9.正義とかマジウケるし
「いや、マジゴメン。マジ堪忍」
地面に倒れた俺の腹からナイフを引き抜き、身体を引き起こしてギャルが申し訳なさそうに言った。
痛い痛い痛い。泣きそうになりながら、俺は壁にもたれて腹を押さえる。ナイフが抜かれてすぐに出血は止まり、彼女はそれを不思議とは思っていないようだった。
「こんなラクショーと思わなかったし。反撃とかしない系?」
俺はただ痛みに苦しみながらぐったりしている。
「それ勝手に治るの知ってるし。ドンキで服買って来るから待ってて」
数十分後、俺は血まみれになった上着を捨て、彼女の買って来た白地にゴールドのラインの入ったジャージを着せられた。どんなセンスだ。傷口は塞がったがまだ激痛は収まらない。
そして今俺はそのギャルと一緒にカラオケに来ている。彼女に連れて来られたのだ。「ちょっと話あるし」とかで。完全に無抵抗で俺は従ってしまう。
俺がこんな所に来るのは二ノ瀬香乃葉さんを追跡する時だけだ。
飲み物が運ばれて来た後ギャルは、
「ルナ、逃げて来たの。タケシんとこで匿ってくれない?」
どうやら彼女の名はルナと言うらしいが、それ以外の事が唐突すぎて飲み込めない。俺のとこって、妄想組織の事か?なんで知ってるのだろう。俺の身体の事も。
「てゆうかルナ、ウチの組織に正義のタメだからタケシ殺せとか言われて、そりゃルナ殺人とかメッチャヨユーだけど起きたばっかだし知らないし、正義とかマジウケるし、けど、じゃないとルナ殺すって言うし、それってビミョーじゃなくなくない? この前とかタケシ見てたら5、6人ダーって殺してマジヤバくねってなって。試しにルナ、タケシ殺せるかやってみたら超ラクショーだし意味わかんないけど、ヨロ~ってことで」
最後はピースサインとウインク。
……彼女の話を理解するのに2度、部屋の利用時間を延長した。全部で3時間。
彼女、ルナは俺たちの言う《他の組織》で幼い頃から殺人術の訓練を受けていた。改造手術も受けているらしく、しきりにナノマシン、テンソー、と繰り返したが要領を得ない。しかしナノマシンってそんなにメジャーなのか。
最近目が覚めたら組織と外の世界の様子が変わっていて、ルナは「ヘンだし」と思った。正義の為に、悪の組織の改造人間である俺、緑川武史を殺すようにとの指令を受けたが、正義の為というのに納得がいかない。
そして俺の戦いぶりを見たがとても勝ち目が無いのでこうして会いに来て、こっちの組織の方に入れてもらおうと思っている。彼女の組織からは脱走してきたので、捕まったらどんな目に合わされるかわからない。
さっきは俺の実力を確かめようとしたらしい。なぜ本気で戦わないのかと不思議がっていた。
こうして俺なりに彼女、ルナの話をまとめてみたが、よくわからなかった。どっちにしろ、キリカさんに任せる事になるしな。
「俺の上司? みたいな人に会わせるからさ。自分で話してみてよ」
そう言うと、
「うん、そうする。マジ感謝」
とニッコリ笑った。素直だな、可愛いい。
じゃあ行こうかと腰を上げようとすると、「せっかくだから歌わね?」とルナは何かを探し始めた。「本、本」と呟きながらモニターの下の棚を覗き込んで、両手でパタパタとソファの上を叩く。なんだ、本って?
「タケシも本探してよ、曲入れらんないじゃん」
「曲ならこれで入れたら?」端末を差し出してやる。「なに歌うの? きゃりーぱみゅぱみゅとか?」
「きゃ? ぴゃむぴゃ? 意味わかんないし。倉木麻衣かウタダの曲入れてよ」
クラキマイというのがわからないが、検索で出て来た。けっこう昔の曲知ってるんだな。ウタダってのは宇多田ヒカルだろうけど、今のギャルって西野カナとかじゃないのか。意外に渋い趣味だな。
端末で曲を探していたら「マジ最先端」と驚いた顔でルナが覗き込んでいた。カラオケとかいかにも好きそうなのに、なんでそんなに珍しそうなんだろうと不思議だった。
ルナが満足するまで、また数回延長するハメになった。
「タケシも歌えよ~。GLAYとか福山とか」
と俺にも勧めて来た。俺が好きなアーティストは筋肉少女帯くらいなので、女の子と一緒にいる時に歌うのはどうかと思ったし、大体カラオケで歌った事が無い。しかしルナがあんまり勧めるので、仕方なく俺も歌った。
「キモい、マジキモいヤバいウケる」
俺の熱唱する「日本印度化計画」「踊るダメ人間」等を聴いてルナは大爆笑した。彼女の歌う宇多田ヒカルの昔の歌はとても上手かった。
おかしい。なんか楽しいな。女の子と一緒に、俺は普通の高校生のように遊んでいた。こういうものなのか、普通というのは。
腹が減り、注文したピザとポテトを二人で食べた。なんかデートみたいだ。俺には友達が一人もおらず、女の子とこうして話す事すら初めてだと言うと、ルナは俺の体を叩きながら笑い転げた。腹の傷が痛いんだが。
「ギャハハ、タケシ、ウケるんですけど。マジまた遊ぶし」
彼女は鞄からジャラリ、とピンク色の物体を取り出した。ストラップの大量についたガラケー。しかもあまり見た事の無い、長方形のもの。折りたたみ式やスライド式ですらない。誰からも電話がかかってこないし、メールもしない俺でさえスマホなのに。
ペンケースのようにデカいそれを手にしてルナは言う。
「番号、教えといてよ」
「あ、うん」
女の子と、いや、組織の関係者以外の誰とも、連絡先を交換するなんて初めてだ。俺は何の為に携帯を持っていたんだろう。
「なにそれ!」
ほとんど悲鳴のような声が部屋に響いた。カラオケ屋でよかった。
ルナは俺のiPhoneを見て驚愕しているのだ。「なにそれケータイなの?」「マジで?」「うっそ、ルナ信じない」「マックの会社、ケータイとか作ってないし」
これは。
薄々思っていた事を確かめる為、俺は聞いてみた。
「ルナ、は起きたら、とか目覚めた、とか言ってたけど、いつ寝たの? 今西暦何年だと思ってる?」
「は? 今年、ミレニアムだし」
ミレニアム。それは、俺がまだ小学校にも行っていない頃の。
「ルナさん」思わずさん付けした。
「今は西暦2014年ですよ」
俺は目の前で不思議そうにするギャルを見ながら、おそらくこんな事だろうと考えた。
彼女は、組織に殺人者として育てられた後、必要な時の為にSF映画のようなコールドスリープか何かで寝かされていたのだ。2000年から。
俺も陰謀説みたいなものに慣れて来たのか、スラスラとこんな妄想じみた事が頭に浮かんでしまう。
この推測を話し、証拠としてスマホで日付やニュース等を見せてやった。
ルナの感想は「マジウケる」だった。ソファに横たわり、腹を抱えて笑う彼女をしばらく見ていた。




