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あの子と秘密組織と世界の真理とストーカー  作者: 呂目呂
最終章 世界の真理とストーカー
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4.これが世界の真理だ

「やあ、武史君。だいぶ派手にやらかしたようだね」

 平和を守る男、いや、世界の真理を知る男、ハヤトが相変わらずの調子で、にこやかに話しかける。

 彼女は。二ノ瀬香乃葉さんは。

 部屋の隅、君は目を閉じて椅子にもたれていた。眠っているのか。

「いいタイミングだね。丁度予備催眠が終わって、もうじき目を覚ます頃だ」

「あんたは、いつから催眠術士になったんだ?」

「はは、君が冗談を言えるようになったとはね。

 あえてその質問に答えるなら、《彼》から《カルマ》を継いでから、かな。

 君はどれくらい気付いているんだい? 彼女の事となれば、なんだってわかるんだってね?」

「ハヤト、あんたはそのカルマってのを運んでいるだけに過ぎないんだろう?」

 彼女がロサンゼルスで受け継ぐはずだった《カルマ》。誰でもそれを継げるものでもないはずだ。

 ハヤトに狂った話を聞かされてから、後に二ノ瀬さんと結びつけて考え、今言ったような結論に達した。

 ハヤトにその力を使いこなす器はない。二ノ瀬香乃葉さんへの橋渡しとしての《役割》なのだろう。

「ご名答。もう僕が《世界の真理》を知っていると言った意味がわかったかな? とは言っても、文字通りの意味だけどね。聞きたいかい? 世界の真理を」

 正直、あまり聞きたくはない。

「ははは、君は何でも顔に出るんだね。

 だけど、せっかく君もここまで来たのだし、聞いておくといいよ。かいつまんで話すから」

「彼女が、目を覚ますまでなら」


「そうこなくちゃね。いいかい? 君は鮫島を知っているだろう? 彼は組織で改造手術を受け、一人の人格として身体を乗り換えながら、脈々とその意志を受け継がせてゆくんだ。半ば不老不死みたいなものだよ。この先、どの時代にも鮫島が存在し、その意志を伝えてゆく。

 たった一人だとしても、時代が積み重なれば、その経験によって培われた知識は相当なものになる。1000年後には、鮫島はその時代の人間にとって、神にも等しい存在となるかもしれない。

 それに対して《カルマ》とは、全人類の意志、知識、思考の事なんだよ。

 400万年前、人類の祖先が誕生して以降の、総ての人間達の意志が、《カルマ》なんだ。

 そんなものを一人の人間が持つ事ができたら? 世界を破滅に導くことだって、平和に保つことだって思うがままさ」


 相変わらず、俺はこの手の話を素直に聞く事ができない。脳が拒否する。


「人類は、これまでにも危ない橋を渡り続けてきた。いつ、この世界が滅んでもおかしくない事態がこれまでにも起こってきたんだよ。しかし、こうして、無事に人類は栄華を極めている。

 人類の危機。それは表には出ない。《組織》が《陰謀》によって巧妙に隠蔽してきた。

 そして、危機を未然に防ぐことが出来たのは、《組織》の首領である、《支配者》、つまり《カルマを継ぐ者》のおかげなんだ。世界を平穏に保つ為、人類を繁栄に導く為に《カルマ》は存在する。

 《組織》は《カルマを継ぐ者》の暴走を防ぐ《役割》も負っている。言葉は悪いが、上手くコントロールするって事かな」


 ハヤトは「ふう」と息を吐く。


「これが世界の真理だ。ごくかいつまんで言えばね」


 以前ならば俺には妄言に過ぎないこの話を、抵抗はあったが、多少なりとも受け入れていた。それは、ある希望によるものだった。

 もしも、《組織》やハヤトに聞かされた話がすべて本当なら。そうであってくれたなら。

「僕には解っている」

 ハヤトが俺を見透かしたように微笑む。

「君が、何を企んでいるのか」

 俺は何も答えない。

「キリカの取り引きにも応じず、あんな大暴れを演じるからには、ただ僕の言いなりになる訳がないよね?」

 この男は、どこまで察しているんだろう。俺はなにかを企むなんてガラじゃない。それはそっちの専売特許だ。ただ、二ノ瀬さん、君の為に出来る事をしたいんだ。

「頼みがある」

 そう切り出した俺に「うん」と当然予想できたというようにハヤトは頷く。

「俺に予備催眠とやらをかける前に、二ノ瀬さんと話をさせてくれないか? ふたりきりで」

「へえ。しかし、僕にはその提案をのむ義理はないんだよ? それともそうしないと、僕も殴り殺すかい? いいや、君は僕を殺せないな。それはわかるんだ」

 芝居がかった態度は、俺の頼みを予想していた事を物語る。

「彼女が目覚めたら、一時間でいい、話をさせて欲しい。

 そうしたら。俺はあんたにすべてを委ねる。組織の思惑通りに催眠でもなんでもやってくれ」

「うん。君はあまりにも愚直に過ぎる。前言は取り消そう。企みや駆け引きとはほど遠い男だよ。君は本当のことを言っている。

 記憶を失うって事は知っているよね? この三年間のすべてを。君の大好きな、あの子のことまで。それを承知の上かい?」

「ああ。構わない」

 ハヤトは再び、芝居がかった様子で考え込むポーズを取り、意味有りげな間を置いた。

「わかった。武史君の、真っすぐな姿勢に打たれたよ。望み通り、君達に時間を差し上げよう。もちろん、聞き耳を立てたりはしない。おっと、盗聴は君の得意技だったっけね。

 もう少しで、彼女は目を覚ます。僕はこれで席を外すよ」

 そう言って彼はドアへと歩を進めた。

「ハヤト。感謝する」

 俺の言葉にハヤトは意外そうにして振り向いた。

「なに。僕は君の事を友人だと思っている。君の為なら、これくらいは当然の事さ」

 その言葉に芝居臭さはなかった。

 俺は空いた椅子に腰を下ろし、彼女の目覚めを待つ。

 やがて君は目を覚ます。

 やっと。君と話ができる。組織に作られたのではない、本来在ったはずの君と、出会えるかもしれないんだ。

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