胸が痛む。 ――私が育て上げた、一人の凛々しい青年。彼は、私のことをどう思っているのだろう。
いくら考えても答えるものなどおらず、静寂ばかりが身にしみた。
クロード→ユリシア:敬愛
クロード←ユリシア:独占欲