9.もしかしたら、それすらも
鮫島さんに続いて3人の構成員が店内へとなだれ込む。予想したもう一人がいなかった。
俺は彼らに向けて銃を突きつける。すぐ皆殺しにもできる。それをしないのは、彼らの思惑に乗っている振りを少しは続ける為だ。
まだ俺は何も解っていない。
「どこまで感づいてんだ?」
単刀直入に鮫島さんは切り込む。彼らしい。
「二ノ瀬さんと俺をここへやって来させる。そこまでが仕組まれてるってのは解ってますよ」
街中に二ノ瀬さんを見張る輩を大勢配置すれば、俺達はどこかへ逃げ込む。
そして、俺が一度来たことのあるこの店へ誘導するのは容易い。
マスターは、俺が彼女にすべてを打ち明けようとしたタイミングで狙撃した。《組織》に都合の悪い事を話される前に。
彼は頭部を撃っても軽い脳震とうで済んでいて、おそらく俺と同じ改造人間だ。堂々と距離を詰めてきたのも俺だけを撃つ為と、多少銃弾を浴びても平気だからだ。俺のように。
俺は《組織》に操られ、自分の意志でそうしたかのように彼女をここへ連れてきた。
話はこれだけではない。疑問がある。
どこから。
俺が自分で選んだように仕組まれていたのは、いつ、どの時点からなのか。
平和を守る男と公園で接触し、それがきっかけで二ノ瀬さんと俺は鉢合わせになった。あの、ハヤトも当然組織の一味だろう。
彼女を拉致しようとした車に俺は突っ込んだ。あそこか?
それよりも、ずっと前からだとしたら。
彼女を好きになるまでの、いつ死のうかと、そればかり考えていた俺の人生。そこからなのか。
俺が二ノ瀬香乃葉さんを想う気持ち。
もしかしたら、それすらも。
「上出来だ。だが、お前さんは余計な事を言おうとした。なるべく面倒は起こしたくなかったがな」
鮫島さんは低く、声を殺して話した。きっと二ノ瀬さんに聞かせないように。
「でも、ほとんど何も知りませんから。ここへやって来させて、なにを企んでいたか。この後どうするつもりなのか。
どこからどこまでが、仕組まれているのか」
拳銃を握った手に思いがけなく力が入る。返答によっては、すぐに、殺す。
「お前さんにはいつか話したっけな。人にはそれぞれ役割があるってよ。俺は映画が好きでよく観るんだ。そこでちょくちょく不思議に思う事がある。
その映画の主人公の為、ただ単に話を進める為に死んでいくような奴らっているよな? あいつらの人生ってのはなんだ? 話の都合に合わせて、なんか特技でも持って出てくる。用が済めば退場だ。
主人公だってなにも解っちゃいないさ。落ち着くとこに落ち着くまで、右往左往して、大団円までたどり着く。苦労して、自分で選び取った道だ。だけどな、そんなのは始めから決まってた事だ。本人は知りやしねえけどな。
当たり前の話だ、所詮作り事だってのはわかってる。
だがよ、もしこの世界が映画だとしたら。
映画を作っている奴、監督だな。そんな奴がいるとしたら、どうだ?」
彼が以前話した事を思い出す。世界が映画だとしたら、二ノ瀬香乃葉さんに主人公になってほしい、と。そして彼女を助ける役割をしろと話していた。その時にはなぜそんなことを言うのかわからなかったが。
「そいつが、すべて決める事だ。
どこまで仕組まれてるかだって?
お前さんはそれなりに重要な役どころだ。
こっちの思うように、すべて、生まれた時から仕組んでたに決まってるだろう?」
「……」
駄目だ。自分を押さえ込もうとしても、怒りで勝手に体が動きだしそうで、そしてそれも奴の思う壷だ。
「誰が、それを決めているんだ? 彼女や俺の人格を、都合良く操ってるのは、誰なんだ?」
努めて冷静に尋ねるが、俺にはもうそれに対する答えもどうでも良く、知らない間に自分に課せられた役割を演じているだけだった。
「もう大体のとこは見当着いてるだろう?
俺が監督だ。渋い脇役も兼ねてるけどな」
鮫島さんの手が懐に伸びた瞬間、額に弾丸を打ち込んだ。うめき声もあげずに崩れ落ちる。
構成員達が銃を抜くが俺は背後を向き、誰もいないカウンターに飛び乗った。
あいつがいるとすれば、ここだ。
カウンターの中に、ナイフを両手に構えたルナがしゃがんでいた。
いつもの無邪気で天真爛漫な笑顔は無く、無慈悲な殺し屋の表情で。
勢い良くジャンプしたルナが俺の懐へ飛び込む軌道へ、思い切り肘を入れてやる。
完全な手応え。俺の体重がすべてかかった肘打ちをこめかみに食らって、ルナは頭から床へ叩き付けられた。
あえて俺は接近戦を選ぶ。彼女の体に伸し掛かると同時に胸を二度刺されるが、俺には致命傷にならない。ナイフを払い落とし肩を押さえつけると、冷酷な笑いを浮かべるルナの顔があった。
「テンソー」
呟くと、ルナの手に今までなかった大振りなナイフが瞬時に現れた。そうか。ルナも改造人間だと言っていたのを思い出した。
俺の腹に深くナイフが突き刺さる。ルナは白目を剥き、がくんと体中の力が抜けて床に伸びた。さっきの肘打ちがやっと効いてきたのだ。
腹に刺さったナイフはすぐに消えて、俺はカウンターに飛び乗る。
構成員達の俺へ対する銃撃は無く、奴らはもう立ち去っていた。おそらく裏口から。二ノ瀬香乃葉さんを連れて。




