六、茶会
「――それで、最近マンネリ気味でして……ユーリ様、リーネ様、何か良い知恵はございませんか?」
「………それを、どうしてわたくしに聞くのかしら?」
「まったくです。わたくしたちはエレナ様と違って、お盛んではないのです」
悩ましげにため息を吐くエレナ嬢と、心底呆れた様子のリーネ嬢。
週に一度の休息日に中庭の隅で三人で開いた、お茶会という名の下半身事情ぶっちゃけ大会は、エレナ嬢の惚気と彼女の狗、ギレスのテクニック自慢でなんともいえない風になっていた。
「――そういえば」
「?」
「知恵といえば、ユーリ様の狗ですね。この前、教育長を口喧嘩で言い負かしてたのを見たのです。なかなかのものですよ」
「へー……あ、いや、そうですの! 鼻が高いですわ!」
思わず、口調が崩れてしまった。それくらい、驚くことなのだ。
教育長といえば、学園はおろか、国一番の賢者である。下手すれば、理事長より権力を持ってたりもする。――そんな彼女を言い負かすなんて、ていうかそもそも、喧嘩になるなんて……。クロード、一体何を言ったの……。
「まあ、素晴らしい。それに比べて、うちの駄狗ときたら……。あっちのほうは覚えはよくても、勉強はさっぱりですわ」
「…あえて何も言わないです。そもそも、ユーリ様の狗に対抗心燃やそうとするほうが馬鹿なんですよ。どこぞの中流貴族みたいに」
「「あー…」」
どこぞの中流貴族、と聞いて真っ先に浮かぶのは、オレンジがかった金色の髪。私も髪の色は金だが、彼女よりも白っぽい。
彼女――フォーリズ=プロウドは、よほど国文学で負けたことが悔しいのか、クロードと会うたびにいちゃもんをつけてくる。
やれわたくしの方が優秀だの、いつか絶対跪かせてやるだの…。貴族には珍しく、互いの家柄をまったく意識していないところに好感は持てるが、クロードをけなされては我慢ならない。
ちなみに言うと、彼女はゲームに隠しキャラの主として登場するが、一番悲惨に奪われる。
攻略対象の、彼女の狗であるエンヴィーはイエスマンで変わり身が早く、攻略されるとすぐ、主を見限ってヒロインと共に異世界にわたってしまう。
残された彼女のその後がエンディングの後にちょろっと流れるが、それは途中までざまぁと笑っていたプレイヤーですら言葉を失うほど悲惨だった。フォーリたんを慰め隊、なんてファンサイトができたほどだ。
「ちょっと、それ、わたくしのこと!?」
うわさをすれば何とやら。背後から鼻息荒く現れたのは、フォーリズ嬢。片手にはリードと、それにつながったエンヴィーが後を追う。いつ見ても胡散臭い半眼から覗く薄紅色の瞳と、真っ白な髪が印象的だ。
突然の無粋な来訪者に、エレナ嬢が皮肉な笑みを浮かべる。白魚のような指でさりげなく口元を隠した笑い方は、同姓から見ても妖艶で、魅力的だ。
「あらあら、こんなところに狗を連れ出すなんて、野暮なこと。よほど体が火照ってらっしゃるの?」
「あなたなんかと一緒にしないでよ、この色魔! ところでユーリ、あなたの狗がまたやらかしたみたいだけど! わたくしの狗の方が、よほどすごいんですからね! 今に見てなさい!」
エレナ嬢の笑顔が凍りつくのも気にせずに、びしっとこちらを指差すフォーリズ嬢。それを見て私は、面倒なことになったな、と胸中でため息をつく。
典型的な負けフラグを立てた後、数分間にわたって好き放題喚き散らした彼女は、こちらが何も言わないのを確認し、最後にフン、と鼻で笑いその場から去っていった。
フォーリズ嬢、結構気に入ってます。