願いを叶える紫鏡
この作品はあらすじにもある通り、連載作品「超会!」のスピンオフ作品集です。
基本的に本編未読でも問題がないようにしてありますので、本編未読の方も気にせずにどうぞー!
よろしければ本編の方もよろしくお願いいたしますm(__)m
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「ねえ、『願いを叶える紫鏡』って、知ってる?」
昼下がりの教室で、一人の少女が隣の席に座っている少女にそう問いかけると、その少女はコクリと頷いた。
「知ってる知ってる、あの願いを叶えてくれるやつでしょ?」
「うん。紫色で、鏡の中央にヒビが入ってるらしいんだけど、あの鏡に自分の血を一滴落として願い事を言うと、叶えてくれるんだって!」
半ば興奮気味にそんなことを言う少女に、もう一人の少女は思わず苦笑する
「でも、それじゃ何でもし放題じゃん。例えば、世界征服とか出来ちゃうわけ?」
「うぅん。大き過ぎる願いを言うと、逆に叶わなくなっちゃうんだってー」
少女の言葉に、もう一人の少女はふぅん、と適当に答えると、やや興味なさげに窓から外の景色を眺め始めた。
それを見、鏡の話をしていた少女は向こうにあまり興味がないことに気が付いたのか、小さく嘆息して一言だけ呟く。
「欲しいなぁ、紫鏡」
その言葉に、もう一人の少女はそうだね、と視線を戻さないままに頷いた。
親に頼まれた買い物の帰り道、私はそんなことを思い出しながらキャベツやらニンジンやらの入った買い物袋を提げて歩いていた。「願いを叶える紫鏡」だなんてヘンテコな噂、よくもまあ信じる気になるものだ。
「あり得ないわ」
そんなことを呟いて、私――河瀬詩安は歩を進めた。と同時に風が吹き、私の長い黒髪を舞わせる。それを空いている左手で押さえつつ、私は小さく溜息を吐いた。
そんな妙な鏡で願いが叶うなら、誰も苦労しない。いくらここが蝶上町だとは言え、流石にそこまで都合の良い物は落ちていないだろう。
私の住む町、蝶上町は少し……というかすごくおかしい。現実では起こり得ない現象――――超常現象がこの町では頻繁に起きるのだ。頻繁、と言う程でもないかも知れないけど、少なくとも他の町や地域に比べれば、この町の超常現象発生数は異常だと思う。
そんな町だからこそ、その紫鏡が実在してもまあ、おかしくはないかも知れない。でも実物を見ないことには、信じる気になれない程、その話はあまりにも拾った人間にとって都合が良過ぎるし、荒唐無稽だった。
そんなことを考えている内に、自宅のある団地の入り口まで辿り着いていた。重い買い物袋を右手から左手に持ち直し、ゆっくりと歩を進める。けど、ふと気になる物が視界に入り、私はピタリと足を止めた。
「鏡……?」
溝の中に、手鏡が一つ落ちていた。ヘンテコな装飾のされたその鏡の淵は紫色で、鏡の部分の中央にヒビが入っていた。
「これって……」
思わず拾い上げ、それをまじまじと見つめる。紫色で、鏡の中央にヒビのある鏡……今日学校で聞いた噂の「紫鏡」と特徴が一致している。鏡には、訝しげな表情を浮かべた私の顔が映っていた。
「結局、持って帰っちゃった……」
自室のベッドに寝転がり、今日のお使いの帰りに拾った鏡を眺める。装飾が妙なのと、中央にヒビがあること以外はタダの鏡と何ら変わりがない。
――――あの鏡に自分の血を一滴落として願い事を言うと、叶えてくれるんだって!
