10.俺にとっての世界
「一応、言っとくけど。ここまで全部、ソーテー内? だし」
今俺は、意識を取り戻したルナの運転する車で組織に向かっている。
運転なんかできたんだ?と聞くと「昔、組織で覚えて? ギゾーだけど免許あるし」との返答。その免許書は前世紀のものじゃないかと思うが。
彼女はあっけらかんとした普段のルナに戻っていた。時々「イテテ」とこめかみをさする。
「ホントは、ルナがタケシ半殺しにして? 拉致ってくるつもりだったけど。
てゆうか、ちゃんとデートさせてあげたかったのに。タケシ、マジ空気読めないし、結局こうなっちゃった」
「この後は?」
組織の企みの中で、俺の役割はまだ終わっていない。始まっていないのかもしれなかった。
二ノ瀬香乃葉さんを守るというのも、他の人間に任せられただろう。
どこまでが、俺なのか。俺は自分の意志で生きた瞬間があったのか、もはや自信が持てなかった。そしてこれから取るべき行動を、俺が選べるのか。それも、組織の掌の上で踊らされているに過ぎないのか。
「香乃葉ちゃんが《カルマ》? を引き継ぐ? みたいな。その辺ルナ知らないし、キリカさんに聞いて。予定より早まったけど、問題ないみたい。
それよりタケシだよね、大変なのは」
「なにが?」
「この後さ、タケシは《記憶》を消されちゃうんだよ。
この3年間、香乃葉ちゃんにカンケーすること、全部」
ハンドルを握り前を見つめたまま、無表情でルナは言った。
「タケシはさ、《カルマ》を知る前の香乃葉ちゃんに、ちょっとだけ恋愛? を体験させてあげるのが《役割》だったんだ。あと、ついでに失恋もね。
喜びなよ、彼女、タケシのこと、マジ大好きだよ? エッチできたかもよ? あの子、自分で気付いてるか知らないけど」
ルナはいつになく落ち着いた口調で、俺にそんなことまで話してしまっている。
二ノ瀬さんが、俺を好き?
そうか。陰謀だな。そう思わせて、また俺を利用しようと。
「タケシがコクったとき、ルナ、もう少しで叫ぶとこだったし。よっしゃー! って。自分の事みたく嬉しかった。がんばったじゃん?」
「俺にそんなに喋っていいのか?」
「ベツに? だって記憶消されるって言ってんじゃん。ルナがペラペラしゃべるのも、組織的にはソーテー内だし。
タケシの本当の《役割》は、その後だよ」
「それだ、教えてくれよ。俺は記憶を消されたとして、次に何をするんだ?」
そう尋ねた瞬間、ルナの顔が耳まで真っ赤になった。
「……おい、ルナにそんなこと言わせんな」
こちらを見向きもせず、頬をぷくっとふくらませる。
……なんだ?本当に何をさせられるんだ。
「それよりさ」
まだ赤い顔のルナが俺に囁いた。
「このまま、二人で逃げね?」
「は? そんな事したらルナも殺されるだろ?」
「いいし、ベツに。てかタケシこそ、マジ記憶消されるんだけど、いいの?」
「向こう着いてから考える。なんとかなるだろ」
俺にはルナが今、どれだけ組織の意向に添って行動しているのか判断できない。ぶっちゃけて話しているようで、それすら組織の思惑通りであるかもしれない。
だけど、ルナを俺の為に巻き込むわけにはいかない。
ルナは、「ハハハ、ソーテー内だし」と前を見たまま笑った。
組織に着き、車から急いで飛び出そうとした俺をルナが止めた。
「タケシ、これから何しようとしてる?」
「二ノ瀬さんを、取り戻す。その前にちょっとキリカさんに聞きたい事もある」
「何にも考えてねーし。向こうもさ、ただやられるワケなくね? ルナもタケシのこと、止めるし。
大体さ、香乃葉ちゃんを取り戻してどうする気? このまま世界の? 支配者? になって貰っても良くない?」
「彼女がそれを望むなら、それでいい」
だけど。たとえそれを望んだとしても、彼女の意志とは言えない。
彼女は組織に作られた人格だから。
そして、俺も。
「ルナ思うんだけど。タケシが、これから何したって、なんにも変えられないんだよ? だって、全部始めから決まってたんだし。これから起こる事も。
だったらさ、大人しく従った方がいんじゃね? したらルナもタケシと戦わなくて済むし」
アジトの廊下を二人で並んで歩いてゆく。この先に二ノ瀬香乃葉さんがいる。そしてキリカさんが。
「たとえ、なにもかもが決められていても、結局、やりたい事をするしかないんだ。
結果がどうなるかなんて、どうでもいい。
俺にとっては今解ってる事が真実で、俺から見えているのが世界のすべてだ。
作られた感情だとしても、二ノ瀬香乃葉さんを好きだってことが、俺にとっての世界だよ」
ルナは完全に呆れた顔で、それから盛大に笑った。
「マジウケる。あのさ、なんで香乃葉ちゃんのこと、好きになったの? だってあの子言っちゃ悪いけどちょっと地味だし? 胸ペッタンコだし? 痩せてるけど寸胴だし? 性格いいかも知れないけど、そんなの上っ面だけかもだし?
ルナの方が絶対かわいいよ? スタイル超いいし。尽くすタイプだし」
「理由なんか無い。好きなだけだ」
アジトの廊下にルナの笑い声が響く。腹を抱えて涙を流しながら爆笑するルナは、本当に何がおかしいのか理解に苦しむ。
「あはははは! タケシ、マジ最高。いや、マジで奇跡起こるかもだし」
「奇跡?」
「組織の《陰謀》とかぶっ潰す為にはさ、あいつらの予想しなかった事が起きなきゃ駄目じゃん?
タケシがそこまで香乃葉ちゃんのこと好きなのって、ソーテー外、かもね」




