三、教育
「さあ、ついたわ。あなた、字は読めて?」
「簡単な、もの、なら……。…何、でしょうか、ここ……」
図書室に着くと、クロードを椅子に座らせて、その前の机に大量の本を置く。
古い童話に恋愛小説、冒険記から歴史書まで、ノンジャンルで無作為に選んだ。これだけあれば、十分だろう。
「…そうね、あなた、日常会話はできるのだから、頑張れば複雑な読み書きもできるようになるはずね。何から始めようかしら、希望はある?」
「えっ、……な、なに、を……」
まるで理解ができないと、不安げに揺れる藍色。縋るようなその目に、私は静かに微笑んだ。
口角を上げ、まっすぐに彼の目を見据える。一瞬そらしかけたそれがおずおずとあわされ、私の顔が映りこむ。自信に満ちた、強気な笑顔。
「……ねえクロード、あなたは力がほしい?」
「力………?」
「あなたを捨てた家族を、見返してやりたいと思わない? それをするには、知識と体力、両方がいるわ」
「…………」
「私はあなたにそれをあげる。わたくしの狗に相応しい、全てに秀でた者になるのよ。
……いいわね?」
私の言葉にクロードは何も言わなかったが、こちらを見つめる強い瞳を、無言の肯定と受け取った。ゲーム中にはけして見せなかったその表情に、薄暗い喜びを覚える。
まずは語学から、と手始めに、子供向けの絵本を開く。異世界人(日本そっくりのところから来た人)からもらった幼児向けの絵本をこちらの世界の言葉に訳したもので、簡単な言葉しか使われていないから、識字の教育にはぴったりだ。
彼の潜在能力は非常に高いので、読み書き程度、数日もたたないうちにマスターできるだろう。分厚い表紙をめくり、最初の行を指で示す。
「ここから読んでみなさい。きっと、最後まで読めるはずよ」
「…はい……むかし、むかし、ある、ところに……」
たどたどしくも、一つ一つ丁寧に拾って読んでいく。声が時々震えるのは、人と話した経験があまりなかったからだろう。
貴族に召し上げるため色々やったみたいだが、急づくろいでは誤魔化しきれないネグレクトの痕。――こればかりは、この世界に男として生まれた以上、仕方のないことだが。
急になんともいえない感情がわいてきて、必死に文字に目を走らせる少年を、背後に回ってそっと抱きしめた。
クロードは一瞬硬直したが、続きは?と本を指で叩いて促すと、再び同じところをどもりながら読み始める。――ああ、可愛らしい。
(私が、守ってあげるから。私がすべて、あげるから)
――わたくしだけの、狗でいてよね?
ヒロインなんかに、渡してあげない。
クロードの初対面:自暴自棄でやさぐれMAX
主人公達がいるのは、貴族専用の全寮制の学校みたいなもの。基本的に保護者は入れず、誕生日と病気のときのみ面会可。
いち早く親と引き離すことで、自立を図るのだとか。狗の持ち込みは可、週休1日。暦は地球と同じで、呼び方が少し違う。
時々つながる異世界(だいたい現代日本)からいきなり現れた人の、一時保護施設でもある。
対象年齢は8歳から18歳まで。10年間で、国を担う人材を育て上げる。庶民には、貴族学院とか呼ばれている。