名前すら忘れてしまうような、クラスメイトの女の子の言葉が、私の脳裏を過る。
「超会に持ってた方が良いよね……」
呟きつつ、私は身体を起こしてベッドから出ると、デスクについた。
超会。というのはこの蝶上町に存在する非公式団体、超常現象解決委員会のことで、ボスこと藤堂鞘子さんがリーダーを勤める、この町の超常現象を解決するための会のことだ。私もそのメンバーの一人なわけで……もしこの紫鏡の噂が本当なら、それは立派な超常現象、超会の会議に持っていくべきだと思う。
余談だけど、委員会っていうのはある機関や団体から権限執行などを任された人達のことだから、超会は厳密に言うと委員会じゃないですよね? というのを少し前にボスに話したら、わりと真剣に「ノリでつけたから良いのよ」と言われた。
どんだけ適当なのよ。
「願いを叶える、ねえ」
呟き、私は机の引出しからカッターを取り出すと、刃を出して自分の左人差し指に向けた。
「…………」
少しためらったけど、結局カッターで左指を少しだけ切りつけた。赤い血が、傷口からジワリと滲み始めたのを確認すると、私は紫鏡へ左指の血を一滴落とす。
「――っ!」
すると、落とされた血は鏡の中へ吸い込まれるようにして消えてしまった。普通ならあり得ないその状況に、私は数秒、唖然としたまま鏡を見つめていた。
願い事、言わなきゃ。
「え、えっと……学校で、久々津君と話が……したいです」
ボソリと。まるで呟くように願い事を鏡に伝えた。けど、当然何かが起こるハズもなくて……
「ばっかみたい」
鏡をやや乱暴に机の上に置いて、ベッドへ再び寝転がる。
「あんなもの使わなくたって、別に久々津君とは会話出来るし……」
久々津弘人は、超会のメンバーの一人で、現在唯一の男性メンバー。別に超会の会議に行けばいつでも話せるから、わざわざ学校で話す必要もないのだけど……。
「はぁ……」
小さく嘆息して、私はそのまま眠りについた。
三時間後、深夜に目を覚ました私が、明日提出の課題をやっていないことに気付いて焦りまくるのだけど、それはまた別のお話。
「はぁ……」
小さく溜息を吐きつつ、両手で大量のゴミが詰まったゴミ袋を提げて、私は学校の廊下を歩いていた。放課後の教室掃除の仕上げに、ゴミ箱にたまったゴミをゴミ捨て場に捨てに行くんだけど、残念なことにじゃんけんで負けてしまった私はその役目を任されることになってしまった。
結局今日一日、学校で久々津君と会うことはなかった。会うどころか、見かけることすらない。まあ休憩時間に、教室から一歩も外に出ないのだから会えるわけがないといえばそうなのだけど……。
馬鹿馬鹿しい。
ゴミ袋を一度床におき、昨晩傷つけた自分の左指を見つめた。血はもう出ないけど、触ると少しだけまだヒリヒリする。やっぱり絆創膏貼っとけば良かったかなぁ、などとボンヤリ考えつつ、私はもう一度両手でゴミ袋を持ち直した――その時だった。
「ん、詩安じゃねえか」
不意に背後から呼ばれて、少し驚きつつ振り返ると、そこにいたのは久々津君だった。特別背が高いわけでもなく、あまり特徴のない……といえば少し言い方が悪い気がするけど、ホントに平凡な感じの男の子。超会にいる時は、ブレザーを脱いでるんだけど、流石に校内では上着もちゃんと着ていた。
「あ、え、久々津君……?」
ちょっと声がひっくり返ってしまった。
「珍しいな、学校で会うなんて」
「それは……」
少し緊張して口籠る私の顔を、久々津君は不思議そうな表情で見つめている。
何やってるんだろう……。超会の会議で会った時みたいに、自然に話せば良い。ただ、それだけなのに……。
「それは……私が久々津君を避けてるからよ」
「俺何か避けられるようなことしたっけ!?」
「私見たんだから……久々津君が仮面ライダーチップスの、カードの部分だけ抜き取って残りのお菓子ドブに捨ててるところ!」
「してねえよ! ライダーチップスブーム当時の小学生か俺は!」
「他にも、ビックリマンチョコのウエハースチョコ捨てて、シールを貪るように食べるところとか」
「どうせ食うならちゃんとウエハース食うわ! シールなんか誰が食べるか!」
「酷いわ久々津君。世の中にはシールすら食べられない子供達がいるのよ……?」
「そもそもシールは食べ物じゃねー!」
アホな会話だった。
