四、六年
ブクマ数がえらいことになってて思わずブルマン吹きました。
「ユーリ様、お帰りなさいませ。今日は随分と遅かったのですね」
「ええ、つい、先生への質問が長引いて。待たせてしまったかしら、ごめんなさいね」
あれからはや6年、いまやすっかり成長したクロードは、通りすがりの乙女達を次々魅了する美しさと精悍さを手に入れていた。
初対面では私が勝っていた身長も頭ひとつ分抜かれ、知識も方面によっては私はおろか専門家以上に詳しくなり、周囲からも一目置かれている。
毎日のように続くスパルタ指導に予想以上の結果を出した彼は、狗として約120年ぶりである、学園の学籍を手に入れるという偉業を成し遂げた。
いまや信望者ができるほどのカリスマ性を兼ね備えたクロードと、主だからとはいえ同じ部屋で暮らすというのは、いろいろな意味で心臓に悪い。
私を待っている間の時間を鍛錬に費やしていたのか、慌てて羽織ったらしい上着の隙間から白い肌が覗いて、どきりとする。わずかに上気した頬と、汗で肌にしっとり張り付いた髪の毛が艶めかしい。
見惚れているのが悟られないようにそっと視線をそらしながら、私は教科書類が詰まった鞄を机に置き、座り心地のいいソファに腰を下ろした。沈み込むような感触が、様々な意欲を奪っていく。人を駄目にするやつだ。
座りっぱなしで硬くなった肩を自分で軽く叩くと、すかさずクロードが揉んでくれる。いつ身につけたのか、彼の按摩の腕は極上だ。肩もみだけなら、本職にも負けないだろう。
「いえ、ユリシア様がご謝罪なさることなど何一つありません。全てはこの私めが、ユリシア様にご満足いただけるほどの知識を備えていないのがいけないのです」
「そんなことないわよ……あ、そこそこ……私とあなたの得意科目は、違うんだから……ん、…」
顔は見えないが、ありもしない犬耳がしょーんとうなだれているのがわかる。すぐに自分を卑下したがるのは、彼の悪い癖だ。もっと自分に自信をもっていいのに。
軽く上体をひねって手を伸ばし、彼の頭を少し強めにかきなでる。指通りのいい髪はわずかに絡まるばかりで、すぐに元通りになってしまう。
按摩の腕を止めた彼は、数秒もしないうちにくすぐったげに目を細めた。
「ユリシア様、少々くすぐったいです」
「ふふ、いいじゃない。そういえばクロード、先生が授業であなたの話をしていたわよ。100年に一人の天才だ、って」
あの日以来、クロードは読書に励み、ついに去年、国文学の主席の座を手に入れた。それ以来、何かと授業の質問という名目で沢山の女性がクロードに群がっているのを見るのは、あまり面白いものでもないが。
私はというと自然研究学に興味があり、将来はそれに類した職に就くために頑張っている。残念なことにクロードは自然研究学を得意とせず、課題が出るたびに、一人悪戦苦闘しているのだが。
「……そんなこと、ありませんよ。私はただの凡人です」
「相変わらず、謙虚ね。次席が聞いたら憤慨するわよ」
クロードが現れるまで、ずっと首位を保ってきた彼女は、きっと顔を真っ赤に石でも投げつけてくるだろう。あまりいい思い出のない少女の姿が頭に浮かび、打ち消すように軽く首を振る。
くきゅるる、と小さな虫の音を聞き、無でる手を止めてソファから立ち上がれば、物足りなさそうな表情のクロードと目があった。分かりやすすぎる彼にいたずらっぽく微笑んで、鞄の中から学生証を取り出した。
「夕食にいかなきゃ、お腹が減って眠れないわ。あなたも来るでしょう?」
「勿論です。僭越ですが、ご同伴させていただきます」
畏まって付いてくる彼の頭をもう一度撫で、私たちは部屋を後にした。