第二十話
「…神原さん」
薄暗い人の気のない店内へ声をかける。
未だ配達の報告をしていない僕は、実際神原さんと会うことが気まずいとさえ思っているわけで。
ついさっきまであの男と交わしていた僕など消えてしまったかのような情けない気持ちが、きっと僕の顔だけでなく体からあふれ出しているに違いない。
そして今ここに立っているのは、最低限の常識として仕事は完遂しなければならない。と僕の頭の天使が叫んでいるからに他ならない。
そう。今の僕の頭を占めるのは、情けない話それが一番強いのではないだろうか。
どれくらいの時が過ぎただろう。
時間としては何分ともなっていないのかもしれないが、僕には植物が根を張るほどに思える時が過ぎた。
入口に立ち尽くす僕を茜色の光が憎らしく暖かく照らしてゆき、西窓から色濃く伸びる茜色の筋は、暗がりに佇む神原さんを宛ら聖者のごとく浮かび上がらせる。
「少し、遅かったかな。」
何も知らないとばかりに春風の微笑みを浮かべる彼にぞくりとする。
「すみません、私用で寄り道をしていました。」
「…そう。」
心配したよと言う彼は、きっと僕がさっきまでしていたことを知っているのだろう。
彼奴も狸だが、この人は狐のようだ。
このまま黙って関係を続けるのは簡単とは言わないが、僕にとっては傷が少ないのかもしれない。
でも僕は知ってしまったし、知りながら知らなかった時のように振る舞うなんて器用なことはできないだろう。
表面上は変わらなく繕えても、これからいつもどこかで考えてしまうに違いない。
この人は、彼奴のものであると。
そして、僕も彼奴に囚われているのだと。
「冷えたでしょう。そんなところに立っていないで、下にどうぞ。そちらの彼も、ね。」
これからの展開など読めるはずもないが、優しい神原さんは幻想であったのかもしれないと思わせる彼の拒否を赦さない言葉に寒さが増した気がした。
新年になってしまいました。
亀なこちらにお越しいただいた貴方様。
ありがとうございます。
年を越しましても変わらずお付き合いいただきたく存じます。