十三、偽物
遅れました。
その日の午後、授業が終わると共に早速エレナ嬢たちを呼び出し、人払いの済んだ教室で二人を待つ。
何から話すべきか考えているうちに大きな音を立てて扉が開き、きょろきょろ辺りを見回すベイルと、少し遅れてリーネ嬢が現れた。
「んで、わざわざ呼び出したからにはきちんと理由があんだろうな……っでぇ!!」
私を見るや否やチンピラのような顔で凄むベイルの脛を、リーネ嬢の的確な蹴りが襲う。学内用の平靴とはいえ、ずぐんと非常に痛そうな音がして、ベイルはそのまま地面にどしゃりと崩れ落ちた。
「キミに学習能力はないのですか」冷たい目でそう言ったリーネ嬢は真顔のままで、ヤムチャポーズのベイルの目尻には、きらりと光るものがにじんでいた。
「ごめんなさい、遅れちゃって……って、あらまぁ、こんな明るいうちからそんな激しい……」
「…エレナ様、たぶん違うと思います。僕らじゃあるまいし……」
開け放たれたままだった扉から、エレナ嬢と彼女の狗、ギレスが姿を現し、閑散とした教室が一気に賑やかになる。
リーネ嬢がベイルを踏みつける様子にナニを考えたのか、エレナ嬢は頬を赤らめて口元を手で覆っており、ギレスは以前より少しやつれた顔でそれに突っ込んだ。
扉を閉めると、廊下の喧騒はさらに遠ざかり、わずかに風の音がするばかりだ。全員の視線は私に集中しており、邪魔するものは誰もいない。
緊張から早まる鼓動を押さえつけながら、私は口を開いた。
***
「…………はぁ? 頭おかしいんじゃ、」
ひとしきり説明し終えた後、真っ先に口を開いたのはベイルだった。
耳をほじりながらのベイルの発言に、リーネ嬢はこぶしを握って間髪いれず叩き込む。巨体をくの字に曲げる彼を見下ろし、リーネ嬢も「……まあ確かに、にわかには信じがたいのです」と言う。
エレナ嬢も珍しくほうけたように口を開いていて、いまだ話の全貌を理解できていないようだ。ギレスにいたっては、「……えっと、あ、そういうことですか!!」と壁に向かって返事をしている。
――予想はしていたが、やはり、受け入れられないか。無理はない、私だってそんな状況に置かれたらきっと同じ反応をするだろう。
顔をうつむかせ、これからの対応を考える。方法は、二つ考えていた。彼女たちの協力が得られない以上、片方は実行が不可能になる。
せめてもう少し、信頼してもらえる何かがあれば……。今まで異常者扱いを恐れて何も行なってこなかったことが、今更ながら悔やまれる。
「…でも、ユーリ様が嘘をつかれていないことは、わかります」
エレナ嬢のその言葉に顔を上げる。凛とした瞳とはっきりした物言いは、いつもの彼女そのものだ。「私もなのです」リーネ嬢も言う。
「……でも、少しだけ、考える時間が欲しいのです」
今日はもう失礼するのです、と視線を落としたままリーネ嬢はベイルと共に去っていき、それを見たエレナ嬢も踵を返す。
「……ひとつだけ、聞いてよろしいかしら」
扉が締まる寸前、顔だけこちらに傾けたエレナ嬢が問う。
「――このことは、クロードには話していませんの?」
どくん。ひときわ強く心臓がはね、言葉を失った私に、エレナ嬢が「…ごめんなさい、お気になさらないで」と声をかけ、そのままゆっくりと扉が締まる。
誰もいない教室で、私は床にへたり込んだ。
――話せない、言える訳がない。
話したらきっと、彼への気持ちが、彼の気持ちが偽物だと分かってしまうから。