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あの子と秘密組織と世界の真理とストーカー  作者: 呂目呂
第二章 あの子とストーカー
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8.俺はずっと君のことを

 これからどうすれば良いのか。他の組織の連中に俺達は包囲されている。

 鮫島さんとルナは車で近くに待機し、構成員も街中に配置されているが、このままデートを続けるのは危険だ。君が狙われているのを隠し、自然に振る舞うにも限界があるだろう。

 並んで歩く君はずっと恥ずかしそうに顔を伏せている。俺がいきなり手を握って、そのまま離さないからだ。

「二ノ瀬さん」

「はい」

 下を向いたまま答える。頬が少し赤い。

「映画が始まるまでどっか入ろうか」

 君はコクっと小さくうなずく。

 君は昨晩ネットで今公開中の映画を調べ、どれにしようかとメールで相談してくれた。そんなやり取りもたまらなく幸せだった。

 だけど映画を観るのも絶望的だ。今日に限って狙われているし、俺がストーカーだと告げなければ。

 いつか平和を守る男と待ち合わせた、古い喫茶店に向かう。あそこなら客もほとんどいないし、怪しい奴が来ればすぐにわかるだろう。

 複数のテナントが入った雑居ビルの地下一階。細い階段を下り、重いドアを開けるとチリン、とベルが鳴る。やる気のなさそうなマスターがちらりと視線をよこした。案の定、他には誰もいない。

 ここで君に謝ろう。君をストーキングしていた事を話そう。

 席に着き注文をした後、君は無言で、俺も言葉が出て来ない。こんな君は珍しい。君はいつだって周囲に気を遣い、場を和ませようと自分からなにか話しかけるから。

 いつかルナに言われた。俺は二ノ瀬さんの気持ちを考えていない。

 今言う必要があるのか。君の気持ちはどうなるんだろう。

 だけど、これ以上君に隠していたくない。

 注文した物がテーブルに届くと君は、

「さっきはビックリした。緑川君、どうしたのかなって……」

 静かにそう言って、言葉の続きを探す。目線は手元のホットココアに向けられている。

「急すぎるっていうか、少し……怖かった。

 あのね、嫌だったわけじゃなくて、でも、ああいうのは、もっと……」

 君は俺を傷つけないよう、丁寧に言葉を選ぶ。目は伏せたままで、声は途切れそうだ。

 せっかく楽しみにしていてくれたのに、俺はデートを台無しにしようとしていた。

「俺は、君に話さなければならない事があるんだ」

 君はやっと顔を上げた。いつもより、さらに可愛かった。それが辛かった。君を見るのも、もうこれで最後になってしまう。

「二ノ瀬さん。……高校で同じクラスになってから、俺はずっと君のことを」

 ストーキングしてたんだ。そう言おうとした。

 俺はテーブル越しに体を伸ばし、向かいに座る君を抱えて床に押し倒した。

 テーブルが倒れ、ティーカップや水の入ったグラスが割れて飛び散る。

 低い銃声。ボスッ、とソファに穴が開き、焦げた匂いが鼻を突いた。

 店のマスターが銃を構えたまま、こちらへ近づいて来るのをテーブルの下から確認する。俺は前腕に仕込んだ小型の拳銃を掌へ移す。

 さっき俺が話しかけた時、他に誰もいない店内で重鉄を起こす音がBGMのジャズに紛れて微かに聞こえた。なぜあのタイミングで発砲したのか。

 マスターの足取りは距離を詰める為のものだ。正確に的を捕らえ、反撃にも耐える備えがある。

 ならば奴の目標は俺だけだ。そして、正体も見当がついた。

 俺は二ノ瀬さんを押し倒した格好のまま、マスターの足に一発打ち込む。崩れ落ちてきた上半身の、頭部目がけて撃った。直撃、そしてうめき声。

 俺は低い体勢でマスターに直進し、銃を持った手を捻り上げて馬乗りになる。

 マスターの目がぐるんと、俺に焦点を合わせようと動く。俺は奴の口内へ銃口を突き込み、そのまま撃った。今度こそ動かなくなった死体から離れ、君のもとへ向かう。

「な……なにが、起きてるの? それ、ほんものの……銃?

 あの人は……しんだの……?」

 君は床に伏せたまま恐怖に体をすくめて、すがるような目で俺を見上げた。

「まだ、伏せてて」

 地下にあるこの店でどれだけ暴れても騒ぎにはならない。

 俺の服に仕込まれたマイクが、この状況を組織の車に伝えている。

 だんだんすべてが繋がってきた。

 次が本番だ。どっちから先に来るのか。同時か。それともあいつか。

「二ノ瀬さん」

 床に顔を近づけて声をかけると、怯える表情の君と目が合った。

 近い。20㎝もない距離に君の顔がある。

 今のうちに言ってしまおう。

 大好きな君に、嫌われてしまうけど。

 それは、何よりも辛いことだけど。

「聞いて欲しいんだ。俺は、高校での三年間、ずっと」

 俺を見つめる君の目がだんだん見開かれてゆく。

「君の事が好きだった」

 言ってしまった。

 こっちを。

 本当に言いたかった方を。言ってはいけない方を。

 君は泣き出しそうな顔をして、唇をぎゅっと結んだ。


 もうそろそろ来るはずだ。

 立ち上がろうとした俺の腕を、君が握った。

「……君はずるいよ。1人だけ全部わかってるみたいに、自分の言いたい事だけ言って」

 その通り、と言いたいけど、俺はまだ全然解っていないんだ。

 《世界》の事を。

 それに、言いたい事はまだある。

 俺が君にしていたすべて。

 君にまつわる陰謀、秘密組織。

 あの夏の日に、君が落とした競泳水着。

 今日の君は、俺が今まで見てきた中で一番きれいだってこと。

「後で全部説明する。だから、それまで待っていて欲しい」

「……はい」

 君は俺の目を真っすぐ見つめて言った。

 俺は立ち上がり、店の出入り口へ向かう。

 階段を下りる足音は四人。たぶん予想通りのメンツだろう。

 ドアの前で隠れもせずに立ち、彼らを待った。チリンとベルが鳴り、俺のよく知った顔が現れる。

「お前さんよお、誰がこんな事しろって言ったよ」

 転がった死体を見て鮫島さんが言った。

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