2.君の望む世界なら
俺は目の前にいる巨乳金髪クソ眼鏡を、改めてまじまじと見た。
思えば俺がこの組織に関わりを持ってから、ほとんどの事柄はこの女に聞かされたことだ。
二ノ瀬香乃葉さんを中心とした、《世界》と《陰謀》と《真理》。《秘密組織》。なにがどこまで《真実》なのか。
キリカ自身の望む物は。
「勘の良いあなたなので先に言っておきますが、今お話しているのは有り体に言って、時間稼ぎの為です。
香乃葉様が《カルマ》を継ぐにはもう少しだけ時間がかかるのです。それをあなたに邪魔をさせる訳にはいきません」
余裕のあるゆっくりとした口調が俺を苛立たせる。
「わざわざこのような事を言うのは、これから、我々にもあなたにも有益な取り引きを提案したいのです」
「早く言え」
回りくどい話は苦手だ。
「まず、武史君、あなたが知りたかった事を教えて差し上げます。
あなたの、香乃葉様への異常とも言える恋心ですが、これは当然我々がそのように仕組んだものです」
俺はその言葉を聞いても、何も感じなかった。
「特定の心理状況下で、あなたの場合は彼女の事を想う時ですが、自分の限界を超えた能力を発揮できるような遺伝子を、我が組織は開発に成功しました。
あなたはその遺伝子を手術によって埋め込まれました。
香乃葉様に恋心を抱かせるのは非常に簡単でしたよ? それまで散々な境遇にあなたを置き、それとなく彼女に意識を向けさせるのは、我々の組織にはたわいない事でした。
あなたにはその能力を香乃葉様を守る為に使うよう言いましたが、それは事のついでに過ぎません。
その遺伝子を、あなたの子供に受け継がせるのが真の目的です」
キリカの言葉を俺はただ黙って聞いていた。そして、ある理解に達した。
「つまり、俺は実験台ってわけだな? その訳の分からねえ遺伝子が、上手く作用するか。
そして、限界を超えた能力を発揮するトリガーにする為だけに、俺が二ノ瀬さんを好きになるよう仕向けた」
キリカは「よく出来ました」とでも言うようにニッコリと微笑む。
「次に香乃葉様のお気持ちですが。
我々も驚いた事に、彼女は今あなたに夢中です。あなたはきっと気付かなかったでしょうね。自分に向けられた好意に、あなたは鈍感すぎますから。
もちろん、数週間前にあなたと彼女をわざと引き合わせ、香乃葉様があなたを好きになるように仕向けたのは我々ですが、それが予想以上の成果を上げてしまいました。
今日のデートをいい思い出にして、この後あなたは居なくなり、失恋を味わって貰う予定だったのですが、急遽このような事態になってしまいました。
この後彼女は、喫茶店での出来事から数時間の記憶を失くし、新たな人格を持って生まれ変わります。
世界の支配者として」
俺の聞きたい事はまだ聞けていない。彼女の本当の心は。彼女が自分で選ぶはずだった道は。これ以上、時間稼ぎをさせてはいられない。
俺の目つきが変化したのをキリカは見逃さなかった。取り繕うような笑顔で言葉を続ける。
「では、核心に入りますね。
今、香乃葉様はこの奥の部屋で催眠術を受けています。彼女の心が最もフラットな状態になって、《カルマ》を受け入れる態勢が整うように。
その状態の彼女なら。
もしかしたら残っていたかもしれない、我々が操作する以前の、本当の人格が、見いだせる可能性もあります」
血管を、血が、凄まじい速度で駆け巡る。
会いたい。二ノ瀬香乃葉さんに。
そして、聞きたいんだ。本当に君が望むものを。
本当ならば君が選んでいた道を。
世界が君に、どのように映っているのかを。
君に見える世界なら、俺も見てみたいんだ。
君の望む世界なら、俺も生きたいと思えるんだ。
「勘違いされては困りますが、決して確実なことではありません。可能性があるというだけです。
それから、武史君。あなた自身の本来の姿の事ですが。
我々は、これからあなたに大人しく記憶除去の催眠を受ける事を、強く勧めます。
それはあなたが次の《役割》へと進む為なのですが、その催眠にも準備があります。香乃葉様の場合と同じく、あなたの心も平坦な状態へ移行させなければなりません。
記憶除去、しかも期間を限定してのものですから、かなり大掛かりな施術になるので、そんな準備も必要となります。
わかったかしら? その状態ならあなたの、我々が関与しなかった場合の人格が現れるかもね?
取り引きというのは、それです。
もしあなたが素直に我々に従えば、二人とも催眠を受けた状態で、会う事を許可します。二人で、充分な時間をかけてお話させてあげますよ?
後に二人ともその記憶は無くなりますが、だからこそ、すべてを語り合えるのでは?
その先はあなた達次第ですが、何かいい事が起きるかもね? なにせ、二人っきりですし」
キリカは勝利を確信したような、余裕たっぷりの笑顔を俺に向け、その顔面に三つの弾丸を俺は撃ち込んだ。
部屋の物陰から、廊下から、数十人か、ありったけの数の構成員がなだれ込み、俺を狙撃する。
数十の銃声が重なり、ずれて、連なり、響く。
来いよ。邪魔する奴は皆殺しだ。
銃弾はすべてが止まって見える。
宙で静止した弾を避け、流れるように円を描いた俺の両手の銃から放たれた弾丸が、男達の頭部を確実に撃ち抜いてゆく。
俺にとって一瞬で、手持ちの弾が切れたが、なんの問題も無い。銃を奪う必要も無い。
何事かを叫びながら銃を乱射する男の懐へ潜り込み、脇を締めて最短距離で顎を打ち抜く。拳で。ぐるんと回った顔はまだ何かを叫んでいて。振り返り様に一人の男の頭蓋を拳で砕く。色々な何かが飛び散った。
まだいくらでも構成員はいるだろう。
いくらでも来ればいい。全員殺す。
こめかみの辺りに一発、銃弾を食らうが、軽くよろけただけだ。揺れるのをやめろ、俺の脳。そう念じると脳は揺れるのをやめた。
俺は、君に会いにゆく。
君に会いたいんだ。
俺は、君の為ならなんだってできるんだ。