いつものように久々津君とアホな会話をした後、ゴミ袋を運ぶのを手伝ってもらって(というか久々津君が持ってくれた)、その後別れて、またいつものように超会の会議で会ったんだけど……
「本物……?」
今日の出来事を思い出しつつ、昨日と同じように机につき、昨日拾った紫鏡をまじまじと見つめる。この鏡の力かどうかは判断出来ないけど、確かに私は今日、昨日願った通り「学校で久々津君に会う」ことが出来た。偶然のような気はするけど……。
もう一度試してみよう。そんな考えが私の中に浮かんだ。
「効果が本物か、確かめないとね……」
まるで言い訳でもするかのように呟いて、私はカッターを取り出すと左手の中指を傷つけた。そして滲んだ血を、鏡へと落とす。鏡は昨日と同じように、落とされた私の血を吸い取っていった。
「明日は、久々津君と一緒に……帰れますように」
小さな声で、鏡に向かって私はそう言った。
「それでその亀山がな、こないだ神社の周りで、白髪の幼女を見たって言ってたんだけど、やっぱそれってシロのことだと思うんだよ俺」
「え、ええ……白髪の幼女って、シロくらいだし……」
顔もまともに見れないまま、彼の言葉に返事をする。私の頭の中はシロの目撃情報どころじゃないんだけど……
「だよなぁ……。でも何だって神社付近に……」
妹の理安を迎えに行くため、彼女の通っている中学校へ向かいつつ、私は久々津君とそんな会話を交わしていた。
そう、久々津君と。
「そういや、初めてだよな。こうやって一緒に帰るのって……結構機会がありそうなもんなのに、今まで一度もなかったって何か不思議だよなー」
久々津君と「一緒に」下校中。
「ん、どうした? 今日口数少ないな……」
まともな会話が出来ず、うつむいたままでいる私の顔を、久々津君は怪訝そうな表情で覗き込んだ。
「そんなことはないわ。久々津君こそどうしたの? 鳩がロケランくらったみたいな顔して」
「してねえしどんな顔だよそれ! 鳩がロケランくらったら顔どころか全身吹き飛ぶわ!」
「ロケランくらっても、久々津君なら大丈夫。男の子でしょ」
「男だろうが女だろうが大丈夫じゃねえよ!」
「男の娘でしょ?」
「女装したことは一度もねえししても似合わねえ!」
「あの男の子でしょ?」
「どの男だよ!? 昼ドラ的な展開になんな!」
「男の粉でしょ?」
「どんな粉末だよ!? 気持ち悪いわ!」
「オコトコノショデ?」
「せめて日本語で喋れー!」
結局いつものノリだった。
願いを叶える紫鏡。自分の血を一滴鏡に落とし、その血を吸った鏡へ願いを伝えることで願いが叶う。胡散臭い、ただの噂話だとしか思えない話だったけど……私が拾った紫鏡は、二度も続けて私の願いを叶えて見せた。どちらも偶然、といえば偶然なのかも知れない。だけど、その「偶然」が起こる前日に、私が紫鏡へ願いを伝えたのは確かだった。
人間というのは、自分にとって都合の良い方を信じてしまうもので、私も御多聞に漏れず都合の良い方――紫鏡が本当に願いを叶える、という考えの方を信じてしまったようで、私は毎日のように紫鏡へ小さな願いを伝え続けた。
毎日久々津君と帰りたい。
ちょっとしたことで喧嘩してしまった理安に、謝るきっかけが欲しい。
お小遣いの前借りがしたい。
応募した懸賞に当選したい。
いくつもの願いを鏡へ伝え、鏡はそれらを全て叶えてくれた。
――――大き過ぎる願いを言うと、逆に叶わなくなっちゃうんだってー。
あの時、この鏡の噂をしていた女子生徒は確かにそう言っていた。だから叶わなくなってしまうのが怖くて、私は一度も大きな願いを鏡に伝えたことはなかった。
小さな願い、ばかり。
やがて私の中で、「小さな願い」は叶うのが当たり前になってしまっていた。だから、小さな願いしか叶えられない鏡に、私はいつしか不満を持つようになってしまっていた。
「詩安、お前なんか最近顔色悪くないか?」
放課後、いつものように一緒に帰っている途中、久々津君は私の顔を見てそう問うた。
「そう……かしら?」
「やせてるというより、やつれたって感じの顔してるぞ、お前。なんかフラフラ歩いてるし」
そういえばこの間、そのことはクラスの友達にも言われた。最近やつれている、フラフラしていて危なっかしい、と。理安にいたっては学校を休んだ方が良い、とまで私に言うのだ。
大丈夫なんだけどなぁ……。
