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創造のバベル-Re:the tower of babel  作者: マナ'
終章 -Reply
39/40

 圧倒的なまでの黒は、いつの間にかその濃さを薄めていた。不鮮明ではあるが、磨り硝子のように向こう側が透けて見えていた。

 見えなければよかったのに。

 その瞬間も、ただ見ていることしかできなかった。見たくもないような光景を。

 目を瞑ろうが意味をなさなかった。制御が効かない自分の能力が、現実を押しつけてくる。

 逃れられない檻の中で、どうすることもできない。

 彼はただ、傍観者にすぎなかった。


 †


 骨の砕ける音が響いた。その瞬間にあったものは音だけだ。しかし、その音が操佳の思考を働かせた。

 見ると、バラルが悶絶している。自分の右腕をもう一方の手で押さえながら、なにかよく分からない声を発している。彼の右腕は不自然に曲がっていた。肘と手首の間にまるで新しい関節ができたかのように、折れ曲がっている。ぼたぼたと血がこぼれている。

 わけの分からない声は、苦痛からのものか、それとも何か別の意味のある言葉なのか。この時点で、操佳には分からなかった。しかし、そんなことどうでもよかった。

 凛乃がそこにいたから。

 顔を亡くしたままの凛乃はそこにいる。再生はすでに始まっている。壊れた部分が奇妙に蠢き、少しずつ元に戻っていく。

 凛乃は死んではいなかった。

 顔を失い、頭蓋は砕け、脳が潰れようとも。確かに今その場所で生きていた。

「凛…………乃……?」

 反応はない。

 操佳にも意外だった。しかし、一番驚いているのは彼女を破壊したバラル本人であったのは言うまでもなかった。

 先ほどのわけの分からない声は、治療の言葉だったのだろう。バラルの腕からの出血はもう止まっていた。ただ、腕は以前不自然な方向を向いている。

「それでもーー! それでも、動くというのか!」

 様々な感情に顔を歪ませたバラルを、凛乃は戻ってきた顔で、さわやかな表情で返した。

「私は……。2ndだから。所詮、偶然の産物だから」

 あぁ、そういえばそうだった、と操佳は今更ながら思い出した。いや、正確に言うとそこまで考えを巡らすほど余裕がなかっただけだが。

 意図的に創造された自分。

 意図的に生産された3rdシリーズ。

 そして偶然完成した2nd。

 操佳の独立自我の構造をベースに創られた、壊れた人形。同じ生命が存在しえないという世界の理から外れた、本当の意味での外環生命体。他のAHとは圧倒的に違う生命。

 偶然は、偶然が故に統御できない。

「しかし、ここで終わるわけにはいかぬのだ!」

 バラルとて積み上げてきた時間がある。無駄にできない時間がある。無駄に終わらせてはいけない、その先に進まなければいけない階段がある。

「上らねばならぬ」

 バラルは拳銃を取り出した。それは、アストライアとサトゥルヌスを消滅させた、情報崩壊プログラムが内包された銃弾が込められた銃。

「進まねば…………」

 引き金を引く。青い軌跡を遺し、銃弾が凛乃に向かって射出される。

「……ならぬのだ」

 続けざまに二度。合計三発の銃弾が凛乃に迫る。

「凛乃!」

 操佳が叫んだと同時に、凛乃はタッと横へ跳んだ。それで銃弾を避けることができたかのように見えた。

 バラルがわずかに口元を緩めた。

「reflexiol-tos-reflexio」

 変化はすぐに現れた。横に跳んだ凛乃が見えない壁に激突した。そこには確かになにもない。しかし、たしかに何かにぶつかった。凛乃は体勢を崩した。

 崩れた体勢を立て直せずにいるまま、不規則に軌道を変えた銃弾が、夜空の青い流星がごとく、鋭く凛乃のわき腹に命中した。

 衝撃で凛乃の身体が見えない壁に叩きつけられる。続けて二発が凛乃を襲う。しかしかわせるはずもない。左胸と首を銃弾が貫いた。

「凛乃――――!」

 不思議と大きな声がでた。力はほとんど残っていないはずなのに。

 不思議と立ち上がることができた。身体のあちこちが壊れて、痛いはずなのに。

 走り、凛乃の方へ行こうとする操佳をバラルが制止した。

「おっと、そこまでだ。それ以上進むんじゃない。私はお前を失うわけにはいかんのだ」

 向けられた銃口が、操佳の身体から動くということを忘れさせる。

「あ……ぁ………」

 それでも身体は震えることだけは忘れていなかった。

 凛乃の表情は変わっていない。自分と同じ顔は、ただいつもの自分と同じ顔で。それは苦痛に歪むこともなく、あらゆる感情に支配されない顔。

 凛乃は床に崩れ落ちた。銃創から血と青い光が漏れている。

 すでに内部からの情報崩壊が始まっていた。徐々に立ち上る光の粒子。迫るリミット。

「なんで……」

 身体が震えているのだろう。

「なんで……」

 あのときと同じ感情だ。

「なんで…………!」

 自分がよく分からなくなる。

 自分のことなのに分からない。

 他のことはよく分かるのに、自分だけが分からない。自分の中でよく分からない混沌としたものが渦巻いているような錯覚。自分の中は実は空洞ではないかという感覚。

 目に見えるものははっきりしているのに。


 怖い。 なにが?

