第九話
「アルバイト、してみませんか?」
店に通い続け数か月がたった頃、入口を入るなり神原さんは僕に言った。
降って湧いたような提案に僕はぽかんとしてしまう。
「もしかして、何か大量注文とかがきたんですか?」
この店でアルバイトだなんて全く考えていなかった僕はなんとも失礼な質問をしてしまった。
「あ、いや、お手伝いならアルバイトとかじゃなくってもしますよって意味で…。」
取り繕う自分に、もっとうまいことは言えないのかとガッカリしながら早口でまくしたてる。
そんなあたふたした僕を、神原さんは怒るわけでも不機嫌になるわけでもなく面白そうに観察していた。
「大量注文はないのですが、戸塚君に、ちょっと配達をして欲しいんです。」
そう言って神原さんは手招きをする。
「配達って、やっぱりおつかいじゃないですか。」
「おつかいじゃなくて、アルバイトですよ。」
どうやら神原さんは、僕に継続的に何か頼みごとがあるらしい。
別に金銭的な契約を結ばなくとも、神原さんの頼みだったら手伝うのは吝かでないというのに。
しかし配達とは一体どんなものを持っていくのかと思いながら呼ばれた所へ行くと、そこには綺麗な装飾が施された木箱があった。
普段見慣れないそれに、僕はただただ見惚れていた。
「このオルゴールを依頼主に届けて欲しいのです。」
そう言って神原さんは僕に住所と名前の書かれたメモを手渡す。
相変わらず男の人だというのに綺麗な文字を書くなあ。なんて感心する僕をみて、なんとも面白いものを楽しむような顔をした神原さんの姿は僕の気のせいであって欲しいと願う。
「代金とかを貰ってくるんですか?」
一応、お店の配達なのだから領収書とかも必要かもしれないが、生憎僕はそんなもの作ったことがない。
「いえ、代金は既に頂いてますから届けてもらうだけです。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。取って食われたりなんかされませんから。」
ふふふ。という擬音がぴったりの顔をしてそう言う神原さんに、人の考えが読めるのでは?と過ったのはどうか伝わらないでほしい。
「では今から包んできますから、ちょっと待っててもらえますか?」
「あ、はい。じゃ、下に行ってます。」
そういえば、あんな高価そうなオルゴールなんて見たことがない。
神原さんを待っている間、僕は今更ながらここが別世界であることを再認識していた。
果たして、あのオルゴールはいくら位なのだろう?どう見たって…。
いやいやいや。僕の心配はマイナス思考に繋がりやすい。
値段については気にしないでおこう。何より、僕のためだ。
「戸塚君。」
上から神原さんに呼ばれる。どうやら準備ができたらしい。
今更ながら、配達業者のほうがいいのでは?と言った僕の疑問に、ああいった業者は信用できないんですよ。と、神原さんはあっさり言ってのけた。
業者からしてみれば専門としてその手の事を仕事にしているというのに酷い言われようである。
それより、プロを信用していないというのに僕でいいのだろうか?
僕の心配を感じ取ったのか、戸塚君だからお願いするんですよ。と笑顔で言われれば、僕だって信頼されているんだと喜びこそすれ悪い気はしない。
「では、よろしくお願いします。」
アルバイト料は帰ってきてから渡しますね。と言われながら僕は送り出された。
「行ってきます。」
さて、このオルゴールを欲しがる人とは一体どんな人なのだろう。
僕の気持ちは、まだ見ぬ新しい持ち主への興味へと移り変わっていた。
久々の更新。
にも関わらず、進まない話。