「今日はもう帰った方が良いんじゃないか? 理安は俺が超会まで連れてくから」
「うん、久々津君がそういうなら……」
久々津君に言われた通り、その日は超会本部へ向かわず、大人しく家へ帰ることにした。
久々津君にやつれている、と言われてから、私は最近自分に食欲がないことを自覚した。それに何だか、イライラする。何でもないハズなのにムシャクシャして、理安や両親に八つ当たりしてしまう。食欲は湧かないし、何もやる気が起きないし……久々津君は、私に何も言ってこないし。これだけ何度も一緒に帰って、放課後も一緒にいて、休日だって何度か鏡の力で一緒に過ごしたことがある。それなのに――
久々津君は、私を好きだと言ってくれない。
イライラするのは久々津君のせいだ。久々津君がさっさと私を好きだって言ってくれないからこんなにイライラする。
イライラする。
イライラする。
イライラスル。
「お姉ちゃーん。お風呂空いたよー」
不意に部屋のドアが開き、パジャマに着替えた風呂上りの理安が部屋に入ってくる。そんな理安を、私は鋭い目つきで睨みつけた。
「勝手に入って来ないで」
「えっ……あ……ごめん……。でもそんなに怒ること――」
「いいから出てって」
冷たく言い放つと、理安は何か言いたげな表情を見せたけど、すぐに私の部屋から出て行った。
私はその時理安に八つ当たりをしてしまったのだと、気付いたのはもう皆が寝静まった後だった。
その翌日、私は目覚ましにセットしていた時間より一時間も遅く起きてしまった。リビングにはかわいらしいメモ用紙で書置きがしてあり、「起きないから先に行くね」と書いてあった。両親は二人共仕事に行ってしまっているので、家に今いるのは私だけだ。
この時間だと遅刻は確定。深く溜息をつきつつ、私は洗面所へ向かった。ボンヤリとした頭を起こすために、冷たい水で顔を洗い、正面の鏡に視線を向けて――――
私は、戦慄した。
「嘘……誰……?」
ゲッソリとやつれた頬。目の下に出来たくま。まるで骨と皮だけで出来てるみたいに細い手。艶やかだった長い黒髪と肌は、まるで何日も手入れしていないかのように荒れていた。
鏡に映っているのは、私だった。
「い、嫌……嘘……」
よろめいて、その場へ尻餅をつく。鏡には、怯え切った表情になった私を映し出していた。
「嫌ああああああああああああっ!」
その絶叫を最後に、私は意識を手放した。
目を覚ました時には、既に昼を過ぎていた。洗面所で気絶したまま、私は眠りつづけていたらしい。リビングへ行き、時刻を見るともう四時前だ。学校はもう放課後だろう。
お腹が空いているハズなのに、何かを食べようという気になれない。何か食べなきゃいけないくらい衰弱しているのはわかっているのに、どうしても何かを食べようという気にはなれなかった。
そっと。自分の頬へ触れた。ちょっと自慢だったハリのある肌は、随分とざらついていた。何だか怖くなって、私はすぐに触るのをやめてしまう。
「こんなんじゃ……」
こんなんじゃ、駄目だ。
こんな私じゃ、絶対に駄目だ。
ブルブルと。自分の身体が震えるのがわかった。
「こんな私じゃ――」
久々津君は、絶対に好きだなんて言ってくれない。
自室へ行き、私はすぐに例の紫鏡を取り出した。変な装飾のされた、紫色の手鏡。
何でも願いを叶えてくれる、不思議で素敵な紫鏡。
そうよ。鏡に頼めば良い。簡単なこと。
久々津君に、私を好きになってもらおう。
どうしてこんなに簡単なことに今まで気が付かなかったんだろう。
すぐにカッターを取り出して、自分の指を傷つける。滲み出た真っ赤な血を、私はすぐに紫鏡へと一滴落とした。すると、鏡はいつものように、私の血を吸っていく。
「お願い……久々津君に、私のことを好きだと思わせて」
躊躇せずに、願った。
私が叶えたかった、願いを。
「これで……これで久々津君は……」
呟いて、安堵の溜息を吐いた――その時だった。
「え……?」
不意に、耳鳴りがした。耳鳴りは次第に大きくなっていき、私の両耳を支配していく。
耳鳴り。耳鳴り。耳鳴り。耳鳴り。耳鳴り。
「何よ……これ……」
ぐにゃりと。視界が歪んだ。否、世界が歪んだ。
机が、窓が、ベッドが、床が、天井が、ぐにゃぐにゃと歪んでいる。
「気持ち悪い……」
部屋を出ようとしたけど、他の物と同じように歪んでいるドアは、どれだけ動かしても開こうとしない。