 何だろう。

 ワカラナイ。

 いや、分かってる。


「りんのぉ……」


 だから動けない。ただの一ミリすら動けない。

 光の粒子に包まれ、床に倒れる凛乃。彼女の顔がゆっくりと操佳を向いた。

 依然そこに感情はない。感情はないはずなのに、なぜか操佳にはそれを感じられた。

 笑っているような、優しさを。

 ふいに凛乃が口を開く。

「私は消えて当然。私はあなたで、あなたは一人。私はあなたのもので、当然あなたはあなたなんだから……。だから、」

 最後の声は届かない。


 最期の声は届かない。


 視界が光に包まれる。

 なにもかもが光に包まれていくように感じた。光という先の見えない闇に、すべてが覆われていくような気がした。

「さぁ、これで障壁は消える」

 凛乃の姿はそこにはない。光だけが辺りに漂っている。

 散り漂う光は蛍のように。ゆらゆらと飛び、

「…………そっか」

 操佳を中心に渦巻いた。


「なんだ……? これは」

「ねぇ」

 状況を理解できずにいるバラルに、操佳は微笑みかける。

「邪魔、消えてよ」

 光が操佳の身体に同化する。

「じゃあ行こうか。私。進む道があるんだから」


 †


「操佳、なにかしたいことはあるか?」

「うーん……? なんで? 突然どうしたの? パパ」

「いや、特に理由はないんだ。でも、そういうことを聞きたくなるのが、親なんだよ」

「ふーん。よく分かんない」

「……、いずれ分かる。それで、何かしたいことはあるかい? 自分で何か、これだけはしたいって決めておくと、人間はきっと楽しく生きられる」

「うーん…………。でも、私、人間じゃないんでしょう? なら……、」

「……いや、すまない。失言したな。確かにお前は人間じゃないかもしれない。でも、お前が私の娘であることに変わりはないんだよ」

「……。したいこと、今はないかな。でも、でもね」

「なんだい?」

「……ずっと、パパと一緒にいたいな」



 †


「あなたの進む道は……、壊れてない?」

 操佳が一歩足を踏み出す。

 バラルは一歩身を引いた。

「私の進む道は壊れてた」

 操佳がナイフを取り出す。

 バラルは引き金に指をかける。

「でも、どうやら修正されたみたい」

 操佳がナイフを構える。

 バラルが引き金を引き、

「私は一人、ここにいる」

 それよりも早く操佳がナイフを投擲した。

 同時に駆ける。飛ぶように。正確に射出された一矢のように。

 青い光を身に纏い、ナイフを追って。

 青い銃弾をナイフが弾く。その下を操佳が駆ける。通過する。

 何よりも早く、音すら遅れた。

「今度は外さない!」

 青い光は、その色を紅蓮に変えた。巻き起こる炎は操佳の身とともに、バラルへと襲いかかる。 明らかにバラルの反応速度は追いついていなかった。

 目前、一メートルほどでようやく思考が追いつく。一メートルを切り、行動が追いついた。

 操佳は、そのまま相手へと飛びかかるつもりでいた。事実飛びついた。手応えはあった。とらえていた。しかし、それは長くは続かない。刹那、目標を失う。対象が消え、床に激突しかける。

