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わたくしの狗  作者:
7/15

七、祭日

学園の名前、ちっちゃく募集中です。

 フォーリズ嬢の背中が見えなくなると同時に、ふふふと笑い出すエレナ嬢。しかしその笑みは先ほどとはうってかわって、そこはかとなく不吉なものを感じさせた。

 リーネ嬢も不穏な空気を感じ取ったのか、あわててフォローする。


「あ、あのー……、エレナ様……? その、先ほどのは、お気になさらぬよう……」

「彼女のあれは病気みたいなものなのです、気にするだけ無駄なのです」

「ええ、まったくもって気になどしておりませんことよ? ちっとも、これっぽっちも……ふふふ」


 ――いや、めっちゃ気にしてますよね!

 暗黒微笑、なんて言葉がぴったりな表情のエレナ嬢は、澱んだ目で、すでに消えたフォーリズ嬢の背中を追っている。忙しなく引きつる口元と対照的に、濁った瞳孔は静かに遥か彼方を見据えていて、正直不気味だ。

 よほど逆鱗に触れたのか、彼女のあまりの豹変っぷりにおびえつつも、何とかこの空気を変えようと話題を必死に探す。リーネ嬢も同じ考えのようで、視線を宙にさまよわせていた。


 ――瞬間、ふと浮かんだ行事を口に出す。約一ヶ月後に迫った、この国最大の行事を。


「そ、そう言えば! もうすぐ、キノーの祭日ですわね! 楽しみですわぁ!」

「そうですね! 去年からずっと、待ちに待っていたのです!」

「……そういえば、そうでしたわね。ふふっ、わたくしも楽しみですわ」


 キノーの祭日、とは国民総出で行う、国の聖誕祭だ。職人も農夫も神官も一斉に手を休め、参加する祭。遥か昔、初代国王キノーがこの地に安住を決めた日を祝う、国立記念日だ。

 普段まったく外部と接触できないこの学校も、唯一この日だけは外出が可能で、それぞれみな自分の狗を連れて遊びに出かける。普段はすました彼女らも、このときばかりは出店表(パンフレット)を片手に、年相応にはしゃぐのだ。


 エレナ嬢の雰囲気が和らいだのにそっと胸をなでおろし、緊張から渇いた喉を紅茶で潤す。ふう、と一息ついて視線を上げると、リーネ嬢と目が合った。どうやら、彼女も同じ動作をしていたらしい。


「ところでお二人とも、もう予定は決まってまして?」

「いえそれが、生憎まだ何も決まってないのです。色々と、目移りしてしまって」

「あれほどの出店があれば、仕方ありませんわね。私はやはり、東方の薬商人のところに向かいますわ」


 この国最大というだけあって、キノーの祭日は大変混雑する。国中から人が集まるため、人ごみにもまれ続けて、気がつけば日が暮れていた、なんてこともざらだ。それを避けるためには、入念な行動予定を立てることが不可欠だ。

 そこら中に国内外から訪れる露店商が立ち並び、そのどれもが普段なかなか手に入らないものばかりとあって、人気の店の前には徹夜で待機するつわものまで現れる。


「ユーリ様もまだ決まっていないのですか?」

「ええ、今年は特に良さげな店が多くて……全部は回りきれませんもの」


 自室の机の上に広げた、すっかりくたびれた出店表を思い出す。通常の食品系からアクセサリー屋に菓子屋、異世界の物品専門店などもあって、どれも魅力的な品ばかりで、なかなか絞りこめるものでもない。

 密集率が初詣の神社なみの人口密度では、普段の機動力は全く発揮できない。極力人通りが少ないであろう道を通り、素早く目的の品のみを手に入れ、あとは観光に費やすのが、一般的だ。


「まあ、もし決まらなかったら、当日は一緒に行動しませんこと? 大人数での買い物も、きっと楽しいと思いますわ」

「右に同じなのです。クロードくんがいれば、人さらいの心配もないのでしょう」


 この国は治安はいいとはいえ、やはり各差が激しいので、そういった事件がなくなることはない。特に、祭りの日はガードが緩むのもあってか、5年に一度は起こっている。

 世間知らずな貴族たちは暴漢の格好の餌食なので、抑止力としてそれぞれ狗を連れて、複数人で行動するのが基本だ。


「そう……ですわね、それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきますわ」


 ありがたい申し出に、一も二もなく頷いた。これまでずっとクロードと回っていたのだが、友人と回るのもきっと楽しいだろう。前世で友だちと、一緒に縁日を回った時のことを思い出して、懐かしくなった。


「よかった! それじゃあ、行きたいお店をひとつふたつ決めておいてくださいな。リーネ様のとあわせて、当日のプランを考えましょう」

「わかりましたのです。当日の楽しみがまた増えたのです」


 エレナ嬢が微笑んで、カップケーキを口にした。


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