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あの子と秘密組織と世界の真理とストーカー  作者: 呂目呂
第一章 秘密組織とストーカー
6/26

6.たとえこの身が朽ちたとしても

 俺の勘が怪しいと言っていた。

 この日、彼女の日課のジョギングをいつも通り見守る俺は、公園の茂みにわずかな気配を感じた。ここへ来るまでも、路上や公園の敷地、駐車場でなにか違和感があった。はっきりとした確信じゃない。勘というやつだ。彼女に関する限り、俺の勘は良く当たるのはこれまでにも経験してきた。

 俺はジャージのポケットを探り、警報機のスイッチを押す。

 車で待機する鮫島さんに緊急のサインが伝わるはずだ。これで彼は迅速に二ノ瀬香乃葉さんの周りに人員を集め、必要なら身柄を確保しに動く。これで俺は彼女から目を離せる。

 取り越し苦労ならそれでいい。後でちょっと鮫島さんに謝ればそれで済む。

 俺は茂みに分け入った。人が隠れられるような場所は限られている。案の定そこにスマホを耳に当てた若い男が1人潜んでいて、俺を見て驚きの表情を浮かべた。

 俺が銃を構えると、男は慌てて腰の辺りをまさぐる。

 男の手に銃が見えた時、俺は引き金を引いていた。

 額に銃痕を穿たれた死体が俺の前に横たわった。それを見ても何の感情も湧いて来ない。

 俺は走り出した。

 さっきまでのジョギングペースではなく、スプリントの速さで。

 何事も無く走っていた彼女を追い抜く。

 きっと、本当のスプリンターの練習に見えただろう。

 さっきの男はただの見張りで、俺と彼女の距離をこの先にいる誰かに伝えていただけだ。重要なのはそいつらだ。1人残らず、消す。

 この後いつものノルマを終えた彼女は、公園から小さめの通りに出る。この時間は交通量も少なく、歩行者もまばらで誰も通りかからない事も多い。

 そのタイミングを狙っているとすれば。

 通りに出た俺は街路樹に隠れ、道路を見張る。配送のトラック、数台の乗用車。その後ろから黒のワゴン車。窓にはシールドが貼ってあり、中は覗けない。

 今度は黒か、芸がない。間違いなくこの車だ。

 俺の思った軌道を走り、スピードを緩めて路肩に寄せようとする。

 飛び出した俺はガードレールに脚を掛け、まだ完全に停まっていない車の屋根に飛び乗った。

 まず、運転手。

 腹這いで運転席の上に陣取り、腕を伸ばして横のガラス越しに弾丸をありったけ叩き込む。ガードレールにガリガリとボディを擦りながらワゴン車は止まって俺は車道側に投げ出された。

 自分で飛び降りる事もできたが、わざとそうした。激しく全身を打ちゴロゴロと転がった。

 後続車もおらず俺は道路に伸びて、動けなくなった振りをする。頭からは流血。これが芝居だとは思われないだろう。

 後部席から出てきた男はためらい無く俺の腹を数発撃った。遠慮がねえな。焼けるような痛み。吐血。俺が大げさに叫ぶと、男は乱暴に俺の襟首を掴んで後部席に放り込んだ。

 そして俺の額に拳銃が突きつけられる。オーケー。人数は?今俺を押さえつけている男。運転をしていた男はダッシュボードに頭を乗せてぴくりともしない。助手席に一人。ガードレールにぴったりくっついているから、そこからドアは開かない。

 押し殺した声が俺に何事かを尋ねるが、その言葉を理解する必要は無い。

 俺の頭に突きつけられた銃を奪う。その時側頭部を弾丸がかすめた。皮膚が削り取られ、脳が揺れる。

 助手席の男が俺の頭部に3発放ち、その内の1発が額に命中する。

 頭部は皮膚の下にセラミックスで防弾加工がされているが、衝撃は防げない。

 意識を持っていかれながら、奪った銃で俺はまず手前にいる男の頭、そして驚愕の表情の助手席の男の、その表情の中に弾丸を撃ち込んだ。

 静寂が訪れた車内で俺は座席に身を埋めた。


 後で鮫島さんに聞いたところによると、彼女はあのワゴン車に気付きもせず、平和に帰路へついたという。俺が殺した奴らは組織が片付けた。

 肋骨で守られた胸部と違い、腹や頭部はナノマシンといえど回復に時間がかかった。

 俺の意識が戻るまで丸一日、脳と内蔵が正常な機能を取り戻すまでもう一日。

 

「あなたには怪我を気にせず戦えと言いましたが、一昨日のような、撃たれて当然、相打ち上等といった戦い方は想定外です。

 あなたはもっと上手く立ち回れるはずです。

 もう一度あんな戦い方をしたら、死にますよ」

 キリカさんの説教は長かった。例のベッドに全裸で固定されたまま、それを聞き流した。

「お前さんよ、俺等をもうちょっと信用したらどうだ?」

 鮫島さんの説教は、銃弾をくらった腹に一発のパンチとその一言だけだった。

 四人の命を奪った事に、俺は後悔も感傷も感慨も無かった。

 自分が死に瀕したのも二度目だし、なんて事はない。

 彼女を守れた。それがすべてだった。

 たとえこの身が朽ちたとしても、彼女が無事ならそれで良かった。

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