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わたくしの狗  作者:
10/15

十、過去 (クロード視点)

クロード視点です。

 ――夢を、見た。

 ユリシア様に出会うはるか前、私が前の家にいた時の夢。


 貧しい地方の小村で、馬の手入れを仕事とする両親が、長い間待ち望んで生まれた子供。それが私だった。


 私は何をやっても人並み以下で、いつも虐げられていた。

 食事は小さな硬いパンに具のないスープを日に二回、朝から晩まで働き詰め。人よりずっと要領が悪い私は、そうでもしないと仕事が終わらないからだ。

 風の吹き込む馬屋で藁にくるまって寝、痩せ老いた馬の手入れをし、稀に訪れる金持ちの旅行者や貴族に媚びを売る。私の顔立ちが人に好まれると、自覚したのはその頃だった。


 12歳かそこらの時、急に両親が優しくなった。

 初めて暖かい料理と布団を味わい、その心地よさに涙した。湯をたっぷりはった風呂に入れられたあとに着せられた服は上等で、どこにそんな金があったのか感心した。どこか緊張した面持ちの両親を見て、なにか大客でも入るのだろうか。そんな的はずれなことを考えた。

 そうしてその翌日、ピカピカに磨きあげられた客間に従者を連れて現れた、見知らぬ豪奢な服の女性の前に出され、言われるままに頭を下げる。女性はとても美しく、自分のものとは比べ物にならないほど高級な生地の洋服に身を包んでいた。女性の品定めするような視線に、ああ、客か。と納得した。

 風呂も食事も、きっとこの女性のリクエストなのだろう。――相当金があるのだな、こんな辺鄙なところに来てまで。ふと、しつこいリピーターの顔を思い出し、気持ちが悪くなる。

 しかし、女性は急に私に顔を近づけ、体中をポンポンとはたき、しばし考え込んで、言った。


「…よし、買うわ」


 その言葉を聞いた瞬間、両親の顔から緊張が消える。――一夜でそんなに払うのだろうか?

 しかし、女性の言い方はなんだかいつもと違うふうに聞こえる。目もどこか優しげで、ここにはいない誰かのことを考えているようだった。


「噂以上にちゃんとしてますわね。――多少の粗は目立つけれど、まあ、いいでしょう。約束の代金をお渡しして」


 女性が後ろに立つ長髪の男性を顎でしゃくって、重たげな布袋が机に置かれる。

 わずかに緩んだ袋の口から金貨がポロリと転がり落ち、目を丸くした。金貨なんて、生まれて初めて見たからだ。


「へへぇ、ありがとうごぜぇます……! ほら、あんた! 何してるんだい、さっさと行きな!」


 卑屈な笑みを貼り付けたまま、母は私の背中を押す。視線こそ向けられているが、その目に私は映っていなかった。

 ふらついた足で、長髪の男性の後ろを歩く。女性の先を行っていた短髪の男性が豪華な馬車の扉を開け、女性が前に乗り込む。私も女性の隣に座ろうとして、首根っこをつかまれて止められた。

 俺たちは後ろだ、そう言って長髪の男性が私をつかんだまま、後ろに乗り込む。香でも焚いているのか、甘い香りが馬車の中を満たしていた。


「尻が痛くなるだろうが、我慢しろよ」


 すんすんと鼻を鳴らす私に、じろりと鋭い目付きの長髪が言う。私も動いている馬車に乗ったのは初めてだったので、素直にうなずいた。

 しばらく静かに走る馬車の中、不意に女性が声を出す。


「そういえば、自己紹介を忘れたわね。私は、シルヴァナ=グンデーレ。グンデーレ家の当主よ」


 女性――ヴィナ様は、私を自分の子供の狗にするつもりだと仰った。ろくに教育も受けてない、顔だけの狗を。

 教育などこれからすればいいわ、そう仰るヴィナ様の声は不思議な説得力があった。



 馬車がつく頃には、もう明るかった空は、闇が覆い始めていた。


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