3.世界はふたりの物だよ
俺の身体はただひたすらに、向かって来るものを打ち砕く。
俺の意志は俺のもので、俺の思うがままに。
歯向かう奴らは皆殺し。
銃弾を避けるのも面倒くせえ。
邪魔をするんじゃねえ。
身体に何発食らったか、覚えていないしどうでもいいし、俺の身体は躍動し、すべて破壊するまで止まらない。
今弾丸を補充している奴とは何なのだろう。そいつの頭蓋を砕く。
俺の肩が砕ける。大口径の拳銃を構えた男が次に狙うのは俺の頭で、その前にそいつの頭を吹き飛ばす。
痛みは昂る精神を加速させるだけ。えぐれた肩が泡立って、俺の肉、神経、骨が再生してゆく。
怯えた顔で遠くから狙う男。距離なんか俺に対しなんの意味も持たない。奴には俺が瞬間移動して見えただろう。飛び散れ、色々な何か。俺の拳が顔面を貫く。
構成員の数は半減したか。しかし、まだ廊下から湧いて出る。
湧けばそれだけ殺すだけ。
血しぶきの中で、俺の心が願うのは。
君に会いに行く。
それだけなんだ。
君に会いたいだけなんだ。
銃声は鳴り止まない。
俺を止められるか?
その銃で。ちっぽけな弾丸で。信念で。陰謀で。正義で。真理で。世界を守ろうという意志ごときで。
俺があの子に会う事を、止められるというのだろうか。
背後の気配に俺は目視もせず、振り返り様の腰の入ったパンチを繰り出す。
そこに居たのは、甲虫のような装甲を身にまとったキリカだった。
俺の拳は奴の前腕に阻まれた。白銀色の装甲。
顔面に三つの弾創を付けたままのキリカが薄く笑っている。
てめえが、《怪人》だったか。
俺の打撃をまともに受けたはずの装甲には、ひび一つ入っていない。代わりに俺の拳は砕けて再生中だ。
俺を狙った銃撃の流れ弾を弾きながら、キリカが腕を振り下ろす。
射程内にはいなかったが俺はその腕の軌道を避け、身を沈めた。
俺の背後に居た構成員達の脚、胴体、胸、首がそれぞれの箇所で切断され、床にバラバラと撒き散らかされた。叫び声と血液の噴水。
怪人と化したキリカは相変わらずの気取った表情で、地獄の惨状のこの部屋を見渡した。
「武史君。残念ですが、もうあなたは香乃葉様に会う事はできません。
四肢を切断し動けなくなったあなたの、遺伝子だけを採取したら殺します」
俺の遺伝子は俺の物だ。この腐れビッチの好きにはさせない。
こいつの腕からは何か光線が放射されていた。あれを食らえば、俺の身体もその辺に転がっている肉塊の様になるだろう。
それに奴の身体は装甲に守られ、俺の拳では歯が立たない。
どうすれば良いのか。俺にこいつが倒せるのか。
そこまで考えて、どうでもよいと思えた。
君に会いに行こう。
俺は目の前の怪物に向かって一直線に走る。
右手を大きく振りかぶり、全力で跳ぶ。
俺は何か叫んでいた。力の限りに。
キリカの余裕の笑みと冷酷な眼差し。
奴の腕が俺の前を数回、往復した。
千切れろ俺の右手。吹き飛べ両脚。
ただ、左腕だけは。
胴体の陰になるようにしていた左腕で、最後に残ったこの腕で。
気合いを入れろ、俺の遺伝子。細胞。血液。ナノマシン。
飛び散れ俺の命。
俺のすべてを込めろ。打ち砕け。
最後に腐れビッチの恐怖に歪んだ顔を確かに見た。それを渾身の力で殴り抜ける。
爆裂したように、キリカの顔面が肉片や何かの断片、破片となり四散した。首の無くなった怪人が床に倒れる。
俺は、べちゃっ、と血溜まりに落下した。なんとか生きている。
もう銃撃も止んでいた。
二ノ瀬さんは、彼女は、今、どうしているだろう。すぐに会いに行かなければ。
左腕しか残っていない俺は、血の海を呈した床にただ這いつくばり、彼女の事だけを考える。
はやく。すぐに、行かなければ。
生えろ、俺の両脚。再生しろ、右腕。
……。
……。
生えねえのか。
それならば。このまま、這ってでも行くだけだ。
左腕に力を入れると、そこにトン、と何かが当たった。
右腕。
「それ、タケシのじゃね? くっ付けなよ」
見上げると、後ろ手に手錠をされたルナが立っていた。
「脚とか、探してくるし」
俺の千切れた腕と脚が切断部で泡立ち、神経や骨が再生してゆくのを壁にもたれて待った。
「無事だったんだ。良かった」
「良く言うよ、あれだけ大暴れしといて。ルナも流れ弾とか当たるかと思って、マジビビってたし」
ルナは何か決心した、力強い目線で俺を捉えた。
「さっきの、キリカの話? タケシは気にしないで。
後はもうさ、タケシと香乃葉ちゃんの好きなようにしちゃってよ?
世界はふたりの物だよ」
たぶん、この世界に二ノ瀬香乃葉さんがいなかったら、俺はルナを好きになっていたと思う。
「彼女を絶対、幸せにしてやんなよ?」
「わかった。ルナも、幸せになってくれ」
ルナは複雑に表情を巡らせ、照れながら、
「ばーか」
と笑った。
アジトの廊下を俺は走る。
勘を研ぎすませれば、君がどこにいるのか俺にはわかる。この奥に二ノ瀬香乃葉さんがいる。
そこにはあいつもいるはずだ。
奴が言う事は予想できる。俺はそれに従うだろう。その為に来た。
そして、君に会う為に。