次第に歪んでいた世界は、紫色に変色していく。
まるで、異次元。
唯一歪んでいないのは、左手に持っている紫鏡だけだった。
「嫌っ……!」
紫鏡が、真っ赤に染まっていた。まるで血のように、鮮やかな赤色。
「たす……けて……っ」
その場へへたりこみ、そう呟いた。誰も助けなど、来るハズもないのに。
理安はまだ帰らない。両親はまだ帰ってくる時間じゃない。この家にいるのは私ただ一人だというのに、誰が私を助けようか。
こんな、ゾンビみたいな姿になった私を。
「助けてぇ……っ!」
かすれかけの声で、必死に叫んだ。でもそれは、叫びどころか大声にすらならなかった。私の声は、どこにも届かない。
徐々に、意識が薄れていく。意識を保っていられない。
ああ、死ぬんだな。と、何故か直感的に理解した。
「くぐ……つ……く、ん……」
呟き、意識を手放そうとした――その時だった。
「詩安!」
勢いよく、さっきは開かなかったドアが外側から勢いよく開いた。
部屋の中へ駆け込んできた白いシルエットは、私の方へ素早く近寄ると、私の左手から鏡を叩き落した。
ガシャンと音がして、叩き落された衝撃で鏡が割れる。と、同時に歪んでいた世界は徐々に戻っていく……。
「え……え?」
状況が理解出来ず、私はキョロキョロと辺りを見回した。
「シロ……?」
私の隣で、床に落ちた鏡を見つめつつ少しだけ表情をしかめているのは――シロだった。
白いセミロングの髪に、白いワンピースという真っ白な出で立ちのその幼女は、超会に所属している謎の幼女だ。いつからか超会本部に出入りするようになって、いつの間にか超会のメンバーになっていた、本当に謎だらけの女の子。
「……紫鏡」
ボソリと。あまり感情の込められていない声で、シロは呟いた。
「詩安の生気、吸い取ってた」
「この……鏡が?」
コクリと。私の問いにシロは頷いた。
「詩安の願いを叶える代わりに、その鏡は詩安の血を吸った」
抑揚のない声でそう言いつつ、シロは割れている鏡を見つめる。
「その血を媒介にして、鏡は詩安の生気を吸っていた」
「え……」
チラリと、床に転がっている、割れた鏡へ視線を向ける。願いを叶える紫鏡。私の血を吸って、それを媒介に生気を吸っていた……。私は、この鏡に利用されていた……?
「後少しで、すごく『良くないもの』が、その鏡から出てくるところだった」
「すごく良くないものって……何?」
あまりにアバウトな解説に、私がそう問うと、シロは小さく首を左右に振った。
「わからない。わからないけど、良くないもの。詩安にとって……危険なもの」
危険なもの……。
鏡が怪しいとわかっていながら、私は自分の欲に溺れて使い続けていた……。この仕打ちは、当然のしっぺ返しなんだと思う。
シロが来なければどうなっていたことか……。
「良かった。間に合って」
「そういえばどうしてシロはここに……?」
私がそう問うと、シロは静かにドアの方へ視線を向けた。その視線の先にいたのは、安堵の溜息を吐きつつ私達を見つめる、久々津弘人の姿があった。
「なんかやつれ方がおかしいと思ったら……変なことに巻き込まれてたみたいだな……。シロ、詩安は無事なんだな?」
久々津君の言葉に、シロは小さく頷いた。
「俺がシロに相談したんだよ。何の連絡もなしにお前が休むなんて妙だし、理安からも『お姉ちゃんの様子がおかしい』ってメールも着てたしな」
それでシロと久々津君はここに……。
無事で良かった、と微笑む久々津君を見つめている内に、自然と涙がこぼれてきた。
馬鹿だ私。あんな鏡の力で、無理矢理私は久々津君を自分のものにしようとしていた。そんなことして、仮に久々津君が私を好きになって……それで良いハズがないのに。
「お、おい、泣くなよ……そんなに怖い目に――」
久々津君が言葉を言い終わらない内に、私は自然と久々津君へ飛び付いていた。久々津君の胸の中でボロボロと涙をこぼす私の頭を、久々津君はそっとなでてくれた。
欲しいものは、自分で掴み取る。
もうあんなものになんて頼まない。ホントに欲しいものは、自分で手に入れなくちゃ。
だから私は、いつか久々津君に自分で言わなくちゃいけない。ちゃんと、伝えなくちゃいけない。
自分の言葉で、ちゃんと。
だからそれまで、首を洗って待ってなさいよ、久々津君。