7.俺はストーカーなんだ
「二ノ瀬さん、明日何か予定はある?」
日課のジョギングの帰り道。隣を歩く君に、俺は何度も練習したセリフを発した。上手く言えたと思う。こんな言葉でも、君に言うとなれば命がけだ。
「ないよ? どうして?」
よし、想定通り。事前に君が暇な日を調べてあったのだけど。そして、次のセリフだ。
「映画でも観に行かない?」
言えた。ごく自然な感じに聞こえただろう。もうこれでいい。充分だ。俺は達成感に包まれていた。これから君の曇った表情を見るのは辛いけれど。
「え?」
君は目を見開いて、信じられないというように俺を見た。
この反応はなんだ?「ごめんなさい、用事があるんだけど忘れてたの」とか、困り顔で断ってくると思ってたのに。
それから君は澄ました顔で、
「うん、いいね。私も映画とか観たいかなって思ってた。
オッケーです」
と言って前を向いた。
今度は俺が驚く番だ。次に用意していたセリフは「いや、一人で行くから気にしないで」だったから言葉に詰まった。
「えーと、何か観たいのあるかな? 俺、映画全然詳しくないんだ」
まずい、これは怪しまれるだろう。なぜ映画に興味も無いのに誘っているんだ?女の子と出掛ける場所といえば、それくらいしか思いつかなかったのだが。
「私、帰ったら調べてみる。面白いのやってるといいな」
君は何も気にならないみたいで、それから待ち合わせの場所と時間を決めて別れた。
一人になってから俺は足が勝手にバタバタと動き、体は前後左右に揺れて完全な不審者のように車へ向かった。
喜びと不安で自分が制御できない。叫びそうだ。泣きそうだ。吐きそうだ。今の気持ちを言葉で表すとこうだ。
生きていてよかった。
人生で2度目にそう思った。君を好きになった時と今。
「ご飯どこで食べるとか決めてんの? 言っとくけど、映画観て即解散とかありえないから」
組織に戻るとルナが「香乃葉ちゃん攻略講座」と銘打って、勝手に俺を相手にレクチャーを始めた。
「吉牛とか」
「死ねば?」
他にうまい食い物屋は思いつかない。
「香乃葉ちゃんが好きなお店とか知ってんでしょ? あと、一応ラブホの場所とか? ハアクしといた方がいいし」
「待てよ」
「けど、ルナの言った通りだし。あの子、ずっと誘ってもらいたかったんだって。初デートとか、マジ、ドキドキなんですけど」
「なんでルナがドキドキしてんだよ」
「タケシ」
不意にルナが真顔になって俺の目を見た。
「明日さ。香乃葉ちゃん、すっげー楽しみにして? 精一杯オシャレして? 来るんだよ。
タケシは、彼女をマジ本気で受け止めてあげてよ? じゃないと殺すし」
二ノ瀬香乃葉さんとデート。よもや、そんな事が起こるとは。世界はSF映画より現実離れしている。
待ち合わせは2時に駅前だが、俺はいつも通り朝から彼女の家を張る。彼女の後をつけ、少し遅れて現れる予定だ。
午後1時半に君は家を出た。駅までは10分くらいなのに、几帳面な君は待ち合わせの時間より早めに着かないと落ち着かない。
後ろから見る君は普段と少し違う。
下ろした髪は肩に軽く掛かり、いつもよりふわっと横に広がっている。黒い薄手のタイトなコート。君にしては短いスカートにブーツ。友達と出掛ける時よりオシャレな気がした。
それに、君が手にしているのはお父さんからお土産に貰った、ブランド物の小さな鞄。君がそれを大事にして、滅多に使わないのを俺は知っている。
ルナの言った通りだった。君は明らかに、気合いを入れてデートに臨んでいる。あのオシャレが俺の為?
逃げたくなった。耐えられそうにない。君を好きになって以来、初めて死にたくなった。
なぜ君はそんなに嬉しそうな足取りなんだ。普通に歩いているけど、俺にはわかる。髪を何度も両手でフサフサと左右に広げた。君はウキウキしている。
待ってくれ。胸が締め付けられる。俺はそんなに君を、楽しみにさせるような価値のある人間じゃない。最低野郎なんだ。俺を知って欲しい。
俺はストーカーなんだ。
やっと、俺はそう思えた。今まで認めたくなかった。俺はストーカーなんかじゃなくて、純粋に君を見ていたいだけなんだ。そう自分に言い聞かせていた。
それが、ストーカーだ。
君をずっと見ていた。後を付け回した。盗聴をした。君が一人の時、部屋で何をしているか、気持ちがいい時どんな声を出すのかも知っている。
そう伝えよう。俺が最低の糞野郎でストーカーなんだって、君に言わなければならないんだ。
待ち合わせの場所で、すべて打ち明けよう。
そう思ったら気が楽になった。君の後ろ姿を遠くに眺める。これが最後のストーキングだ。感慨深い。任務もこれで終わりだ。きっと組織に殺されるだろうな。ルナは何と言うだろう。キリカさん、鮫島さんは。
住宅街はとっくに抜けて、今は人通りの多いバス通りだ。もう少しで駅に着く。
そこで俺は気付く。ほとんど動物じみた感覚で君の危機を察知した。
君を見張っている奴がいる。俺以外に。さっきまで、そんな気配はなかった。わざわざこの通りに出てから君を監視する意味は。
人の多さを利用するつもりだ。壁として。また、見張りの人員を紛れ込ませる為。そして何をするのか。拉致?殺害?
雑踏の中に不自然な気配があった。君を中心とした円の中で、人々が入れ替わりながらもその数が変わっていない。君を包囲するみたいに、サラリーマンや学生のグループ等が過ぎ去っては現れる。
見張りの数が尋常ではない。数十人、それ以上か。
君の後ろ姿を目がけて俺は駆け出していた。通行人にぶつかり、非難の声を投げかけられる。気にしている場合じゃない。俺は君に向かって手を伸ばす。
「二ノ瀬さん」
声をかけると同時に俺は君の手を強く握った。驚いて声も出せない君に、
「俺から離れないで」
そう言って体を寄せた。




