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創造のバベル-Re:the tower of babel  作者: マナ'
第二章 -Reverse
21/40

3/忘却

 別段どうってことはなかった。目の前で人が死んだということは。人の死にはじめて立ち会ったのは五年前。幼い私。ハッキリと覚えている。どうせまだ生まれて十年そこそこ。でも、自分の精神年齢は周りの実年齢が同じ人よりも高いと思っている。だから死をどうとも思わない。


 †


 足音が鏡面に吸い込まれる。両方の壁、そして床が鏡張りになったミラールームじみた不思議な通路。通るだけで自然目に負担をかける。平衡感覚が失われる。どういう意図で作られたのか、それは設計者にしか分かり得ない。

 操佳とアストライアの二人はそんな通路を歩いていた。ふと操佳はアストライアの足元がふらついていることに気づく。

「目をつむりなさい」

 操佳は言うと、アストライアの手を握り、引いた。アストライアははじめそんな操佳の行動に目をぱちぱちさせていたが、すぐに従い目を閉じた。

 操佳が視線を戻すと、前方に人影があった。前方といってもこの長い通路の一番奥。数十メートル先。ふと操佳は【遠隔精神感応(テレパシング)】による【遠隔意志(テレパシー)】を感じた。


「私を見ていたのは貴女かしら?」

 女性のイメージ。

 特に話す理由も見つからなかったが【遠隔精神感応(テレパシング)】ならアストライアに聞かれることもないので何の気もなしに応えた。

「そうだったら何か?」

「……いいえ、別に」

 相手はそうは云っていたものの【遠隔意志(テレパシー)】により操佳は相手の感情も読み取っていた。

「あなた……」

 そこから感じ取れたのは純粋な破壊衝動。獣のように真っ直ぐだ。

「とりあえず貴女は違うみたい」

 顔は見えないが、確かに笑ったように思えた。その意図。

 操佳はアストライアに声を以って指示をする。

「【眠ってて】」

 握っていた手を離し、軽く後ろへ押す。アストライアが頷くと同時に、その姿は消えていた。

 その時だった。操佳はさらに鋭い意志を確かに感じた。突如として明かりが落ちる。異様なまでに濃い闇に包まれる。

 ――目眩まし? でも意識が駄々漏れね。

 前は見えずとも絶えず意志が伝わってくる。(けだもの)のような破壊衝動。がつんと何かがぶつかる音。続いてばりんと何かが砕ける音――おそらく鏡。それは始まりを告げる音だった。

 一直線にただ一直線に、やはり獣のようなスピードで、その(つめ)を鏡に突き立てつつ割れた鏡を装飾として闇の奥から現れる。手にはハチェット。声はなくただ口許を歪につりあげ無造作にハチェットを振り下ろす。

「――――ちっ」

 操佳は咄嗟に懐に仕舞っていたナイフを取り出した。枢木マンションでの戦闘で手に入れた戦利品だ。片手に持ったナイフでハチェットを受け止める。相手はすこしずつ押し込んでくる。両手に斧を持つ相手に対して、ナイフ一本では受け止めるのがやっとだった。操佳はすかさずもう一本のナイフを取り出し、斧の刃に当てる。相手の呼吸に合わせて目一杯の力を込めエックス型に弾き返した。

 相手はそれで少し怯んだようだった。武器を取り落とし後ろ足にふらつきながら体勢を崩す。その隙を操佳は見逃すことなくナイフを一本相手の喉に向かって投擲した。寸分の狂いもなく放たれたナイフはそのまま喉を穿くかのように思えた。しかし、そうはならなかった。――意志はなお途切れていない。体を反らしたり、身を翻すといったものではない。彼女は左手をつきだし受け止めたのだ。操佳は少しだけ驚き感嘆する。

「へぇ、やるね」

 勿論、鋭いナイフを素手で受け止められるはずもなく、ナイフは女の手を穿く寸前まで刺さり、それから床に落ちた。女の顔からさっきのような歪な笑みは消えている。今は無表情だ。自分の手の平から流れる血をまるで物知らぬ子どものように眺めると女は手を口に近づけ、血を舐めた。

「……ご堪能中、失礼」

 操佳はそんな彼女の行為を気に留めず残るもう一本のナイフで一気に切りかかった。――同時に銃口が右肩に当てられる。

「え?」

 密着するその寸前まで操佳は気づくことができなかった。いつの間に取り出したのか女の手には最新型の拳銃が握られていた。クリアな特殊強化プラスティックボディの軽量銃。ただ操佳は銃よりも、その思考の切り替えの速さに驚いた。ナイフで刺され、操佳が斬りかかるまで十秒とない。驚異的なスピードといえる。場馴れしているのはすぐに分かる。

 引き金が引かれるのと操佳が銃の存在に気づき攻撃をやめ身体を引いたのはほぼ同時だった。音はほとんど無く、初弾が操佳の肩を掠める。続けざまに六連射。電気制御で一発一発の弾道が計算されている。僅かな弾道の差だが効率のいい方向へ飛んでいく。操佳は後退しながらなんとかすべてを躱した。そこで弾が尽きたのか、今度は銃自体がレーザー光線のようにまっすぐに飛んできた。

「だから、当てられないって」

 操佳は後退を止め、飛んできた銃そのものを手で受け止めた。ただそんなものに興味のない操佳はすぐにぽいと後ろに投げ捨ててしまった。改めて相手を見る。依然暗闇だが、もう既に問題はない。そこにいたのは金髪碧眼の女。

「あなた、名前は?」

 この質問にも特に意図があったわけではなかった。ただなんとなく訊いた。

 声での返答はなかった。返答は【遠隔意志(テレパシー)】によるもの。

「セラス。セラス・エイプリル」

「エイプリル……?」

 そのファミリーネームに思い当たる人物がいた。脳裏に思い浮かんだその顔と、目の前の女とを照らし合わせる。よく見てみるとどことなく似ている気がしないでもない。

「あなた、もしかして」

 言いかけ、切る。そう、例えその思い当たった人物と目の前の女が関係のある人物だったとしてもそんなこと今となっては関係ない。彼女もここにいる以上、塔そのものを狙っているはず。ならば排除の対象だ。しかし、それでもやはり気になる点が多い。それにしても、と笑みを浮かべる。

「これがスケジュールされたことだとしたら、なんとも洒落た神様ね」

 どこか自嘲の雰囲気を孕んだ口調でそう呟いた。


 †


「【眠ってて】」

 その指示に従い、アストライアは自らのもう一つの【力】を行使した。空間隔絶による自己領域の創造。空間そのものを切り取り、外部とのあらゆる関係を断つ。絶対的な防御空間の展開。

「でも、やっぱり寂しいな」

 呟く声はどことなく消えて行く。その空間は真っ暗だ。光すらも届かない。無だけを内包した虚無の箱。自分以外はなにもない孤独の場所。

 寂しいことは寂しかった。ただし何故かこの場所がしっくりくる。何故だろう。理由はなんとなく分かっていた。遠い記憶。もう既に薄れつつある過去の思い出。とはいえまだ幼いアストライアにとっては忘れられない傷に違いなかった。


 何時の事か。暗い暗い部屋の中。ずっと蹲っていたことを覚えている。理由はわからない。とてもお腹が空いていたことを覚えている。理由はわからない。必死に泣いていたことを覚えている。理由はわからない。誰かがいた事を覚えている。でも思い出せない。

 アストライアには分かり得ないことだった。それが思い出せないのではなく、意図的に忘れ去られたことだということは。人間として生きていくために消去されたものだということは。

「思い出したいのに」

 あの場所にいたのは誰だろう?


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