第十八話
鬱々とした気分は晴れず、寧ろ悪化しているといってもいいだろう。
榊の娘は、あの男に処理を任せた。父親としては信用ならないが仕事相手としては信用に足る男である。
また後がないとも限らないが、下手を打たない限り首の皮一枚ではあるが安心できる。
問題は彼女だ。
いつとも知れぬ不安に包まれながら平穏な関係を貫き通すほど僕は強くないと俺は知っている。
皮肉なことに弱い僕は、それでも彼女から離れることができない。
彼女の為を思うのであれば、この関係は早々に断ち切ったほうが賢明であろう。
だが、僕は身勝手にも彼女を手放す気など微塵もない。
なんて傲慢。
やはり、あの男の血が僕には悲しいかな流れているのだ。
居心地の悪い邸宅を後にすれば、見覚えのある男が視界に紛れ込んだ。
「待ってろって誰が言ったかな。」
わざとらしい明るい声で男に問う。
「…心配だったから。」
図体に似合わぬか細い声で答えた主は、どうしたって縮まらない体を叱られた仔犬のように項垂れている。
ああ、やっぱり君は僕に必要だ。
「そ。で、いつまでそうしてるの?」
男を見ることなく歩く僕は、嬉しさともいえる感情が顔に出ないようにと努めて平然としていたが、それもできていたのか。
「ケイ、俺はケイから離れてはいかないから。」
うん。
「俺は、ずっとケイと一緒にいるから。」
うん、わかってる。
「だから、ケイ、俺から遠くに行かないで。」
いつの間にか僕の前にいた男を通り過ぎ、僕の背中に男は言葉を紡ぐ。
今にも崩れそうな声に振り向けば、派手な頭はそのままに何とも情けない顔をした坂本がただ道に立っていた。
「坂本はさ、阿呆なの?」
感情を乗せない僕の問いに、坂本は俯いていた顔を漸く僕に向ける。
「…え…?」
「違う?」
にっこりと余所行きの笑みを張り付けた僕を映す日本国では人外な瞳は、今にも何を言わんとしているのか分かり過ぎるくらいである。
いい加減、思考と感情がダダ漏れというのは慎んだほうがいいんじゃないかと、これは僕の個人的考え。
「ま、いいよ。わかりきった事を僕に質問しないでよね。」
行かないの?と瞳に感情を乗せれば、僕の金縛りという呪縛から解放されるがごとく坂本はぎこちなく僕へと歩き出す。
まだ何か言いたそうである坂本をあえて無視し、僕はこれからどうしようかと考えを巡らせていた。
明るい話になるはずが。。。