表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの子と秘密組織と世界の真理とストーカー  作者: 呂目呂
第一章 秘密組織とストーカー
1/26

1.君が好きなんだ

 好きなんだ。

 好きなんだ。

 君が好きなんだ。

 ママチャリを漕ぐ俺はきっと今、ツール・ド・フランス七連覇、ランス・アームストロングより速い。俺にはドーピングなんか必要ない。

 二ノ瀬香乃葉(にのせかのは)さん、君が好きだ。

 君を思うだけで涙が出る。

 高校で同じクラスになってから三年間、ずっと君を見ていた。

 授業中の真剣な横顔。友達と話す楽しそうな笑顔。クラス委員として発言する凛々しい顔。一人でいる時のちょっと油断した顔。

 お昼に弁当のおかずを食べる順番も俺は知っている。嫌いなトマトは一番最初。微妙に入る眉間のシワがたまらない。

 テニス部の君は誰よりも練習熱心で、だけどレギュラーにはずっとなれなくて、一人で泣いたね。それを見て俺も泣いた。

 学校帰りの買い食いが君の一番の楽しみだ。君の好きなキーマカレーコロッケは、もう俺の好物にもなっている。体重を気にしてるのに和菓子屋の前に仁王立ちして、結局苺大福を買っちゃう君の意志の弱さも俺は好きだ。

 サッカー部のあいつと君は一回だけデートした。あいつが変な事をしようとしたら殺そうと思ってた。だけど、君があいつを好きならば、身を引く覚悟はできていた。結局君は退屈そうで、俺は少し安心したんだ。

 家族とは仲が良くて、特にお父さんとはいつも楽しそうにおしゃべりしてたね。彼氏はできないのかなんて聞かれると、怒ったふりしてむくれた声を出して、それが本当に可愛くて。

 一人で部屋にいるとちょっと外れた音程で流行の歌をうたったり、ブツブツ独り言を言ったり。もう高校三年生なのにケロちゃん(多分ぬいぐるみ)と話をしたり。けっこういびきが凄いのが悩みだよね。俺は全然オッケーだけど。

 君の少しだけ茶色い、ふわっとした髪が好きだ。君の顔が好きだ。切れ長の瞳が好きだ。平らな胸が好きだ。日焼けした首や腕や脚が好きだ。

 クラスで一番可愛いってわけじゃない。だけど君が好きなんだ。

 一言もしゃべった事が無い君を、俺は好きなんだ。

 見ているだけで(望遠レンズ)、声を聞くだけで(盗聴)、君の後ろを歩くだけで(尾行)、俺は最高に幸せだったんだ。

 だけど幸せな三年間はもう終わる。

 君は親戚のいるロサンゼルスへ移住するという。

 俺はずっと君を見ていようと思っていた。ロサンゼルスへついて行く覚悟もした。

 しかし。それでいいのか。俺は解っている。もう、現実を見る時だ。

 本当は、つらかった。どこへもたどり着かない思いを抱えるのに疲れてしまった。

 クラスでも目立たない俺を、君は多分知らないだろう。名前くらいは覚えてくれてるかな。何の取り柄も無く平凡な俺に、君に思いを伝える事はできない。君を驚かせたり怯えさせたりキモがらせたりしたくない。


 君の事を忘れてしまおう。

 大好きな君を忘れて、俺は新しい人生を生きよう。

 ごめんなさい。勝手な俺を許して欲しい。

 そして、確信できることがある。

 これから一生、他の誰かを好きになる事は、決して無い。

 三年間の締めくくりとして、こんな勝手な思いの総決算として告白するなんてできない。

 だけど、俺には最後にやっておかなくてはならない事があった。


 二年生だった、あの夏。君が落とした小さな袋。声は掛けられなかった。なにが入っているのか、俺は知っていた。家へ持って帰ってしまった。あれ以来、悪夢にうなされる程自分を責めた。何度も返そうと思った。そうしようと思えば簡単だった。でも出来なかった。君に対するよこしまな感情。君を性欲の対象として見る、そんな考えがわずかなりとも自分にあった、その事に打ちのめされた。


 二ノ瀬香乃葉さん。

 君がロサンゼルスへ行ってしまう前に。

 君と会えなくなる前に。

 君が俺の人生から消えてしまう、その前に。

 君に競泳水着を返したい。


 クリス・ボードマンのタイムトライアルの記録を塗り替えながら俺は疾走する。

 夕暮れの街。君はもうすぐ家についてしまう。

 追いつかなければ。腕時計に目をやる。

 今、君は近所の犬に挨拶をしている頃だ。コロッケを少しあげちゃう事もある。今日は和菓子屋仁王立ちはしないはず。昨日15分立ってたから。

 急げ。もうすぐだ。

 君に会うんだ。

 君に渡すんだ、この競泳水着を。

 袋を開けた事は無い。たぶんカビだらけだ。

 君はどう思うだろう。

 俺のセリフは用意してある。

「これ、落とし物」

 それだけ言って、世界最速のスプリンターより速く、走り去るつもりだ。

 あの曲がり角だ。時計を見る。間に合った。じきに君が姿を現す。あと20秒程だ。

 スピードを落とそうとした俺は妙な物に気付く。白いワゴン車が停まっている。スモークが貼ってあり、中は見えない。この三年間、こんな所でこんな車は見た事が無い。

 車が俺と同じ方向へ走り出す。右へ曲がる。そこには君がいるはずだ。

 俺はスピードを緩めない。

 ツールのラスト、残った足を使い尽くしてゴールを切るレーサーより速いスピードで、俺はワゴン車の側面目がけてペダルを踏んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