 操佳は身体が床に着く寸前で、力を放出した。もう、自分自身に手加減をする必要はない。最大出力で。さらに炎が噴出し、衝突の衝撃を和らげる。

 床に転がり、その勢いで起きあがる。

 素早く辺りを見回し、敵を探る。しかし、いない。どこにもいない。

「消えた……、いや……ちがう」

 静かに目を閉じ、空間そのものに意識を張り巡らす。意識を接続すると表した方が正しいのかもしれない。

 世界に存在するすべての物質は二層構造となっている。実際に質量のある存在と、質量のない情報(パトル)。その二つがあって、初めて物質が存在する。前者は目に見えるものだが、後者は見えない。

 二つがないと物質は存在できないわけだが、最低限、情報(パトル)が残っていれば、もう一つの存在がなくても復元できる。

 操佳の脳裏に映るのは、目を開けたときの風景とは微妙に異なる風景。色彩はなく、モノクロの風景。すべてがうっすらとしていて、存在が希薄だ。

 しかし、確かに見えた。バラルの姿が。彼はすでに操佳の後ろに回り込んでいた。

「そこ!」

 瞼を開け、振り向きざまに、回し蹴りを繰り出す。鈍い音を立て、何かに当たる。

 一瞬、その何かは目に見える形を取った。人型。しかし、すぐに消え去る。手応えもなくなる。

 先ほどと同じだった。

 すぐにまた、横に気配を感じる。

 操佳は、次は遠距離で、手元に生み出した火の玉をその方向に投げつけた。だが、やはり同じだ。

 何回繰り返そうが、手応えは感じるのにすぐに消え去る。水面に映る月のごとく、干渉すると消えてしまう。


 単なる、姿眩ましじゃない……?


 いや、でも確かにバラルはこの部屋にいる。それだけは間違いない。自信はあった。

 確かに自分以外の人の気配を感じる。

 ずれた空間に幽閉した刀熾の気配はもとより感じられるはずがない。

 この空間にバラルがいるのは確実。

 ならば、なぜ見えないか。

 操佳ははっと思い当たった。

 バラルの能力。感覚の混乱。凛乃のときは、すぐに凛乃が打ち破った。しかし、今回はすでに使われてしまっているようだった。

「でも、分かってしまえば。こっちのもの」

 操佳は憐れむように笑った。



 バラルは巨大な力を感じ取っていた。

 操佳の()()()で、カウンターをとられない絶妙のタイミングを計っていた彼は、永遠にそのときを失ってしまったことを悟った。

 バラル自身、いやなものを視ていた。

 力の流れを自動的に感じ取る自分の能力が、それを視覚化して、自信に教えてくれていた。いや、勝手に視覚化されたわけではなかった。それがあまりにも強い力だったから。

 部屋全体を包む薄赤色のもやのようなもの。今更、なにであるのか考えるまでもなかった。

 そして、もうすでにあらゆる対抗手段が意味をなさないことも、自分自身に教えられていた。



 刹那、閃光が部屋全体を包み込んだ。白い闇は耳をつんざく、金属音のような音を伴い、その密度を増していく。

「白い闇が黒を暴く。赤い光がすべてを塗りつぶす……。何とも簡単な話か」

 次の瞬間、金属音が轟音に変わる。

 辺りは深紅の炎に包まれた。




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